【第61章― 搦め手、絡めて ―】どこまでもいつも通り
この話から61章です。
よろしくお願いいたします。
あれだけ、緊張したにも関わらず、わたしはそのまま寝てしまったようだ。
気が付いたら意識が飛んでいたようで、目を覚ました時には九十九が朝食を作っていたのだが。
どこまでもいつも通り……。
いや、違う。
自分の身体に、九十九の匂いがついている。
これは、体内魔気の気配なのだろうけど、たった一晩。
それも、抱き締められて、頭をなでなでされただけで、結構、分かりやすく彼の気配がしていた。
不思議だ。
あの「発情期」の時よりも、彼の気配を感じるのは何故だろう?
でも、あの時の方が絶対にもっと接触した。
全身のあちこちに「印付け」のような行為をされた。
それは、素肌に直接施されているのだ。
でも、今回は、抱き締められただけ。
しかも互いに衣服を身に纏っている状態。
この違いは何?
「体内魔気の感応? がよく分からないのだけど……」
なんとなく、気になったので、朝食を食べ終わった後、九十九に聞いてみた。
「互いの魔気が干渉し合う現象ってことは理解しているんだよな?」
「それは分かる。でも、どれぐらいの接触で影響があるのかが分からない」
「状況や環境、そして相性によるらしいぞ」
九十九は食器を片付けながら、そう言った。
「それも分かっている。でも、同じ人が相手で、環境もそこまで変化していないのに、その影響量? が、変化する理由が分からない」
その違いは、宿泊施設の結界ぐらいではないだろうか?
「どういうことだ?」
九十九の手と口が止まる。
「『発情期』中の九十九と、昨日の九十九の違いが分からない」
「どういうことだ?」
分かりやすく奇妙な顔をされた。
「はっきりと言いきれないのだけど、多分、昨日の方が、わたしに九十九の気配が纏わりついている気がする」
わたしがそう口にすると、一瞬、九十九がさらに変な顔をしてみせたが、少し考え込んだ。
「そうなると、魔法耐性、か?」
「魔法耐性?」
「魔法耐性が、相手を警戒すると強くなるのは理解できるか?」
「ああ、『誘眠魔法』を弾くってやつだね」
そのために眠るにも一苦労することになったのだけど……。
「『発情期』中のお前は、オレに対してかなりの警戒心、いや、この場合は反発心があったけれど、昨日のお前は、自然体で抵抗なくオレの魔気を受け入れたってことじゃないのか?」
それだけ聞くと、少し恥ずかしい。
いや、間違ってないよ?
間違ってはいないのだけど……。
「えっと、つまり、相手を受け入れるかどうかでも変わるってこと?」
確かに「発情期」の行為に対してはそれなりに激しく抵抗した覚えはある。
昨日は、全く抵抗しなかったけれど、それは体内魔気に関してもそうなるってことなのだろうか?
「確かめたことはないが、恐らくはそういうことなんじゃねえか? まあ、その考え方が正しいかどうかは、確認のしようもないと思うが」
「確認のしようもない?」
「お前、魔力や魔気に詳しい魔法国家の王女殿下たちに、なんてその状況を説明する気だ?」
「あ……」
確かに、言いにくい話だ。
あの「発情期」の時に、激しく抵抗したことも。
昨日の九十九に対して全く抵抗しなかったことも。
例え、気付かれていたとしても、それを自分から口にするのはまた別の話だろう。
そして、魔力などに対しての興味、関心は、人一倍高い方々だ。
好奇心のまま、根掘り葉掘り聞かれる可能性がかなり高い。
「うぬぅ」
でも、分からないままはモヤッとする。
「自分たちで検証するという方法もあるけど、それも……な」
「自分たちで?」
「いろいろな状況を作って、何度も試す。しっかりしたデータをとりたいなら、多人数での状態確認と、魔力測定器などの魔法具があった方が良いとは思うが」
「気が遠くなりそうだね」
「検証ってのはそんなもんだ。お前独自の現象でないことを確認したいなら、どうしても、他人の協力が必要になる」
「そっか。わたしだけの状態……って可能性もあるんだね」
そうなると、やはり魔法国家に確認したくなる。
「でも、そんなに違うものか?」
「え? 分からない?」
こんなにもはっきりとした違いがあるのに?
「自分の気配は分かりにくいんだよ。オレの方にも、栞の気配があるはずだが、それは分かるか?」
「ふ!?」
変な息が漏れた。
そうか……。
彼とくっついてそのまま寝たのだから、わたしと同じように九十九にも、わたしの気配が染みついて……。
「分からんだろ?」
それは意識していなかったせいだと……思いたい。
でも、意識するのは、かなり恥ずかしい。
「うん、分からない」
自分に九十九の匂いが付いているのと同じように、九十九にもわたしの匂いが付いているとか……。
そんなのいちいち意識していたら、身が持たなかっただろう。
でも、これまで彼に何度も抱き締められているのだから、もしかしなくても、周囲にはそれすらモロバレで……。
「恥ずかしくて死にたい」
わたしは思わずテーブルに勢いよく突っ伏した。
鈍い音が頭に響く。
「羞恥で人は死なんから大丈夫だ。あと、食い終わったとは言え、行儀が悪い」
確かにまだ食器の片付けは終わっていないけど……。
「分かってるよ。でも、ここには九十九しかいないから、今日ぐらいは見逃して……」
恥ずかしくて、顔が上げにくいのだ。
「甘えるな。悪い行動は癖になる」
今日も九十九の中のオカン属性は有能です。
「うぬぅ」
仕方なく、身体を起こす。
「あ……」
わたしの顔を見て、九十九が声を漏らす。
「何?」
「じっとしてろ」
そう言って、九十九がわたしの額に触れ、治癒魔法を施してくれた。
少し、赤くなっていたようだ。
「これぐらい大丈夫なのに……」
こんな時、彼は本当に過保護だと思う。
「単純にオレが嫌なんだよ。それに、女が顔に傷を作るな」
そう言って、九十九はわたしの額に手をやる。
「せっかく、綺麗な肌なのに……」
「ほぁ!?」
「なんて、声、出してるんだよ?」
わたしの奇妙な声に九十九が苦笑する。
だが、今、珍妙な声が出たのは、間違いなくあなたのせいだ!!
なんだろう。
ここのところ、九十九にかなりペースを乱されている気がする。
わたしだけが無駄に動揺して、彼は、いつもと変わらない。
いや、わたしが意識しすぎだって分かっているんだよ?
だけど、何の経験もなかったわたしが、いきなり大人の階段を数段飛ばしで駆け上がったら、いろいろ息切れしちゃうよね?
せめて、もっと段階を踏んでいたら、もう少し、落ち着きはあっただろうか?
今となってはそれも分からないのだけど……。
「ところで、これから栞はどうする?」
「ん~、今日は本を読むか、絵を描くか……かな」
外へ行けない以上、それぐらいしかすることがない。
寧ろ、選択肢があるだけマシだろう。
「ブレないな、お前は……」
「他には、寝る?」
それぐらいしか思いつかなかった。
「本っ当に、ブレないな、お前は……」
「じゃあ、九十九はどうする予定?」
「日課をこなす……かな」
「日課?」
「筋トレを含めた鍛錬の続き。他には、魔法は、あの広場以外では無理だが、イメージトレーニングぐらいならできるか」
有能な護衛は、どこまでも自身を鍛えることを怠らない。
しかも「続き」ってことは、既にやっていたのか。
わたしが起きる前にしていたのかもしれない。
そして、彼の日課は料理研究かと思っていた。
ちょっと反省。
「じゃあ、それを見ぶ……、見学させてもらおう」
「いま、『見物』って言おうとしただろ? 見世物じゃねえぞ?」
九十九は露骨に顔を顰めた。
「言葉を間違えかけただけだよ」
「それに、見てもあまり面白いものとは思えんが……」
「じゃあ、それをスケッチしよう」
「止めろ」
「え~?」
滅多にない機会なのに……。
彼が毎日、しっかりと鍛錬をしていることは知っていたが、実は、あまりしっかりと見たことがないのだ。
「見られていると緊張する」
「九十九にも『緊張』って言葉があったのか」
「あったんだよ、悪いか?」
「悪くはないけど……」
ちょっと意外だっただけだ。
そして、少し可愛い。
「見ても面白いとは思わんが、それでも良いなら……」
「良い!」
こんな機会でもない限り、じっくりと見ることなんてできないだろう。
わたしは、素直に喜んだのだった。
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