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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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護衛の幸せ

 彼はどれだけ気付いているのだろうか?


「もう少し強く押しても大丈夫だよ?」


 以前に比べて、わたしの扱いがかなり繊細なものに変わっていることを。


 なんとなく、荷物扱いされていた時期が懐かしい。


 そんな感想を抱いてしまうわたしもどうかと思うのだけど、どこか、腫れ物を扱うように気を使われるのは、ちょっと何か違うような気がしている。


 きっかけは間違いなく「発情期」だ。


 あれ以来、彼はわたしに対して、気を使い過ぎていると思う。

 確かに、わたしも傷ついたけど、同時に彼を傷つけもしたのだ。


 だから、一方的に彼を責める気はないのに……。


「これぐらいか?」


 背中を押される力が少し強まった。

 そのことが少し嬉しい。


「うん!」


 これなら、大丈夫だ。


「いっち、にの、さん!」


 そう言いながら、両腕を伸ばして前傾姿勢になる。


 両足に額が当たる感覚がした。


「すげぇ」


 そんな呟きが背後から聞こえた。


「そうかな? 確かにある程度、前にはいくけど、床には着かないし」


 わたしよりももっと柔らかい女子なんていっぱいいた。


 人間界でもそうなのだから、この魔界ではもっと多いかもしれない。


「わたし、『股割り』もここまでしかできないからね」


 そう言って、閉じていた両足を左右に開脚する。


 もうちょっと開けるようにしたいけど、今のわたしには、ここが限度だ。


「十分だと思うぞ」

「それでも、180度ぐらいぱかっと開いた方がかっこいいよね。柔らかい方ではあるらしいけど、なんか、中途半端なんだよ」


 わたしはそう言って、左右に身体を倒す運動を始める。


「対戦したチームの一塁手(ファースト)で、捕球時に股関節が地面に着きそうなぐらい凄く足の開く選手がいてさ。憧れだったな~」


 プロ野球の一塁手(ファースト)のように足が開くのだ。


 わたしの中学校にはいなかったけれど、あれを見た時は、本当に感動して、身体が柔らかくなるというお風呂上りとかも頑張ったのだけど、まだここまでしか開かない。


 やり方が悪いのかな?


「身体を鍛えると言うより、気分転換に近かったから、受験勉強中にもやっていたし、魔界に来てからも割とやってたんだよね」


 頭がすっきりするのだ。

 そして、場所もそこまで取らないのが良いよね。


 野宿中でも、テントではなく家と変わらないようなコンテナハウスなので、十分、ストレッチ程度の運動はできる。


「ただ、九十九はもっと凄いね。身体への負荷の掛け方が全然、違ったから」


 やはり、男性だと筋トレも迫力が違った。


 わたしはしっとり汗をかく程度なのに、九十九はぼたぼたと汗を落としていた。


 それだけでも、気合の入り方が違うのだ。

 それを日課としている彼は本当に凄いとしか言いようがない。


「それでも、オレにそこまでの柔軟性はねえぞ」


 それはちょっと意外だった。


 九十九は足腰のバネがかなり強い。


 でも、それと身体の柔軟性は別物ってことだろう。


「わたしでも、九十九に勝てる部分があったか」


 それが嬉しくて、わたしは笑ってしまった。


 セントポーリアの王族の血が流れていても、半分、人間のわたしが、彼に一部でも勝てる部分があるのだ。


 それを見て、九十九が溜息を吐いた。


「おや、溜息? 幸せが逃げちゃうよ?」


 実際、そんなことはないと知っているけど、なんとなく、そう言ってみた。


「馬鹿言え。長く息を吐くことは、身体に良いんだぞ」

「うん。知ってる。そうじゃなければ、体操の中に深呼吸を組み込む意味はないよね」


 医学関係に強い九十九なら、それぐらい知っていても不思議ではない。


 わたしは、漫画で知ったのだけどね。


「それに、今のオレは十分、幸せなんだよ。だから、息を吐いた程度で逃げるような小さい幸せの一つや二つなくなった所で何も問題はない」


 そう言いきる九十九。


「そうなの?」


 でも、わたしにはそれが不思議に思えた。


「九十九は、こんなにもわたしという存在に縛られているのに?」


 本来なら、男子高校生として青春を謳歌していてもおかしくはない年齢だと言うのに、彼はわたしの護衛なんてものを押し付けられている。


「どういう意味だ?」


 九十九には本当に分からないらしい。


「わたしがいなければ、もっと自由に動けるって思うことはない?」

「ないな」


 呆れるぐらいの即答だった。


「九十九は、ドMなの?」


 わたしは思わずそう言っていた。


 護るべき主人が異性のため、彼に近付くような女性は多くないだろう。


 どんなにかっこよくても、常に他の女性の傍にいる男って、なんか嫌だと思う。

 それなら、別の良い男を探した方が良いだろう。


 本来なら、モテそうなのに、恋人も作ることができず、若い時間を無駄に費やしてしまうことになる。


 だから、彼は「発情期」なんて厄介なものになった上、さらに、近くによくいる異性は主人だった。


 そんな状況だったというのに、わたしに手を出すこともできず、苦しんで、傷ついたわけだし。


 そんな境遇でも問題ないって、被虐趣味としか思えない。


「Mっ気については、多少、あるかもしれんが、『ド』はいらんと思う」


 否定されなかった。


 それはそれでどうかと思うけど……。


「ああ、九十九はSっぽいよね」

「何を根拠に?」


 兄である雄也さんが参考資料である。


 いや、正しくは、「発情期」中の九十九はどう見ても「M」ではなく、「S」の方だった気がする。


「…………まあ、いろいろ?」


 だが、それを口にしたところで、お互いに気まずくなるだけだ。


 あれは、なかったことにしなければいけない時間だったのだから。


「でも、九十九が、本当に幸せなら、何も問題はないか」


 本人がそう言うなら仕方ない。


 そもそも他人であるわたしが、「九十九の幸せ」を決めつけてしまうのもおかしな話なのだ。


「おお」


 九十九は、そう言って笑ってくれる。


 蕩けそうな笑顔と言うのはこういう表情を言うのだろう。

 それを見て、彼を不幸だという人はいない気がした。


 わたしは考えすぎなんだろうね。


「逆に聞くが、栞は、今、幸せか?」

「うん」


 九十九からの問いかけに、わたしは迷いもなく答えた。


「言語を覚えたり、勉強したりするのはちょっと大変だけど……」


 それは、人間界でも逃れられないことだっただろう。


 少年老い易く学成り難し。

 一寸の光陰軽んずべからず。


 と、いう言葉もあるぐらいだった。


 ただ、魔法の世界だと言うのに、ここまで言語に特化して勉強することになるとも思っていなかったけれどね。


「美味しいものが食べられて、本も読めて、絵を描くことが許されて、生活の心配もいらない。かなり贅沢な話だよ」


 しかも、たまにごろごろすることが許される。


 確かに、大変なことも多いけど、羨む人間が多い生活だと思うのだ。


「特に絵はね。まさか、また描けるとは思ってなかった。しかも、本まで作っちゃったなんて、人間界以上の成果だよ」


 人間界にいた時、漫画が好きで、絵を描くことが好きだったから、漠然と、漫画家になれたら良いな~と思っていた。


 家のこともあって諦めていたような、小さな夢。

 でも、そんなわたしの夢でも、応援すると言ってくれた。


 真面目に考えて、少しでもわたしが絵を描けるようにといろいろ準備してくれた。


 絵を描けない環境になって、こんなにも絵を描くことが好きだったと思い出させてくれた人がいたのだ。


「全部、九十九のおかげだよね」


 わたしは本心からそう言った。


「オレは大したことはしてねえ」


 でも、九十九はいつもそう言うのだ。


「ううん」


 だから、わたしは首を振る。


 彼は、自分の功績を誇らない。

 当然のこととしているから、あっさりとそう言えるのだ。


 でも、そんなことはない。

 言葉や行動で、他人に熱や力、希望を与えることの難しさは、わたしだってよく知っている。


「九十九はいろいろわたしの願いを叶えてくれている。だから、わたしも足手纏いにならない程度に、もっと頑張るよ!」


 だから、わたしはそう力強く宣言したのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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