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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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確かに正論なのだけど

「それで? 別行動の条件の一つ、『同じ布団』について、お前はどう思ったんだ?」


 まず、オレにとってはそれが一番大事なことだった。


「確かにわたしはまだ魔法が不安定で、寝ている時に不意を突かれたら、簡単に第三者の手に堕ちる可能性が高いってことは分かるんだよ。でも、それって、これまでもそうだったよね?」

「そうだな」


 改めて確認するまでもない。


 寧ろ、少なからず魔法が自分の意思で使えるようになる以前の方が、その危険は遥かに高かった。


「それに、お風呂に入っている時や、お手洗いにいる時の方はもっと危険だよね? 意識はあるけど、無防備な状態という意味では寝ている時と、何も変わらないし、どちらも確実に一人だから」

「いや、普通なら、意識がある時とない時では全然違う」


 人間界の感覚ならば、栞の考えは間違いではないだろう。


「そうなの?」

「魔法は意識がないと発動しないからな。魔界人の感覚では、気を抜いているだけの風呂よりも、気を抜いた上に、意識が散漫になる就寝を狙う」


 便所はともかく、風呂で襲撃を受けても、武器や衣類の装着は可能ではある上、だが、魔界人には無防備な状態でもなんとかできる「魔法」と呼ばれるものがある。


 それらを考えれば、襲撃は「就寝中」が、常道ではあるのだろう。


「但し、それは普通の魔界人に対してだ」

「ほへ?」

「栞に関しては、逆だな。一番、襲撃に向いているのは風呂だ。そこなら、お前の言う通り、護衛もすぐには来ない。衣類も自分で召喚できないから身動きもできないよな?」


 尤も、風呂に入っている時でも、栞が危険と感じたら、すぐに飛び込む気はある。

 その後、()()()()()()()()()()が、その時は仕方ないな。


「それは、確かに。でも、それを言えば、就寝中も……では? わたし、目覚めは悪い自覚があるのだけど……」


 確かに栞はなかなか起きることができない。


 それにかなり振り回されている覚えはあるのだが……。


「お前は無意識の方が、『魔気の護り(じどうぼうぎょ)』が優秀なんだよ」

「連発するの?」

「いや、確実に襲撃者を仕留めるだろうな」


 目標物に向かって、真っすぐ、無駄なく空気砲が飛んでくる。

 慣れているはずのオレでも、天井に張り付いたのだ。


 アレに耐えられるのは、かなりの魔法耐性を必要とするだろう。

 

「仕留めたらいけないのでは?」

「今のところ、死人は出てないぞ」


 恐らく、無意識に微調整はされているのだろう。


「ちょっ!? 怪我人は出てるってことだよね!?」

「何を今更。アリッサムの聖騎士を()したりしているヤツが……」

「そうだった!?」


 栞は叫んだが、オレは正直ほっとした。


 就寝中(むいしき)の「魔気の護り(じどうぼうぎょ)」が優秀なのを知っている理由に触れられなくて良かった、と。


 万一、触れられたら「来島がそう言っていた」と言うだけだけどな。


 だが、それを言った時の反応はあまり見たくない気がした。


「うぬぅ。じゃあ、わたしの考えはちょっと違うのか」

「どこまで考えた?」

「ミラージュの関係者や手配書に関しては、この『ゆめの郷』以前からの危険性だから、そこまで警戒しないとは思ったんだよ」


 言われてみればそうだな。

 その辺に関しての警戒は、今更だ。


「だから、襲撃する可能性があるのは、この『ゆめの郷(トラオメルベ)』で逆恨みした人たち……かなと」


 確かにその可能性は高い。

 だから、別行動を許したと言えなくもないだろう。


 少人数の方が襲撃もしやすいだろう。


 何より、この「ゆめの郷(トラオメルベ)」の「ゆめ」の一人である「深織」に関しては、オレたちは関りが深い。


 この「ゆめの郷(トラオメルベ)」にとっては、大事な商売道具である「ゆめ」を1人、処罰の対象へと追い込んだ原因に復讐を考える可能性はないとは言えないだろう。


 商売としての「ゆめ」は、その維持管理などを考えると、雇い主側も安い道具として扱えないからな。



「つまり、同じ布団って、襲撃者を油断させようって話かなと思ったの」

「なるほどな」


 その結論に辿り着いた栞を褒めるべきか迷うところだ。


 栞がどこまで意識しているかは分からないが、この「ゆめの郷」には、単純にその管理者たちだけではなく、ミラージュの人間たちの気配が珍しく見え隠れしている。


 それは、これまでの場所になかった傾向なのだ。


 来島を始めとして、ミラもオレに接触してきたが、ここにはその兄であるライトって男もいるらしい。


 しかも、いつものようにすぐに去ろうとしなかった辺り、何か別の目的があるかもしれないと思った。


 それらを考えれば、「同じ布団」の目的は、栞が言うように襲撃者の油断を誘う意味だけとは思えない。


 別の意味も生まれてくる。


 そして、真央さんが告げた「条件」を思い起こせば、その考えを裏付けする気がした。


 やはり、このまま、黙っているわけにはいかない。

 だが、協力を得られるとは思えない。


「九十九の方にも先輩方から話があったでしょう? どんな話だった?」

「それは……」


 もともと、栞に言うつもりではあったことだ。


 それでも、それを口にして、彼女からの信頼や信用に全く影響がないとは思えない。


「言いにくい話? それなら聞かないけど……」


 だが、それでも……。


「いや、一つ、お前の協力が絶対に必要な話がある」

「ほ?」

「オレとイチャイチャしろとさ」

「はいっ!?」


 栞の顔が驚きの色に染まる。


 当然だ。


 聡い女なら、直接聞いていないのを良いことに、オレが合法的に悪さをするために、都合の良い言葉を吐いたと思うかもしれない。


「お前は襲撃の可能性を言ったが、さっきの話を聞いて、実は、オレたちには『囮』の意味があるんじゃないかと思った」

「お、囮?」


 栞の表情が先ほどと異なる驚きに変わる。


「別にお前の言葉を無視しているわけじゃねえぞ。確かに、襲撃は就寝を狙う可能性は高い。どこの宿も寝台は一つだからな。同じ部屋にいれば一網打尽にできる」


 一網打尽、いや、一挙両得?

 ミラージュなら、捕らえようとするだろう。


 もともと栞を狙うような連中だし、来島の話もある。


 この「ゆめの郷(トラオメルベ)」の人間でも、捕獲した上で、何らかの処置を施して、連中の利となる道具にされる可能性が高い。


 どちらにしても、オレよりも栞の方が酷い目に遭うことだろう。

 だから、オレの役目はそれを阻止することだ。


 そして、兄貴たちの狙いは恐らく……。


「だが、ミラージュのヤツらが関わっている以上、兄貴も水尾さん、真央さんも無視するとは思えない。少しでも情報は欲しいからな。そうなると接触するためには、一番、効果的に引きつける人間を使って足止めするだろう」

「効果的に引きつける人間って、わたし?」

「ライトや、来島に関してはな。お前が極上の餌だろうよ」


 どちらの男も、栞にかなりの興味と好意を持っている。


 だが、来島の危険はあまりないだろう。

 それでも、ライトの方は分からない。


 これまで一度も姿を現していない所にも何らかの意味があるとは思う。


 そして……。


「だが、もう一人、ここにミラも来ている」


 オレの前にあえて姿を現した金髪の少女。


 あの状況では、隠れたままでいたとしても、何も問題はなかったはずなのに。


「ミラって、ライトの妹だよね?」


 栞は考え込む。


「ああ、見せつけるように、いちゃついて、釣り上げろってことか」


 そして、その結論に達したようだ。


 オレもそんな気がする。


「でも、それをなんで黙っていたの?」

「お前なら言うか?」

「合意の必要がある行為だから、言う……かなあ?」


 だから、悩んだ。


「それでも、言わなかったってことは、九十九は、わたしとイチャイチャする予定はなかったってことでおっけ~?」

「おお」


 確かに予定はなかったが、できればやりてえ!

 そう叫びたいのを我慢する。


「でも、条件、上役からの御言葉なら九十九は従うべきでは?」


 それは確かに正論だ。


 だが、今回はそこに大きな問題がある。


「お前な~、どんな風に考えてるかは知らんが、同じ布団でいちゃつく……。その意味が分かるか?」

「ああ、そうか」


 思い当ってくれたようで良かった。


 この辺りをあまり詳しく説明したくはない。

 うっかり余計なことまで口走る可能性がある。


「オレにできるのは一万歩譲って『同じ布団』までだ。流石にそれ以上の行為は……、はっきり言って、我慢できる自信がねえ」

「わ、わたし相手でも?」


 この阿呆!


「お前相手でも」


 正しくは「栞相手だから我慢できる自信はない」だ。

 他の女だった方が、まだマシだったと思う。


 いつだって、オレのことを振り回して、心を激しくかき乱すのは、この女なのだから。


「少なくとも、『発情期』で反応する相手は、オレにとって、そう言う行為の対象内ってことだ。自覚……、はなかったけど、そこだけは認めざるを得ない」

「そっか」


 だからと言って、「自覚をしないようにしていた」あの頃に戻りたいとはもう思えない。


 傍にいるだけで全てを捨てても良いほど幸せな気分になれる相手なんて、この先に出会える気はしないのだから。


「じゃあ、九十九……」


 不意に栞がオレに真剣な瞳を向けた。


「あ?」

「あなたが苦しい思いをすると分かった上で言う」

「は?」


 ちょっと待て?

 何を言おうとしている?


 まさか……。


「言われた条件、約束事はちゃんと守ろう」


 オレにとって、とても大事で、何よりも大切にしたい主人(あるじ)は、そんなとんでもないことを宣言したのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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