感覚や感性の違い?
明かりを消して暫く、オレはぼんやりと思考していた。
自分の考えと、先ほど聞いた栞の言葉を頭の中で自分なりに纏めていく。
そうでもしなければ、眠れる気はしなかった。
いつもと違って、横にいる栞も体内魔気が安定していない。
それが、妙に気にかかる。
いや、安心して眠られるのも困るが、落ち着きなく起きていられるのはもっと困ることを、オレは初めて知った。
「眠れないのか?」
オレは横にいる栞に声をかける。
ダブルベッドだから、二人で並んでいても、落ちることはまずない。
栞は、寝返りは多くとも、寝相は悪くないのだ。
寝覚めは、かなり悪く、寝惚けることも多々あるのだが。
「ちょっとね」
暗くても、その表情が分かる気がした。
もともと、オレは夜目も利くのだ。
「オレは横にいない方が良いか?」
流石に、平気そうにしていても、本当は緊張しているのだろう。
そのことに少しだけほっとしていた。
この時間帯に、栞が眠る様子もないのはそれだけ珍しいのだ。
真夜中、というほどではないが、いつもこの時間には呑気に寝息を立てている頃なのに。
彼女の安眠のためには、オレは眠るまで傍にいない方が良い気がして、身体を起こした。
「い、いや、大丈夫!」
気丈にも栞はそう答える。
オレに気遣っているのかもしれない。
「でも、眠れないだろ?」
「大丈夫!」
何が大丈夫なのか。
そう答えている声だって、いつもの栞とは違って、分かりやすく震えているのに。
「だけど……」
「大丈夫だってば!!」
言葉を遮るかのように、栞はオレの腕を掴んだ。
ちょっと待て?
この図はいろいろとマズい。
「大丈夫だから、わたしの横にいて!!」
さらにマズいことを口にされた。
この女は本当に、オレを、いや、男をなんだと思っているんだ?
「お前……」
だが、こうなった栞の手強さは、誰よりもオレが知っている。
どうせ、考えを変える気などないのだ。
仕方なく、布団に収まると、腕を放してくれた。
別に、離さなくても良いのに……。
いや、マズいか。
それでなくても、同じ布団にいるのだ。必要以上に、温もりを感じてしまう。
そして、やはり落ち着かない気配。
オレの方が落ち着かん。
「栞……」
「ひえっ!?」
再び呼びかけると、少し、奇声が上がった。
明らかに警戒されている声。
「このままじゃオレが眠れんから、また薬草茶でも飲むか?」
「ふ?」
気は進まないが仕方ない。
夜更かしは、栞のためにも良くないのだ。
それに、いつ、敵が現れるか分からん。
個人的には、このまま至福の時間を邪魔しないで欲しいのだが、そうも言っていられないだろう。
「横で、起きている気配がどうも気になるんだよ」
「そうなのか。じゃ、じゃあ、わたしに『誘眠魔法』を使って!」
そんなとんでもない提案をされた。
男にそんな魔法を使えとか、普通なら、正気の沙汰とは思えないが、この女は何も考えていないだけだろう。
だが……。
「それだけ警戒心バリバリのお前だと『誘眠魔法』を弾き返すと思うぞ」
「うぐっ!!」
どう考えても、オレの魔法では足りない。
それは、悔しいことではあるが、事実は事実として受け止める必要がある。
警戒中の中心国の王族相手に魔法を使うのは、それだけ大変なことなのだ。
「眠れないんだろ? お前が寝るまで、離れておくよ」
薬草茶も気が進まないのなら、やはり、それが一番だろう。
オレはベッドから出ようとして……。
「九十九!!」
呼び止められた。
「な、なんだ!?」
「ちょっと落ち着かないんだよ」
少し弱気な声。
「分かってるよ。だから……」
思わず、抱き締めたい衝動に駆られるが、それを堪えようとして……。
「ぎゅっとして!!」
「は……?」
我が耳を疑った。
コイツ、イマ、ナント?
思わず、思考が変になる。
「ぎゅっとして、『なでなで』して!!」
さらに要求が増えた。
いや、そうじゃなくて……。
「お前……」
心を読まれたわけではないだろう。
そのことに安堵する。
だが、いろいろと複雑な心境にはなった。
「このまま抱き締めて、頭を撫でれば良いんだな?」
それでも、この機会を逃すほど、オレも聖人ではない。
そして、誤解をしていないか、確認もしておく。
「それ以上はしないからな」
一応、そう付け加えて。
「うん!!」
おいこら。
そこで嬉しそうに返事をするな。
嬉しいし、悲しいじゃねえか。
だが、待て?
このまま抱き締めて、オレの方は大丈夫か?
うっかり、その先に進もうとしないか?
だが、主人の要求にはできる限り応えるのが従者の務め。
これは、仕方のないことだ。
そう自分自身に分かりやすく言い訳をしながら、ゆっくりと身体の向きを変える。
すぐ下に、栞の気配がした。
「嫌なら言えよ?」
嫌がられたら、我慢できる気がする。
「わたしから頼んでいて、それはないよ」
おいおい?
この女はどれだけ、オレを刺激するんだ?
「あと、暗くて見えにくいから、その、手が変な所に触れたら、悪い」
うっかり、正直にもそう言ってしまった。
こんなこと、別に言わなくても良かったとは思うが、触れてしまって悲鳴を上げられても、かなり困るし、傷つくことだろう。
「えっと、できる限り、気を付けて?」
戸惑いがちにそう返答された。
流石に、必要以上のお触りはダメらしい。
「分かった」
オレの左手が、栞の右肩に触れた。
そのままゆっくりと背中に向けて、差し込んでいく。
ヤバい。
すっげ~、緊張している。
抱き締める機会はこれまでに何度もあったが、部屋の明かりを消して、布団の中でというのは、全く違う。
このまま、抱き締めて頭を撫でたらすぐに終わってしまうのだろうか?
そう思うと、勿体ない気がして、動きがゆっくりになってしまった。
左手を背中に通した後、今度は右手を動かす。
今度は上から覆う形になる。
胸に手が当たらないように、慎重に動かして、そのまま、抱き締めた。
柔らけえ!
そして、温けえ!!
叫びたい衝動をぐっと、堪える。
そして、右手をなんとか頭に持っていき、軽く撫でた。
このまま時間、止まらねえかな?
「安心する」
緊張していた栞の身体から、力が抜ける気配がする。
いろいろ待て?
「この状況で、安心するなよ」
オレは今、いろいろなものと戦ってんだぞ!?
「九十九にも『なでなで』しようか?」
「遠慮する」
そんなことをされたら、このまま、オレが先に寝てしまう気がした。
「落ち着く……」
さらに、そんなことを言われた。
「いや、だから、この状況で落ち着くなよ」
「この状況だから落ち着くんだよ」
「お前、オレの性別を本っ気で、忘れてるだろう?」
いろいろとあり得ねえ!!
「いや? 多分、ワカや水尾先輩でもこんな感覚にはならないと思うよ」
栞は不意に、そんなことを言った。
「九十九だから、気持ち良いんだ」
その言葉だけで、理性を吹っ飛ばしかけた。
だが、邪な気持ち以上に、怒りが勝る。
「こんの阿呆女~~~~~!!」
「アホって……」
「前々から思っていたけれど、お前の言葉は不用意すぎる! オレが誤解したら、いや、この状況で今の言葉を誤解するなっていう方が、絶対的に無理がある!」
はっきり言わないと分からないようだから、言ってやる!
「布団の中で、男に抱き締められながら『気持ちが良い』とか抜かすな」
正確には頭を撫でられた心地よさだとは思うが、状況が変わるわけでもない。
実際、まだオレの腕の中にいるのだ。
そんな状況なのに、オレが襲い掛かるとは微塵も思ってねえだろ?
「おおう」
流石に、理解できなかったわけではないのか、そんなことを言った。
それだけ、オレの頭も冷えた気がする。
少しだけ。
「でも、リラックスはできたみたいだな」
そこが救いだろう。
「肩の力は抜けたし、身体も柔らかくなっている」
その安らぎを与えたのが自分だと思えば、我慢、できなくもない気がする。
「九十九の言い方もどうかと思うよ?」
「そうか?」
少なくとも栞よりはずっとマシだと思うが?
「なんか、少し、えっちくさい」
「…………」
まさか、この女からそう言われるとは……。
これは、男女の感覚、感性の違い……、というやつなのだろうか?
でも、やはり、オレの中のオスを刺激する栞の方が、ずっとタチが悪いと思うが、それを口にする気にはならなかった。
オレの気持ちを知らないままの方が、彼女は今みたいに甘えてくれる気もするから。
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