重すぎる愛情
「うん、美味しい」
いつものように九十九の料理に舌鼓を打つ。
今回の献立は、白米のような主食と、何かの肉と野菜を煮込んだもの。
それが柔らかくてとても美味しかった。
因みに、肉に関しては、その元となる生き物はどんな動物だったのかを深く追求をしてはいけない。
まだ魔獣なら良いが、それ以外の、例えば、魔蟲とかだと、原形を想像してしまって割と困る事態になるのだ。
そして、厄介なことに、九十九は美味しければ、どんなものでも食材にしてしまうところがある。
だから、食材について突っ込んではいけないのだ。
「水尾先輩は怒っていなかった? こんなに美味しい料理をまだ暫くは食べられないから」
「あ~、少し、焼き菓子を置いてきたから、暫くは大丈夫だと思う」
困ったように九十九は笑った。
平常心、平常心。
うまくできてるか、心配だ。
いや、わたしだって、九十九と二人きりは緊張するし、しかも、互いに意識したままの同じ布団だって初めてなのだ。
九十九のことは信用しているけど、それでも寝ている時にうっかりとかが絶対にないとは言いきれない。
九十九の方ではない。
わたしの方がうっかり寝ている間に九十九を触ってしまう可能性だってある。
寝惚けた自分に自信は持てない。
まさに「記憶にございません」ってやつだ。
食後のお茶までいつも美味しい。
今回は紅茶。
薄い桜色のお茶は綺麗で、落ち着く味だった。
「ほへ~」
思わず、お風呂上がりのような声が漏れる。
「どんな声だよ」
「いや、妙に安心して……」
「ああ、それは鎮静効果もあるからな」
「薬草茶なの?」
「おお。この『ゆめの郷』で売られているモノは、薬効成分が強い物が多いな」
「薬効成分……。でも、その効果を扱うのって難しいでしょう?」
料理ほどではないらしいけど、この世界は薬を調合することは難しい。
誰でも扱える薬草や薬品もあるけれど、その効果を均一化させてさらに商品化させるとなるとかなり大変だと聞いている。
だから、九十九の夢である「薬師」と言う職業は、書物に記されている程度で、今、現役で活躍している人がいるかどうかも分からないそうだ。
「多少、知識があれば、ここで取り扱っている薬草を使っての調薬は、難しくないものが多い」
「多少の知識……ねえ……」
この場合、九十九の言う「多少」は絶対、「多々」だと思う。
彼はあまり自覚していないようだが、兄に鍛えられている分、他人に求めているものもかなり高いのだ。
そろそろ気付いて欲しい。
自身がハイスペック男性ってことを。
「まだ飲むか?」
「うん。もらう」
ほら、気遣いもできる。
わたしのカップが空だって気付いて、注いでくれた。
なんとなく、いろいろと負けている気がする。
この護衛の能力に見合った主人になるにはどうしたら良いだろうか?
「どうした?」
黒い瞳がわたしを覗き込む。
そんな不意打ち気味な行動に、心臓が跳ね上がりそうになるが、心の中で、しっかりと押さえつけた。
元々、彼はわたしの好みの顔と声なのだ。
声については、以前はそこまででもなかったのだけど、声が低くなるにつれて、甘さと色気が増したと言うか……。
だから、時々、困ってしまう。
自分が魔界人だと知ってからずっと傍にいるから慣れはしたのだけど、彼の変化も成長もずっと見てきた。
「九十九を観察していた」
「またモデルかよ」
わたしの言葉に九十九は苦笑するが、その顔は嫌そうに見えない。
「わたしとは明らかにいろいろ違うからね」
自分の手を見ながら、九十九の手を見る。
それは、単純に男女差というだけではないだろう。
その手の強さも優しさも、温かさも、わたしとは全く違うものだ。
「同じでも困るな」
九十九はそう言った。
「オレの手がお前みたいに華奢だと何も守れない」
「きゃ……?」
なんだろう?
耳慣れない単語を口にされた気がする。
わたしは女性ではあるけど、あまり自分の手を「華奢」と思ったことはない。
人間界ではソフトボールをやっていたのだ。
そんな弱々しくては、あの3号球を掴める気はしなかった。
「オレからすれば、十分華奢だよ。指も手首も細いし、こうして、下手に掴むだけで折れそうだ」
思わず叫びかけた声をなんとか呑み込んだ。
いや、だって、九十九がいきなり手を握ってきたから。
顔に出さなかったとは思うけど、これはかなりの破壊力だ。
無自覚な男はこれだから困る。
自分の影響力を甘く見過ぎているとしか思えない。
「ごつごつ……」
自分の口からはそんな言葉しか出てこなかった。
でも、本当のことだ。
固くて、筋張っていて、手の甲の血管や関節部の骨の自己主張が凄い。
「お前の手はふにゃふにゃだ」
褒められている気がしない。
「こんな手が、オレすら吹き飛ばす魔法を創り出すんだよな」
「へ……?」
わたしの手のひらを見つめながら彼の口から零れ落ちた小さな呟き。
妬みではなく、羨望とか尊敬に近いモノを含んだその言葉の意味を深く考えるよりも先に……。
「ふぎゃっ!?」
わたしの口から奇声が上がった。
「猫か、お前は……」
九十九は揶揄うかのように笑う。
彼は、わたしの手のひらに口づけたのだ。
それは叫ぶだろう。
我慢できるはずもない。
わたしに触れている手の固さに比べて、彼の唇はかなり柔らかい。
下手すると、彼の身体の中で一番、柔らかい部分なのではないだろうか?
他はあちこち固いから。
いや、そうじゃなくて……。
「い、いきなり、何をする?」
わたしは顔を伏せたまま、そう言うのが精いっぱいだった。
顔を上げれば、自分の好みの顔がいつものように笑っているのだろう。
だから、わたしは顔が上げられなかった。
「我が敬愛する主人に従者からの親愛の情を形にしただけだが?」
しれっと答えられる。
なんだろう?
あの「誓い」を受けてから、九十九は本当に変わってしまった。
こんな風に優しく甘い声で揶揄ったり、大事に触れてくることが増えた気がするのは、絶対! 気のせいではないはずだ。
わたしの方が、その変化についていけない。
今も、心臓がおかくなってしまいそうなほど早く動いている。
彼の「発情期」前にこの変化を受けていたら、とてもじゃないけど、わたしの心臓がもたなかっただろう。
「九十九の親愛の情は、重い」
「慣れろ」
「慣れなきゃ駄目ですか?」
「ダメだな」
即答される。
あれ?
わたしが「主人」ですよね?
なんで、九十九が主導権や決定権を握っているのでしょうか?
「主人にコレなら、あなたの恋人はどれほどの愛情表現を受けるんだろうね?」
もっと重いのだろうか?
それとも、意外なほどあっさりしているのだろうか?
「オレの、恋人?」
何故か、疑問形。
わたしと同じように、お年頃なはずの青年はきょとんとした顔で、手を握ったままわたしを見る。
「恋人、でピンとこないなら、好きな人にどんな愛情表現をするつもり?」
「四六時中離れない」
「重っ!?」
思ったよりあっさりと出てきた言葉よりもその意味に驚く。
考えてみれば、おかしな話ではない。
わたしに対しても、割と過剰なまでに過保護な部分を見せる九十九だ。
好きな人に対してもっと重い愛情表現を見せつけることになっても不思議ではないが?
ん?
でも、現状、九十九はわたしからほとんど離れることをしないよね?
それはただ主従の関係なのだろうけど、それでも、ちょっとだけ顔がニヤけてしまう。
い、いや、他意はない。
ホントに他意はないんだよ?
「重いって言うなよ。好きヤツがいたら、離れたくなくなるのは普通の感覚じゃねえか?」
「離れがたいのは普通の感覚かもしれないけど、四六時中張り付かれるのはちょっと、息が詰まると言うか……」
思わず零れ落ちる本音。
「監視されている気がして落ち着かないかも?」
わたしのように自分の身を守る術が少ない人間ならともかく、普通の男女で考えると、どこかで信用されてない気がした。
「オレは好きなヤツの行動を監視する気も、束縛する気もねえんだよ。単に近くにいたいし、目に映るところで笑っていて欲しいだけだ」
……ぬ?
なんだろう?
妙に実感が籠っているような……?
気のせい?
「九十九、今、好きな人がいるの?」
なんとなく、そう思ったので口にしてみた。
だけど、その返答は……。
「さあな」
いつも通り素っ気ない言葉だったけれど、わたしに嘘を吐かない彼は、否定もしなかったのだった。
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