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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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信用したい気持ち

 いや、自分でも分かってるんだ。

 流石にアホな発言だったと。


 でも、実際にはっきりとそう指摘されると腹が立つ。


「お前は一体、何を考えてるんだ!? オレが本当に邪な考えを抱いたらどうする気だ!?」

「よ、邪って?」

「異性の方から、『もっと』『いっぱい触れ』と言われて、『邪な思い』を全く抱かん男を探す方が難しいわ!」


 九十九は珍しく本気で怒っている気がする。

 それでも……。


「九十九相手だから言ったんだよ。流石にわたしだって、そんな言葉を誰でもは言うつもりはない」

「は?」

「九十九は、わたしの足りない言葉でも理解してくれるでしょう? 今の言葉だって、『邪な思い』を抱くより先に、わたしの不用意な発言に対して怒ってくれている」


 九十九がわたしに対して「邪な思い」を絶対に抱かないとはもう思っていない。

 それは、「発情期」という状況を経て分かったことだ。


 それでも、彼はいつでも「わたしを最優先」にする部分がある。

 九十九は、「自分の気持ち」よりも、「わたしの心配」を先にしてしまうのだ。


 何よりも「主人(あるじ)」本意なわたしの護衛。


「異性に対する耐性を付けるためには、その、異性慣れっていうのをしないといけないでしょう? でも、不特定多数の異性から慣らされるのは、わたしも嫌だから、そうなると、回数を増やして特定の異性、この場合、九十九と接触するしかないと思ったんだよ」

「ああ、回数。それでも、ちょっと女の発言としてはどうかと思うぞ」


 九十九が怒りを引っ込めてくれる。


「勢いで言った言葉だったからね」


 もともと、重くて暗くなってしまったこの場の雰囲気を変えたくて言った言葉だった。


「でも、九十九が嫌なら止めとく」

「嫌じゃ、ねえけど……」


 それでも、戸惑いがちなその言葉に積極性は見当たらない。


 だから、彼は信用できるのだ。


 その立場を利用して、女性の尊厳を踏みにじる行為を良しとしない。


 わたしだって、物を知らない小娘だった頃から少しは成長しているし、護衛が異性だってことで、多少の緊張や警戒も生まれている。


 九十九が「発情期」を発症したことで、彼にも、「異性としての危険」があることを理解した。


 だから、常に、確認しておきたいのだ。

 彼が、どれだけ異性として信頼できる存在なのかを。


 その行為に危険が伴うことは承知しているが、最悪、自分が流されたりしない限りは、「命令」の言葉一つで、彼を止めることは可能なことである。


 まあ、言葉を紡ぐ必要がある以上、口を塞がれたりしてしまえば、それは難しいかもしれないけど。


 それでも、わたしは彼を信じたいと思うのはいけないことなのだろうか?


「わたしは、九十九を信じている」


 わたしがそう口にすると、九十九が目を見張った。


「これまでも、これからも。護衛としても、異性としても。あなたを信じたいから、信じさせて?」

 何があっても、大丈夫だと。


 九十九はわたしの言葉に少し考えるような仕草を見せて……。


「護衛としてのオレを信じてくれるのは良い。だが、男としてのオレは信じるな」


 そう言いきった。


 彼はわたしに嘘を言わない。

 だから、この言葉は真実なのだろう。


 正直に告げれば、わたしからの信頼を落とすと分かっていても、それでも、本心を言ってくれる。


 本当に、こんな「異性(おとこ)」が世界にどれだけ存在するのだろうか?

 わたしには分からない。


 この世界に来てから、いろんな男性に会った。

 それでも、総合的に見て彼を越える男性はいない気がするのだ。


 だけど、彼に対しては、恋愛的な甘い感情ではなく、互いに死線を潜り抜けてきた戦友……のような厚い信頼が育っている。


 実際、彼に何度も危険から救われたせいだろう。

 これについては、彼が護衛の本分を全うしているためだとも思う。


「聞いてるのか?」

「あ、ごめん。聞いてはいた」


 彼の言葉に対して反応が薄かったためか、わたしに不機嫌な顔を向ける九十九。


「男としてのあなたは信じてはいけない。でも、護衛としてのあなたを信じろってことでしょう?」


 彼の言葉をそのまま口にしたものの、わたしとしては、男としての九十九も信用したいと思っている。


 それに、理性が吹っ飛んだ「発情期」の時でも、わたしが嫌がれば、ちゃんと踏み止まってくれた。


 それなら、通常の九十九だったら、万一、気の迷いでわたしに手を出しかけても、止まってくれる気はするのだ。


「でも、同じ布団はしなきゃでしょ? それが条件なわけだし」


 全く信用できない男と一つの布団で寝る気などない。


「お前は、平気なのか?」


 九十九は確認する。


 どうも、彼は「発情期」以来、自分のことを分かっていないらしい。


 あの時期の九十九が稀少で特殊な状態だっただけで、通常モードになった今、不安に思うことなんてないはずなのに。


「そんなに九十九が自分を信じられないなら、紐やタオルを使った縛りプレイと言う方法もあるよ?」

「なんかそれはいろいろニュアンス、違わないか?」


 九十九が苦笑する。


「でも、手枷足枷は良い方法だな」

「え?」


 いや、自分で提案しておいてアレだけど、本気ですか?


 いくらわたしが図太くても、手枷や足枷で動きを封じている殿方の横で、ゆっくり休める気はしない。


「だが、それだと本末転倒だ。いざという時、お前を護れない」

「それもそうか」


 自ら、身動きできない状況を創り出してしまうのは、確かに壮絶な自爆行為でしかないだろう。


「じゃあ、九十九の鋼の精神に賭けましょうか」

「……って、ちょっと待て」

「ん?」

「お前、それはオレが我慢する状況って理解できてるのか?」

「どういうこと?」


 九十九が何故かそんなことを確認するけれど、意味がよく分からない。


「いや、だから、その、お前と同じ布団で寝る行為、行動が、オレにとって我慢を強いることになるっていうのは分かっているのか?」

「まあ、少しは? それがどれぐらいの苦行かは分からないけれど、九十九自身がそんなことを言っていたし」


 少し前にわたしは九十九の「対象内」だと言われた。


 そして、若い男性は、女性に比べて一般的には性欲が強いらしい。

 九十九がそれに該当しているかは分からないけど、彼だって一応、年頃の青年だ。


 それなら、まあ、すぐ横に一応、「対象内」ではある異性がいる状況って辛いとは思う。


「ああ、そうか。うん」


 どこか気まずそうに顔を逸らす九十九。


「お、お前自身はどうなんだ?」

「わたしは、既に九十九を寝具にした経験が何度かあるからね」

「そうだったな」


 一緒の布団に入るより、そちらの方が大きな問題だろう。


 その寝具状態が枕にしても、布団にしても、寝るという最も無防備な状態で、わたしは異性に身体を預けている状態ってことだ。


 どれだけ、彼の傍は居心地が良いのだろうか?


「じゃあ、オレは、とっとと風呂、入って来る」

「ふへ?」


 なんでお風呂?


「お前は、一番風呂は嫌なんだろ? オレも早く寝たいんだよ」

「そ、そうなのか……」


 わたしはそう答えて、お風呂に向かう九十九を見送った。


 いろいろあって、疲れたってことだろう。


 でも、「早く寝たい」って、それって、この場合、「早く布団に入りたい」ってこと……だよね?


 え?

 わたしの考えすぎ?


 九十九は護衛だし、そんな青年ではないことは分かっていても、ちょっと戸惑ってしまう。


 何よりも、九十九が「早く寝たい」って言うのは、初めて聞く気がした。


 基本的に彼はいつも寝るのが遅い人なのだ。

 放っておくと、徹夜してしまうこともあるぐらいである。


 もし、九十九がうっかり「その気」になってしまったら?


 彼に組み伏せられたら、わたしは力で勝つことができないのは「発情期」の時に分かっている。


 多少、体力に自信があってもわたしは女で、九十九は男なのだ。

 この場合、人間とか魔界人とか関係ない。


 そして、魔力、魔法も、あんな状況ではうまくできないことも理解した。

 魔法使い一年生、初心者級のわたしは集中力と創造力がまだまだなのだ。


「でも、なんで、『同じ布団』を条件に入れたんだろう?」


 それは、わたしが咄嗟の襲撃などに対応できないためだと分かっていても、そんな今更なことをわたしは呟くしかなかったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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