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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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慈悲はない

 さて、全世界に数多といる18歳の男どもに問う。


 自分の好きな女が、腕の中で呑気に寝息を立てている。

 この状況でオレはどうすれば良い?


 決まっている。

 我慢だ。


 それしか選択肢はない。


 可愛い。

 柔らかい。

 温かい。

 気持ち良い。

 可愛い。


 そんなことは一切、思ってはいけないのだ。


 ああ、クソ!

 どんな拷問だよ、この状況は!


 しかし、下手に手を出せば、ゼロ距離から発砲される空気砲の餌食だ。

 この距離では確実に、オレの意識が飛ぶ。


 どうすれば、と考えて、何もしなければ良いという結論に達した。


 傍目には「据え膳」だが、この御膳には罠の気配しか載っていない。

 それも分かりやすく。


 そんな状況で、御膳に載ったご馳走を堪能できるはずがないだろう。


 それに、この状態でも信じられないくらいに幸せだ。


 そんなオレに対して、「へたれ」、「チキン」、「チョロい」などと呼びたくば、好きに呼ぶが良い。


 自分でも安すぎると思っているのだからな。


 だが、分かるか?

 この幸福感が。


 柔らかくて温かくて可愛くてたまらない生き物が、自分の腕の中に収まって、幸せそうな顔をして寝ているんだぞ?


 しかもだ。

 この生き物、多少、強く抱き締めるぐらいは許容らしい。


 先ほどから、少しだけ腕に力を込めても、例の空気砲は暴発しなかった。


 尤も、あまり強くは抱き締めていない。

 小さくて、力を入れすぎると本当に壊してしまいそうなんだ。


 だが、分かっている。

 こんなことで頬を緩ませている場合じゃねえと。


 先ほどから、窓の外から()()()()()を感じているから。


 移動系の魔法を使って、部屋に侵入してこない辺り、奇襲としては慣れていないヤツらだろう。


 恐らくは「ミラージュ」ではない。

 いや、そう断定してしまうには早いな。


 だが、紅い髪の男やミラではないだろう。


 あいつらは、奇襲の重要さを知っている。

 奇襲は、その相手に気配を察せられた時点で失敗なのだ。


 さて、どうするか?

 飛び出して、蹴散らすのは簡単だ。


 だが、それでは眠っている栞を守れない。


 そして、こんな風に抱き締めながらだと両手が塞がってしまうし、背負うのも流石に無理がある。


 だからと言って、彼女を置き去りにして外に出るのは最悪だ。

 外のヤツらが、陽動、囮の役目の可能性もある。


 仮に護りの結界を施しても、相手の領域でどこまでの効果があるか分からない。


 それに、空属性の人間がいれば、結界解除の術を知っている可能性もある。


 そうなると……。


「仕方ないか」


 オレは栞をさらに抱き締める。


 こんな状況でも起きる様子のない、図太い神経を持つ主人。

 その体内魔気に警戒の色は全くなかった。


 空気砲の気配もないままだった。

 もしかしたら、悪戯とか邪な思いを抱かない限りは、大丈夫なのかもしれない。


 悪戯はともかく、好きな女を前にして、身体にも心にも何の障害もない健康的な男が邪な思いを全く抱くなと言うのは無理だと思う。


 しかし、それでも、確実に邪魔が入ることが分かっていて、そちらの方に意識を持っていけるはずもない。


「本来の仕事をするか」


 名残惜しくはあるが、意識を切り替える。


 頭の中のスイッチが、カチリと音を立てて、自分の中で何かが切り替わったような気がした。


 自分の腕の中で眠る主人を、起こさぬよう、そっと寝台に横たえる。

 あれだけ騒がしかった胸の内は、不思議なくらい落ち着いた。

 

 主人に対して、愛しい気持ちが治まったわけではない。


 寧ろ、今も尚、溢れ出している。


 だが、それ以上に、このいつまでもどこまでも自分を信じてくれる無防備な主人を護りたい気持ちの方がずっと強いのだ。


 だから、その場所から離れる。


 極上の()に食らい付こうとする身の程知らずな奴らに、二度と、手を出させるような隙を与えないためにも。


 ―――― そして、その部屋には、栞だけとなる。


 暗闇の中。


 周囲に人の気配はなく、自分に迫る危機を感じることなく寝息を立てている小柄で無防備な女性の姿。


 年の頃は15、6歳。

 実際は18歳になったばかりだが、そうは見えないので、この辺りは仕方ない。


 何よりも、その身に纏う体内魔気は極めて微弱。

 つまり、目が覚めて魔法で応戦しようとしたところで、大した抵抗もできないように見える。


 高級宿泊施設に連泊していたような立場の人間には見えない。

 しかも筋力では明らかに劣る女だ。


 そんな彼女がただ1人になれば、何の事情を知らないヤツらはどう思うか?

 もはや、自明の理というやつだろう。


 ゆっくりと開かれる部屋の扉。


 当然ながら、鍵は掛けていたが、魔界人は「開錠魔法」を使うのもいるし、何よりも、この地そのものが敵の領域なのだ。


 施錠など、無意味なのだろう。


 複数の人間の気配。

 恐らくは野郎ばかりだ。


『男はどこだ?』

『風呂だろう。気配と水音がする』

『こんな場所で、女を一人にするとは。今の立場を知らぬと見えるな』

『無駄話はするな』

『男がいないなら、丁度良い。女を人質に使う』


 声は全部で、5種類。

 気配と一致する。


『見目は悪くないな。これなら、「ゆめ」に使えるか』

『男が戻る前に捕まえるぞ。処遇は後でどうとでもなる』

『俺、()()()()()が良かったな。こっちは好みじゃない』

『人質だ。好みは関係ない』

『待て』


 その中の一人が何かに反応した。

 オレの気配に気付いたわけではないようだ。


 見ているのは栞の方だった。


『この女、()()だ』

『『なんだと!? 』』


 その言葉に二人ほど反応する。

 

 どうやら、この世界には変態しかいないようだ。


『あ~、生娘。久し振りだな~』

『生娘は面倒だ。お前らが先にヤれ』

『生娘はちょっとしたことで、心を壊しやすいからな。楽で良い』

『それなら、いっそ、男の前でヤるか?』


 先ほどまでの精神状態ではブチ切れて飛び出していたことだろう。

 落ち着けたのは幸いだった。


 それでも、心は穏やかではない。

 努めて、闇に溶け込んでいた。


 男たちが栞を取り囲む気配がする。

 それでも、ぐっと我慢した。


 指一本、髪の毛一筋たりとも、下卑た男たちの手が彼女に触れることは許さない。


 だが、相手の領域で、複数人数を相手取るには、確実に油断を誘う必要がある。

 地の利は相手にあるのだ。


 男の一人が、舌なめずりをし、栞に向かってその手を伸ばそうとする。


 この中の頭っぽいヤツは、後ろから見守る派か。


 奇襲があるとすれば、背後……。


 そして、オレがいると思われている風呂場もそちらだから、警戒をしているのだろう。


 それでも、甘いと言わざるをえない。


 オレは、()()()()()()のだから。


 だが、オレより先に、この男どもの行動に我慢できなかったやつが、容赦なく、()()()()()空気砲をぶっ放す。


『あがっ!?』


 奇声が上がれば良い方だろう。


 近くにいた3人は、悲鳴を上げる間もなく、意識を刈り取られたのだから。


 そして……。


『くっ!? こ、この娘っ!?』


 一番、栞から離れていたヤツは、辛うじて、空気砲に吹っ飛ばされながらも、その場所に踏みとどまった。


 風魔法に耐性がある人間だったのかもしれない。

 だが、ある意味、運が一番悪いだろう。


 周囲には倒れる4人の男。

 頭の中は、混乱すること間違いなしだ。


 空気砲をぶっ放した彼女を無遠慮に捉えようとその手を突き出し、鈍い音が、部屋に響き渡った。


『がぁっ!?』


 暗闇の中だ。


 自分の身に何が起きたかすら分からなかったかもしれない。


 だが、()()()()()()()()()()()()()が何の音であるのかを理解してしまったのか、その場で苦痛の呻き声を上げて蹲っている。


 暗闇の中で痛みを感じることは、意外に難しいはずなのだが、夜目が利くヤツなのかもしれない。


 周囲で意識を飛ばしたヤツらと同じように一発で寝ていれば……、そんな余計な痛みを感じることもなかったと思う。


 よく考えれば、あの空気砲は、一撃で相手の意識を刈り取っている。


 食らった人間たちは、痛みを感じることもなく、それが何であるのかを理解する間もなかっただろう。


 日常生活において、風よりも激しく重い空気の塊が、自分に向かって容赦なく襲い掛かることを想定している人間の方が少ないのだ。


 しかし、風属性魔法に対して、それなりに耐性があれば、それが何であるかを理解してしまう。


 自分に襲い掛かってきた、見えないナニかが、1人の女によって放出された、ただの「魔気の護り(じどうぼうぎょ)」であることを。


 だからと言って、同情の余地などない。


 呻き声を上げながら蹲っている男や、周囲で魂を飛ばした男たちに向かって、「()()()()」が施される。


 こいつらの目的は分かりやすく、単純で、下卑たものだった。


 例え、想像の中だけでも、主人(しおり)を穢そうとした男たちにかける慈悲など、オレ()()は持ち合わせていないのだ。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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