暗闇効果
暗い闇に沈黙が落ちる。
当然ながら、落ち着かない。
ソウに抱き抱えられて運ばれた時も、かなり緊張したのだけれど、自分の意思で、誰かと同じ布団にちゃんと収まったのは、多分、初めてだと思う。
勿論、無意識、寝ぼけた状態は除く。
でも、意識して、異性と同じ布団で寝るって、こんなにも緊張するものなのか。
それとも、その相手が九十九だから?
いや、わたしは多分、横にいる男性がソウでも、雄也さんでも、同じように緊張すると思う。
寝つきは悪くない方だと思っていたけれど、やはり、こんな状況では、眠られるはずもないらしい。
九十九は、どうだろうか?
静かだけど、寝ている気はしない。
もともと、彼は護衛だから、襲撃の可能性があるような状況では、あまりゆっくりと休めないかもしれない。
せめて、わたしが、もっと身を護るための魔法を使うことができれば、彼は休めるだろうか?
いや、休まないね。
人任せにするのは苦手な九十九だ。
そして、ありがたいことにわたしの護衛でいることや、自分の仕事に対して誇りに思う人間だ。
それを思えば、簡単に休んでくれる人とは思えない。
思わず深い息を漏らした。
「眠れないのか?」
すぐ横から声がした。
周囲がよく見えないせいか。
視覚が働かない分、聴覚が鋭くなっているみたいで、彼の低い声がよく聞こえる。
いや、これは、距離のせいもあるかもしれない。
この寝台は二人が寝ても余裕があるほど大きな物ではあるが、それでも、いつもより九十九が近くにいるのだから。
「ちょっとね」
彼が横に寝ているために緊張しているせいとは言いにくい。
それは、九十九は何も悪くないのに、彼のせいにしているっぽい気がするのだ。
「オレは横にいない方が良いか?」
わたしが何も言わなくても、九十九は雰囲気で何かを察したのか、身体を起こした気配がする。
「い、いや、大丈夫!」
「でも、眠れないだろ?」
「大丈夫!」
何が大丈夫なのか……。
彼にそう答えている声だって、いつもと違うのが自分でも分かるぐらいなのに。
「だけど……」
尚も、わたしを気遣う九十九。
「大丈夫だってば!!」
そう言って、少しだけ暗闇に慣れた目を凝らして、彼の腕を掴む。
「大丈夫だから、わたしの横にいて!!」
指定されたような「いちゃいちゃ」行為というのは無理でも、せめて、一緒の布団で寝ないと意味がないだろう。
「お前……」
そう言いながら大きく息を吐いた後、九十九はもそもそと布団に戻ってくれる。
でも、どうしたら眠れるのだろう?
羊を数えたらよい?
それとも、数学の公式を思い出す?
歴史年表を辿っていく?
古典の暗誦?
うぬぅ……。
いつもわたしはどうやって寝ているっけ?
そんな根本的な疑問に行きついてしまった。
すぐ横で、大きな息が漏れる音がする。
呆れているよね?
「栞……」
「ひえっ!?」
すぐ近くで、色気のある低い声がした。
暗闇のせいか、すっごくよく聞こえてしまって、思わず声が上がる。
「このままじゃオレが眠れんから、また薬草茶でも飲むか?」
「ふ?」
九十九が、眠れない?
「横で、起きている気配がどうも気になるんだよ」
「そうなのか」
確かに護衛としては、護るべき主人が落ち着かないのは問題かもしれない。
でも、この状態は、薬草茶を飲んだぐらいで治まってくれるとは思えなかった。
確かにあのお茶は落ち着くけど、また同じ布団に収まれば、同じように緊張は復活してしまうだろう。
「じゃ、じゃあ、わたしに『誘眠魔法』を使って!」
「それだけ警戒心バリバリのお前だと『誘眠魔法』を弾き返すと思うぞ」
「うぐっ!!」
こんな時は、自分の強すぎる魔法耐性が恨めしい。
「眠れないんだろ? お前が寝るまで、離れておくよ」
そう言いながら、再び、横で九十九が上半身を起こす気配がする。
どうして、いつもは彼の傍で安心して眠れるのに、今日に限って、眠くならないのだろう?
どうしたら……?
そこまで考えて、わたしは一つの結論に達した。
「九十九!!」
「な、なんだ!?」
わたしの呼びかけに、彼は驚いたような反応をする。
「ちょっと落ち着かないんだよ」
「分かってるよ。だから……」
「ぎゅっとして!!」
「は……?」
わたしの説明が足りないせいか、彼は訝し気に問い返した。
「ぎゅっとして、『なでなで』して!!」
それなら落ち着くことができる気がする。
実際、彼に抱き締められると落ち着くのだ。
「お前……」
何かを言いかけて、またも大きな息を吐いた。
「このまま抱き締めて、頭を撫でれば良いんだな? それ以上はしないからな」
「うん!!」
それ以上を望んでいるわけではない。
わたしはただ、落ち着きたいだけだ。
暫く、動かなかった九十九が、ゆっくりと体勢を変える気配がして、わたしの心臓が跳ねた気がした。
大丈夫。
心臓は、身体からはみ出ていない。
いつもより早く動いているだけ。
ちょっとばかりお仕事熱心なだけだ。
「嫌なら言えよ?」
かなり近くで声が聞こえる。
「わたしから頼んでいて、それはないよ」
この鼓動の早さと、顔の熱が伝わらないかが心配だけど……。
「あと、暗くて見えにくいから、その……、手が変な所に触れたら、悪い」
うおうっ!?
確かに、真っ暗だから、その点はある程度目が慣れても仕方ない部分はあるかもしれない。
「えっと、できる限り、気を付けて……?」
「分かった」
そう言って、彼の手がわたしの肩に触れた。
その部分から、発火しそうなほどの熱を感じる。
それが肩だと分かったようで、ゆっくりと手が差し込まれる。
いつもの抱擁と違って、妙に緊張する。
それが、暗くて表情が分からないせいか、いつもより慎重になっているため、動きが緩慢になっているのかは分からない。
なんだろう?
彼が「発情期」中に、わたしの素肌に触れた時よりも、ずっと緊張している。
そして、服の上からなのに、彼の身体の熱もいつも以上に感じる気がした。
暗闇効果って凄い。
少し、重さを感じたかと思った時、ぎゅっと抱き締められた気配がする。
だけど、こんな状態で落ち着くって、無理だね!!
分かりやすく心臓の動きがおかしい!!
こんなに早く動いたら、壊れちゃうかも!?
だけど、ゆっくりとわたしの頭で何かが優しく動く気配がした。
たどたどしいけれど、しっかりとした大きな手のひらの動き。
姿は影くらいしか分からないけれど、その手の優しさと熱はよく知ったものだった。
「安心する」
身体から、ゆっくりと力が抜けていく気配がする。
「この状況で、安心するなよ」
その安心感を与えてくれた護衛は間近でそんなことを言う。
「九十九にも『なでなで』しようか?」
「遠慮する」
遠慮されてしまった。
しかも即答だった。
でも、本当に気持ちが良い。
完全に緊張が解けたわけではないのだけど、張っていた気が緩んでいくのが分かるぐらいに。
「落ち着く」
「いや、だから、この状況で落ち着くなよ」
「この状況だから落ち着くんだよ」
九十九に抱き締めながら、頭を撫でられる……。
それだけで、自分の身体から空気が抜けるような心地よさがある。
「お前、オレの性別を本っ気で、忘れてるだろう?」
「いや? 多分、ワカや水尾先輩でもこんな感覚にはならないと思うよ」
この雰囲気は九十九だからだ。
それはよく分かった。
そして、ソウや雄也さんでも、この居心地の良さは出せないだろう。
「九十九だから、気持ち良いんだ」
その言葉に嘘や偽りはないのだけど、それが、彼の中にある何かを刺激してしまったようだ。
「こんの阿呆女~~~~~!!」
何故か、叫ばれた。
「アホって……」
その自覚はあるけれど、毎度、改めて指摘されると腹が立つのは何故だろうか?
「前々から思っていたけれど、お前の言葉は不用意すぎる! オレが誤解したら……、いや、この状況で今の言葉を誤解するなっていう方が、絶対的に無理がある!」
ぬ?
誤解って何のことだろうか?
「布団の中で、男に抱き締められながら『気持ちが良い』とか抜かすな」
「おおう」
た、確かに、捉え方によっては、かなり際どい台詞に思える。
だけど、本当に気持ちが良いのだから、仕方ない。
そして、どう言えば、彼に真意が伝わるだろうか?
「でも、リラックスはできたみたいだな」
ああ、そう言えば良いのか。
「肩の力は抜けたし、身体も柔らかくなっている」
そんな九十九の言い方も結構、アレな気がするのはわたしだけでしょうか?
ここまでお読みいただきありがとうございました




