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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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それ以外の条件

「どうしたの?」


 いつものように無防備な主人はオレに対して、不思議そうな顔を向ける。


「いろいろと複雑なんだよ」


 オレとしてはそう答えるしかない。


 本当にどうしてこんな状況になったのか?


 兄貴は、渋々ながらと言った様子だったから、どう考えても、水尾さんと真央さんの二人にハメられたとしか思えない。


 いろいろな報告の後、オレと栞は、再び、別行動をとることになった。


 いや、この「ゆめの郷」に来てからは、ほとんど、皆、同じ場所に集まらず、思い思いに行動してはいたのだが。

 

「護衛だけではなく、執事の真似事をすることが?」


 どこか明後日な方向の問いかけをする栞。


「そっちじゃねえ」


 そんなことは割と今更だった。


 オレは、料理だけではなく、ある程度、身の周りの世話は出来る。

 それに、彼女の世話を焼くことは嫌いじゃないのだ。


「ああ、条件の話?」

「そうだ」


 寧ろ、それ以外の理由があるはずもない。


「お前は何故、承諾した?」


 オレにはそれが分からなかった。


 確かにあの宿は嫌な雰囲気がある。


 だが、わざわざ困るような条件を付けられたというのに、それを呑んでまで、あの場所から離れたいという理由は分からない。


「出立まで宿から出ない……って言うのは確かに退屈かもしれないけれど、なんとかなるかなと思って」


 この女にとって、そちらの方が重い条件だったのか。


 気付いたらふらふらと出歩きたくなるような女だ。


 確かに出かけられないのは苦痛かもしれないが、身の安全を確保する意味では、それが一番良いと言うことは分かっているようだ。


 今回、オレたちは様々な方向から、この「ゆめの郷」の機能や形態を混乱させた。


 いや、正しくは流れとしてそうなってしまったことと、意図的にそうさせた部分とあるのだが、そこは、相手からすれば関係ないのだ。


 結果として、「ゆめの郷」の管理に打撃を与えた。

 そこが問題なのだから。


 そして、今回、オレも栞も巻き込まれた側だ。

 この「ゆめの郷」に打撃を与えようとした黒幕は別にいたとだけ言わせていただきたい。


 だけど……。


「そっちじゃないのは分かっているだろ?」


 今、問題なのは別の話だ。


「同室、同じ布団の方?」


 彼女はけろりとそう答えた。


 オレと同じ布団で寝ることは、本当に、なんでもないことのように。


「そうだ」


 どこまで警戒心がないのかと呆れたくなる。


「わたしがまだまだだから、仕方なくない?」

「仕方ないのだけど!」


 そんなにあっさりと承諾されても、オレが困るのだ。


 いや、オレは、こんななんでもない会話すら喜んでいるような男だ。


 そして、彼女の瞳に自分が映っていることに満足するほど単純な感情だ。


 だが、そんな男でも、同じ布団で寝ることを許されてしまえば、歯止めをかけることができない可能性だってある。


 栞がオレを信頼してくれるほど、オレが、自分自身を信用できないのだから。

 

「水尾先輩も真央先輩もあの宿が良いのだから仕方ないじゃないか」


 そこだ。


 それが、オレが引っかかる点でもある。

 今も、どこかで、観察されている感が否めない。


 ある意味、この閉鎖されている場所に退屈しているのは、あの人たちも同じなのだ。


 他人の「恋バナ」なんて面白いものを、このまま生温かく見過ごしてくれるとは思っていない。


 特に真央さんからの条件は、それを裏付けている気がする。


「お前は良いのか?」


 それはそれで問題だ。


「『同じ布団』ってだけでしょう?」


 年頃の娘の答えとしては、信じられない言葉が返ってきた。


「九十九が『発情期』にならなければ大丈夫」

「お前な~」


 そこまでの信頼はありがたいが、その期待は重たいし、その純粋な瞳を曇らせたくはない。


「それに、いざとなれば、九十九を眠らせる!」


 栞は不敵に笑った。


「ほう?」


 だが、そこは聞き捨てならない。


「お前が、オレを眠らせる? 魔法でか?」


 もう一度、同じことをやるってか?


 流石にオレをなめすぎだろう。


 だが……。


「『命呪』って知ってる?」


 栞は笑顔で、最終兵器の名を口にする。


 確かにそれなら、オレが勝てるはずもない。


 それに……。


「……それが、頭にあるなら良い」


 あの時は、少し遅かったのだ。


 オレが栞をある程度、堪能してしまった後だった。


「いざとなれば、迷わず使え」


 だから、今度は遅れるな。


 これ以上、彼女を傷つけたいわけではないが、それでも甘い誘惑に抗えなくなることはあるのだ。


「分かってるよ」


 そう答えてくれたが、栞は、使う気などないかもしれない。


 だが、それでも良かった。

 ただの牽制のような言葉でも、意識にあるかないかでは全然違うだろう。


「そう言えば、九十九にも条件は出されたでしょう?」


 話題を変えてくれるのはありがたいが、もっと嫌な話になった。


 あまりあの時のことは思い出したくない。


「そっちは大丈夫だった?」

「問題ない」


 そう答えるしかなかった。


 オレは、栞の護衛を続けるために条件を出された。


 当人は許しても、周囲は簡単に許しがたいということらしい。

 寧ろ、それが普通だろう。


 栞の感覚がどこかおかしいのだ。

 尤も、オレはそれに救われているためになんとも言えないのだが。


 兄貴は当然ながら、「彼女の身の安全を第一に考えろ」とのこと。

 あまりにもいつも通り過ぎて、少しばかり腹立たしく思う。


 もっと他にあるだろう?

 いろいろと心配すべき点のアレとかコレとか!!


 水尾さんは、「合意なく高田に手を出すな」とのこと。


 それも当然の話だ。

 この「ゆめの郷」の規則を守る意味でも。


 だがそこで、「合意」と言う言葉を、わざわざ使ったのが、どこか水尾さんらしい気がした。


 そして、その双子の姉である真央さんは、ある意味、一番タチが悪いことを笑顔で言いやがった。


 曰く、「できるだけ高田とイチャイチャして、その結果についてはちゃんと報告してね」とのこと。


 それって、どうなのか!?

 可愛い後輩に対する配慮とかそう言ったものは!?


 その場で力の限りそう叫ばなくて済んだのは、オレたちのやりとりを栞が見ていたからだ。


 あの場でのオレたちの会話は聞こえていないだろうけど、彼女は何も言わず、ずっと見ていた。


 だから、あの場で不信も不安も抱かせたくなかった。


 何より、オレはその役目を誰かに譲りたくもなかった。

 兄貴は勿論、栞の同性である水尾さんや真央さんにだって。

 

「……って言うか、お前はもっと慌てろよ!! 『同じ布団』の意味は分かってるだろ!?」

「一緒の布団で眠ること」


 さらりとそう口にする。


 ああ、分かってるよな。

 分かった上でのこの反応なんだな?


「九十九は、我慢してくれるでしょう?」


 そう問われたら、「できない」とは口が裂けても言えなくなる。


 いや、「我慢」ってことは、ちゃんと分かってるんだな?


「でも、九十九がどうしてもわたしと一緒に寝るのが嫌だっていうなら、紐で結ぶって方法もあるのだけど……」

「それは嫌だ」


 思わずそう言っていた。


「へ?」


 栞の黒い瞳が、驚きに見開かれた。


「ひ、紐なんかで結んだら、寝にくいだろうが」

「そ、そうだね」


 誤魔化すようなオレの言葉に、慌てて栞も賛同してくれた。


 しかし、そこに先ほどまでの余裕は彼女にもない。

 顔を紅くして、オレから目を逸らされた。


 あれ?

 これって、少しは意識されていたってことか?


 ―――― できるだけ高田とイチャイチャして


 そんな悪魔の誘惑が頭をよぎる。

 報告の必要があっても、その誘いは魅力的過ぎた。


 しかも、それが、栞と一緒にいる条件とされている。

 つまり、オレにとっては免罪符となってしまうのだ。


 ―――― 合意さえあれば、手を出しても構わない。


 水尾さんの言葉もそう解釈できてしまう。


 そして、現在。


 顔を紅くしている栞は、これらの条件について、何も知らないし、知らされてもいないだろう。


 だが、もし、伝えたら……?


 彼女は同意をしてくれるだろうか?

ここまでお読みいただきありがとうございました

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