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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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人が油断するのは

 落ち着かない。


 いつもは落ち着くはずの入浴の時間も、心身ともに全く落ち着くことができなかった。


 この浴槽が悪いわけではない。

 あの高級宿泊施設の変な形をしたお風呂に比べればすっごく入りやすい。


 それに、この部屋のこのお風呂を使うのも初めてではないのだ。


 あの時も九十九は先にお風呂に入ってくれたし、わたしがお風呂に入っている時も、部屋にいた。


 その状況は全く変わらないはずなのに、なんで、こんなに緊張するんだろう?


 決まっている。

 今日は、九十九と一緒の布団で寝るのが確実だからだ。


 あの時も同じ布団で寝ていたらしいけど、互いに意識を飛ばした結果の不可抗力のようなものだった。


 しかも、わたしはその時のことをよく覚えていない。

 だけど、今度は最初から意識して同じ布団に収まるのだ。


 これが、緊張しないはずもない。


 いや、九十九とわたしだ。

 彼から「発情期」の危険が去った今、何か特別なことが起きるはずもない。


 だから、わたしはともかく、九十九は緊張することもなく、涼しい顔をしながら、自分のことをしている頃だろう。


 あれだけ、念を押してくれたのも、友人からの忠告みたいなもので、男としても当然の言葉だと思う。


 好きでもない女性との同じ布団なんて、「ゆめ」のように、手を出すことが許されている状態じゃない限り、男の人でも嫌だろう。


 でも、いざ、仕事モードに切り替わると、彼はわたしのことを異性と見ることは絶対にしない。


 具体的には無機物、荷物扱いをする。


 少しでも、異性として見ているなら、囮にすることはともかく、袋に詰め込んで背負って運ぶようなことはしないと思うのですよ?


 でも、気になるのは、どうして、そんな条件が出されたのかという話だ。


 確かにわたしはまだ魔法が不安定で、寝ている時に不意を突かれたら、簡単に第三者の手に落ちる可能性が高いってことは分かる。


 だけど、それって、こんな風にお風呂に入っている時やトイレの時も同じではないだろうか?


 意識はあるけど、無防備な状態という意味では何も変わらない。

 しかも、どちらも確実に一人だ。どちらも護衛を伴うものではないから。


 いや、特に入浴中なんて、何も身に纏っていないのだから、もっと状況が悪いのではないだろうか?


 こんな所で襲撃されてしまったら、まさに身動き一つできない状態だと思う。


 でも、「四六時中、護衛と行動」について、入浴時、排泄時に関しては何も、触れらなかった。


 そして、念を押されたのは、「就寝」時のみ。


 もしかして、わたしが気付いていないだけで、そこに何か意味がある?


 考えてみよう。


 わたしを襲撃する可能性があるのは、この「ゆめの郷(トラオメルベ)」関係者と、セントポーリア王子とその母親である王妃からの刺客。


 それには手配書を見て行動する人も含まれることになる。


 それ以外なら、ミラージュ関係者か。


 うん。

 結構いるね。


 でも、ミラージュ以外の人間たちは、わたしだけでなく、護衛である九十九のこともなめてかかると思う。


 ミラージュの、少なくともライトやその妹であるミラ、そして、ソウは九十九の実力を知っているから下に見るようなことは絶対にしないだろう。


 だけど、他の人たちは分からない。


 彼らはなんとなく、同じ仲間内(ミラージュ)の人間であっても、情報共有をしない気がしている。


 事前情報がなければ、九十九のことを魔力が強い人間とは思わないのではないだろうか?


 それだけ、彼は、かなり上手く体内魔気を抑えて生活しているのだ。

 その抑え方は、完全に道具に頼り切っているわたし以上だと思う。


 わたしがそれに気付いたのは、あの広場での出来事。


 ソウに対して向けられた、九十九の敵意と魔法は、一瞬、わたしでも言葉を失うほどのものだった。


 それらを普段は、気付かせないように隠しきっている。


 わたしは、彼があれだけ成長していたことにも気付いていなかったのだ。

 自分の血筋に驕っていたということだろう。


 でも、考えてみれば、九十九の血筋だって、かなり良いものだ。


 母親についてはよく分からないけれど、父親は中心国の国王陛下の兄の血、つまり王族の血が流れているのだから。


 わたしや九十九を警戒した上で、就寝時に奇襲をかけそうなのは、ミラージュの人たちくらいだ。


 実際、ソウはわたしが寝ている時に、九十九の前に現れている。

 あれは奇襲とは違ったけど。


 ミラージュの王族であるライトも夜中にカルセオラリア城へ侵入してきたが、それは、わたしが起きていたことを確認した上の話だった。


 でも、思い起こせばライトの方は、人間界で温泉に奇襲してきたな。


 だけど、いろいろ考えても、わざわざ「同じ布団」にするというのは、奇襲対策とはなんか違う気がする。


 同室の時点である程度、奇襲対策はできるだろうし、何より、同じ布団の方が同じような目線になるため、奇襲に対する反応が遅れてしまう気がする。


 そもそも、入浴中だろうが、就寝中だろうが、九十九がそれらの襲撃者に後れを取るとは思っていない。


 仮に、わたしが攫われても、それは何も問題にならない。


 彼は、かなり離れたわたしの気配でも感じ取れるからだ。

 わたしが、こうしている今も、別室にいる彼の気配が分かるように。


 そう考えると、それ以外の目的があるのではないだろうか?


「そう言えば……」


 言葉は濁されたが、九十九にも条件があったみたいだった。

 わたしが聞かされていない条件に、何か、ヒントはないだろうか?


 いや、実はもしかしたら……と思っていることはある。


 ここは「ゆめの郷」。

 人間界では遊里、色里とも呼ばれる、男女の駆け引きが蔓延る幻想と魅惑が溢れる街。


 ミラージュに対して警戒するのは当然だが、よく考えなくても、それは、今までと変わらない。


 セントポーリアの王子や王妃についても同様だ。

 そちらについて、今更、慌てて対策をするまでもない。


 その上で、これまでと違う点を上げるならば、ここが完全に敵の領域という点だろう。


 この「ゆめの郷」自体を、「敵」扱いしても良いかは分からないけれど、その方が判断しやすい。


 人が油断をするのは、「排泄」、「入浴」、「就寝」と言われている。


 「夜討ち」、「朝駆け」と呼ばれる不意打ち攻撃は、その「就寝(ゆだん)」を突くためだったはずだ。


 寝ている時は反応が遅れるし、起きた直後なんてすぐに頭が動き出す人ばかりではない。


 そして、「排泄」や「入浴」は、その長さとか時機が分かりにくいけど、「就寝」に関しては、別だ。


 部屋の明かりが消えて暫く待つだけで良い。


 それに、寝るのは二人同時の可能性が高い。

 普通の護衛が寝ずの番をしている可能性なんて考えないだろう。


 わたしの護衛は寝ずの番をしてしまうけど。


 いや、男女が同室で過ごしている以上、場所的に、もっと無防備な状態になっている可能性も相手は考えているかもしれない。


 わたしたちの関係を知らなければ、普通はそう思うよね?


 そうなると、狙われるのは、部屋の明かりを消して、一時間後……くらいになる?

 そう言ったものにわたしは詳しくないけれど、なんとなく?


 九十九の方が分かるかな?


 いや、もしかしたら、盗聴器のようなものがあって、さっきの阿呆な会話も含めて聞かれている可能性もある。


 敵の領域ってことを明確に意識してなかったとは言え、少々、迂闊だったかも?

 でも、よく考えたら、そんな深みに触れるような話はしていなかった気がする。


 単純に「同じ布団」とかそう言ったことは、この「ゆめの郷」では珍しくもない話だろう。

 それ以外の我慢とかそんな話も含めて……。


 いや、この「ゆめの郷」で、わざわざ我慢なんてする必要はないのか。

 それを許される場所なのだから。


 でも、これ以上考えるのは、知識も経験も少ないわたしだけでは無理だ。


 わたしの知識は人間界の常識に当てはめたものだ。

 しかも、その参考資料は歴史小説とか漫画だったりする。


 本格的な兵法書など読んだこともない。


 そうなると、九十九の考えが要る。


「そろそろ上がるか……」


 そう思って、湯船から出るが……、少し止まる。


 起伏に富んでいるとは言い難いけれど、なだらかな曲線を描いている自分の身体が目に入った。


「少なくとも昔よりはかなりマシになった……、よね?」


 誰に言うでもなく、そう呟きながら、お風呂から上がったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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