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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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自分たちで考える

 九十九は言った。


「それは、オレだけじゃなくて、お前も苦しいことだと思うぞ?」


 それも、少し、苦しそうな顔で。


「わたしも?」


 でも、わたしにはその意味がよく分からなかった。


 この時の彼がどんなことを考えていたのかも。


「オレには前科があるだろ?」

「それは……っ!!」


 九十九から「前科」とか、そんな言い方をして欲しくなかった。


 あれは、確かに九十九だったけど……。


「『発情期』を理由にしても、あの時、オレが『お前を欲しい』って思ったのは事実だからな」

「ひえっ!?」


 九十九の言葉がわたしに直撃した。


 え!? 何!?

 今、九十九、なんて、言った!?


 思わず身体を丸めて伏せる。


 か、顔が上げられない。

 今、わたしは、どんな顔をしている?


 思考がぐるぐると回っている。

 確かに「発情期」は、好意を持っている人間に反応するとは聞いている。


 そして、これまでの状況から、わたしは、九十九に大事にされていることは間違いないとは分かっているのだ。


 でも、それが恋愛感情かはよく分からない。

 だからって、いきなり「お前が欲しい」とか言われても困る。


 いろいろな意味で。


 低音の甘い声でその台詞は致死量だ。

 わたしは死んだかもしれない。


「つ、九十九」


 どうしよう。

 顔を上げにくい。


 顔だけではなく、耳までかなり熱くなっているからすっごく顔が真っ赤になっているのは分かる。


 でも、何か、言わなきゃ。


「どうした?」


 だけど、そんな状態と分かっていない九十九は、純粋にわたしを心配してくれている気配がする。


 ぐぬぅ!!

 天然たらし青年は、わたしにとって最強で最恐だ。


 わたしはなんとか、顔を上げる。


「し、心臓に悪いよぉ」

「どう心臓に悪いのか分からんが……」


 九十九は呆れたように大きく溜息を吐く。


 なんだろう、この余裕。

 わたしは、心臓が破裂しそうなのに……。


「お前の言葉の方が、オレの心臓に悪かった」


 嘘つき!

 そんな涼しい顔をしていて?


 わたしは、信じないから。


「先ほどのお前の言葉は、前科のあるオレに向かって、『布団の中でいちゃつく』ことを許可したってことだ。流石に不用心すぎる」


 ああ、そう言う方向性の心臓の悪さ、ですか。

 わたしの思考とかそう言ったものを心配したんだね。


「で、でも、それが、条件なんでしょう?」


 わたしの我が儘から始まった別行動に、護衛という立場から巻き込まれた形となってしまった彼だ。


 もしかしたら、彼もあの高級宿泊施設の方が良かったのかもしれない。


 だから、気が進まないのは仕方ないと思うが……。


「何度も言うが、オレを信じすぎるな。オレはお前ほど、自分のことを信じていない」


 これだけ、念を押されると、わたしに気を使っているだけかもしれないと思えてくる。


 本当に危険な男なら、やっぱり、わざわざ口にして忠告しないと思うから。


 それに……。


「じゃあ、どうするの? 普通に眠るだけで、真央先輩を誤魔化せると思う?」

「それは……」


 わたしがそう言うと、九十九が言葉に詰まった。


 真央先輩は、水尾先輩よりも体内魔気の変化に敏感だ。


 まあ、そんな理由から、あの先輩には、いろいろと伝わってしまっているのだとは思っているけど……。


 だから、そんな真央先輩の瞳を欺くことなど、わたしはできないと確信していた。


 そうじゃなければ、もっとなんとか誤魔化す方法を検討したことだろう。


「それにいちゃつくとは言っても、どの程度かって指定はあった? えっと、具体的には、行為の内容、みたいなやつ」

「あ?」


 わたしは直接聞いたわけではない。


 でも……。


「多分、その辺は、こちらの裁量に任されたのだと思うんだよ。互いが譲歩、いや、我慢できる範囲ってことかな。だから、必要なのは、軽い接触程度でも大丈夫だとは思うんだよね」


 流石に、恋人でもない男女にいちゃつくフリをさせるだけなのに、あまり過激なことはさせるつもりはないと思う。


 わたしたちは戦国時代の忍びではないのだ。

 身体を使って、敵を篭絡させる必要もないのである。


 だから、その辺は、自分たちで考えろと言うことだろう。


 ん?

 自分たちで考える?


 それって……。


「じゃあ、お前がその軽い接触範囲とやらを指定しろ」


 九十九がそんなことを言いだした。


「へ?」

「オレはそれに従う」

「ちょっ!?」


 毎度ながら、それってズルいって思う!!


 なんで、毎回、彼は、こういう時に、わたしに選択権を委ねるのか!?


「オレの方は、最後まででも別に問題はないんだ」

「さっ!?」


 さ、最後まで……?


 つまり……。


 ―――― ふぎゃああああああああああっ!!


 叫ばなかった。


 我慢した。


 わたしは本当に我慢したのだ。


「だけど、お前の方はそう言うわけにはいかないだろ?」


 その言葉で気付く。


 この条件は、男の彼には何の問題もない話なのだ。


 彼の話を聞いた限りでは、「発情期」の心配がなくなっても、そう言った欲望が全くなくなったわけではないらしい。


 九十九だって、精神も肉体も健康な青年なのだから、手を出しても問題がない女性がいたら、そういうことを考えるのはおかしくないだろう。


 だから、彼は手を出しても何の問題もない「ゆめ」という女性たちがいるこの「ゆめの郷」に来たわけだし。


 それに、そんな感情がなくても、わたしでも、「対象内」と言ってくれる彼だ。


 そして、わたしが望むのなら、そう言ったことも受け入れるとも言ってくれているような人なのだ。


 それが、九十九の方は心から望んだことではなくても。


 それならば、九十九はわたしに判断を委ねるよね?


 彼にとっては、()()()()()()()()()()なのだから。


「つ、九十九の方は問題なくても、わたしは、最後までというのは無理」


 だから、そこだけは。

 その線引きだけはしておかないと。


 それを宣言しておけば、九十九は、どんな時でも、そのラインを絶対に守ってくれる。


 どこまでも、真面目な彼だ。

 わたし相手に、あんな重たい宣言をしてくれるほどの人だから。


「い、一応、聞くけど、布団の中で、九十九はどれだけ我慢できる?」


 だけど、その点は気にかかる。


 先ほどのわたしの言葉は、本人が言うように、健康な青少年には(つら)いということは分かる。


「分からん」


 彼はきっぱりと言い切った。


 それはもう見事なまでに堂々と。


「何より、寝ている時の責任までは持てん」

「うぐ」


 それは、確かに。


 わたしだって、寝ている時に自分が何をしているかなんて知らないし。


「ほ、抱擁は、いちゃつきに入りますか?」

「入ると思うぞ」


 そうだよね?


 ぬ?

 それって、わたしたちは(はた)から見れば、日常的にいちゃついていることに?


「頬や額に、キスとかは?」

「キスも親愛表現の一種だから入ると思うぞ」


 そうだよね?


 それらが入らないって言われたらどうしようかと思ったけど、魔界人である九十九基準でも、抱擁やキスは、ちゃんと「いちゃつき」に入るらしい。


 いや、今、九十九は「親愛の情」と言う言葉を使った。


 つまり、外ならともかく、布団の中では「いちゃつき」に入るってことではないだろうか?


「う~ん」


 なかなか線引きが難しい。


 でも、先ほど言った接触程度は、「発情期」以前にもしている。


 それぐらいなら……?

 

「分かった、九十九」


 わたしは結論を出す。


「とりあえず、寝よう」


 あれこれ考えた所で、結局のところ、人間の生命活動上、寝るしかないのだ。


 そして、「いちゃつき」の範囲指定が特にない以上、本当に最低限の接触でも問題はないのだろう。


「お前な~」


 九十九が妙に疲れた顔をしていた。


「まあ、オレは別に良いけどさ」


 そう言いながら、九十九は寝台に向かった。


 い、いや、彼はなんで、普通なのでしょうか?


「どうした?」

「別に!」


 凄く緊張しているわたしに対して、九十九は平然としているように見える。


 彼は、わたし如きに緊張などしないとでも言うのだろうか?


 そして、それはそれで、妙に腹が立つのは気のせいか?


「とりあえず、お前が言うように寝るか」


 そう言いながら、九十九が大きく息を吐いた。


 やはり、彼は気が進まない様子。


 その反応に、女として腹立たしさはあるものの、彼をこんなことに付き合わせることに対しては申し訳ないとも思う。


 そうして、明かりを消してから、わたしたちは一つの布団に収まったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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