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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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具体的な指定

 栞が口にした「約束事を守る」。


 それは、確かに大切なことだが、今回のような状況では、それから逃げても、誰も咎めることはないと思う。


 オレは、その言葉の意味が分からないほど、彼女がガキだとはもう思っていない。


 実際、栞が自分の胸の前で組んでいる手は少しだけ震えていた。


 決意を秘めた大きく強い瞳が微かに揺れ動き、桜色の唇をきゅっと噛みしめてオレを見ている。


 その心境は如何ばかりだろうか?


 男にとって、好きな女との「同じ布団」で手を出さないことは確かに苦行だ。

 同じ布団の中で、愛らしい寝顔と、可愛い寝息。


 そのコンボだけで、触れることが許されなくても即死できる自信がある。


 だが、同時に女にとって、好きでもない男との「同じ布団」も、苦行でしかないだろう。

 しかも、一度は自分を襲ったことがある相手だ。


 そして、二度目がないという保障はないし、正直なところ、オレ自身も保障できない。


 仮に、多少の好意があったとしても、既に一度、怖い思いをしているのだ。

 普通の感覚なら、そんな思いを何度も体感したいとは思わないだろう。


 だから、オレは言う。


「それは、オレだけじゃなくて、お前も苦しいことだと思うぞ?」

「わたしも?」


 どこか不思議そうな顔をする栞。


「オレには前科があるだろ?」

「それはっ!!」


 咄嗟に彼女は反駁しかかるが……。


「『発情期』を理由にしても、あの時、オレが『お前を欲しい』って思ったのは、事実だからな」

「ひえっ!?」


 そんなオレの言葉で、栞の顔が一瞬で真っ赤になり、そのまま前に身体を倒した。


 なんだ?

 この反応。


 そんなに意外だったのか?


 だが、「発情期」って本来の目的はともかく、男側からすれば、結局、そう言うことになるよな?


 あの時のオレは、その行動が、今後の人生を大きく変えてしまうと分かっていたのに……、栞以外目に入らなかった。


 焦がれて、欲しくて、それが「禁断の果実」だと分かっていても口に含みたかった。


 実際、口に含みはしたのだが、最後まで食いはしなかった。

 そこだけは褒められても良い気がする。


「つ、九十九」


 顔を上げないまま、耳まで真っ赤にした状態で、オレに呼びかける。


「どうした?」


 魔気の乱れが激しいのは分かるが、恐らくは体調不良ではない。


 単純に先ほどの言葉に動揺しているだけだと思うのだが、ちょっとこの反応は、過剰すぎる気がした。


「し、心臓に悪いよぉ」


 どちらの?

 胸に手を当てて、顔を赤らめ、潤ませた黒い大きな瞳で上目遣い。


 この女は、容赦なくオレの中にあるいろいろなものを削り取りにくる。


「どう心臓に悪いのか分からんが……」


 オレは大きく溜息を吐いた。


「お前の言葉の方が、オレの心臓に悪かった」


 それは間違いないだろう。


「先ほどのお前の言葉は、前科のあるオレに向かって、『布団の中でいちゃつく』ことを許可したってことだ。流石に不用心すぎる」

「で、でも、それが、条件なんでしょう?」


 この女は時々、真面目過ぎると思う。


 わざわざいちゃつかなくても、同じ布団にいれば、互いの体内魔気は感応するし、移動もする。


 本来なら、それで誤魔化しも可能なはずだ。

 それでも、言われたことを律儀に守ろうとする。


 本当に阿呆としか言いようがない。


「何度も言うが、オレを信じすぎるな。オレはお前ほど、自分のことを信じていない」


 そして、そんな真面目な彼女の言動を、「役得」だと享受できるほど、オレも浮かれてはいない。


 確かに彼女のことは好きだし、男として、欲する気持ちはあるが、彼女の「優しさ(あまさ)」に、もう二度と、付け込む気などなかった。


「じゃあ、どうするの? 普通に眠るだけで、()()()()()()()()()()()()()()

「それは……」


 そう言われると、言葉に詰まってしまう。


 魔法国家の第二王女殿下は、第三王女殿下よりも知覚能力がかなり鋭い。

 下手すると、感情の細かい機微まで読み取られていても不思議ではないのだ。


 そんな彼女の瞳を欺くことなど、できるものだろうか?


「それにいちゃつくとは言っても、どの程度かって指定はあった? えっと、具体的には、行為の内容、みたいなやつ」

「あ?」


 栞の言葉に、オレは固まった。


 確かに、真央さんから「栞とイチャイチャしろ」とは言われたが、具体的な行為については一切、指定がなかった。


「多分、その辺は、こちらの裁量に任されたのだと思うんだよ。互いが譲歩、いや、我慢できる範囲ってことかな。だから、必要なのは、軽い接触程度でも大丈夫だとは思うんだよね」


 この女の軽い接触というのがどの程度を指すのかは分からないが、それは一理ある気がする。


 それに、ここまで顔を紅くして、それでも、オレを説得しようとしてくれる主人に応えないのは、従者としてどうかという話だ。


 いや、下心は勿論、有り余っているのだが……。


「じゃあ、お前がその軽い接触範囲とやらを指定しろ」

「へ?」


 恐らくは、それが一番、無難だろう。


「オレはそれに従う」

「ちょっ!?」

「オレの方は、最後まででも別に問題はないんだ」

「さっ!?」


 栞が動揺のあまり、口をパクパクとさせた。


「だけど、お前の方はそう言うわけにはいかないだろ?」


 結局のところ、そう言う話だ。


 男が童貞を捨てるのと、女が処女を失うのではわけが違う。


 オレの方は良いんだ。

 男だし、既に童貞でもないらしいのだから。


 寧ろ、望むところだと言いきってやる。


 相手が好きな女なのだ。

 そこで激しく反対する理由も見当たらない。


 だが、(お前)は違うだろう?


「つ、九十九の方は問題なくても……」


 栞は顔を真っ赤にしながらも……。


「わたしは、最後までというのは無理」


 しっかりと言い切った。


 そりゃ、そうだろう。

 それがあっさり承諾されたら、オレだって何も考えずにこの場で押し倒している。


「い、一応、聞くけど、布団の中で、九十九はどれだけ我慢できる?」

「分からん」


 正直な話、こればかりはこれまでにその耐久値を計ったこともがあるわけでもないのだ。


 そして、好きな女と同じ布団で寝て、何もするなという苦悩に耐えることができるという話は、当然ながら個人差もあるだろうから、他者の意見など何の参考にもならないだろう。


「何より、寝ている時の責任までは持てん」

「うぐ」


 栞が分かりやすく言葉に詰まる。


 いっそ、「触れるな」と言ってくれた方が、互いに楽だと思うのだが……。


「ほ、抱擁は、いちゃつきに入りますか?」

「入ると思うぞ」


 抱き締めるのは立派に愛情表現だ。


 そしてそれは、たまにやっているから彼女の中で許される行為らしい。


 布団の中という特殊な環境ではあるが、それぐらいなら、なんとか、オレの精神の方も、耐えられなくもないだろう。


 ……多分。


「頬や額に、キスとかは?」

「キスも親愛表現の一種だから入ると思うぞ」


 努めて平静を装ったが、内心はかなりどぎまぎとしていた。


 思ったよりも頑張ってくれようとしている。


 オレは精々、抱擁、いや下手すると手を握る程度だと思っていたのだ。

 そして、それで十分だと思っていた自分もいる。


 安い男と思うなよ?


 先日まで童貞していた男が、好きな女と一つの布団で手を繋ぐってだけで、十分、凄いことなんだぞ?


「う~ん」


 栞はさらに悩んでいる。


 唇を突き出している様が可愛い。


 おいおい、こいつは、これ以上、何を言うつもりなんだ?

 そう思いつつも、ちょっと期待している自分がいた。


 こんな浮ついた気持ちではいけないと思う仕事人間な自分と、このチャンスを逃すな! という男の自分が激しく(せめ)ぎ合っている。


 分かっている。

 栞の方はオレにそんな高熱を抱いていない。


 だからこそ、彼女は苦悩しているのだ。

 

「分かった、九十九……」


 栞はオレに顔を向けて告げる。


「とりあえず、寝よう」


 この可愛らしい小悪魔は、どこまでも小悪魔だった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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