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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~

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覗き見注意

「あらあら、普通の人間には見えないのを良いことに、随分とお熱いわねえ。ねえ、そうは思わない?」


 全身を黒で統一した様相である金髪の少女は、近くにいる少年に向かってどことなく楽しそうに話しかける。


 彼女たちの視線の先は遥か上空、星の輝きよりも小さな黒い点があった。


「魔界人からは丸見えだがな」


 少女のどこか挑発的な口調に対して、紅い髪の少年は何でもないことのように涼やかに答える。


 魔界人の視力は人間よりも遥かに良いのだ。


 さらに魔法で強化することも可能である。


 その気になれば、対象者たちを手が届くほど間近で見ている感覚にしてしまうこともできるのだ。


 但し……、この現状ではどこか虚しさが伴うかもしれない。


「撃っちゃう? 『滅せよ、幸せカップル!』って」


「めっ……? なかなか暗い発想だな」


 思わぬ少女の言葉に思わず、少年は絶句するしか無い。


()()()嫌じゃないの? あれだけベタベタ、イチャイチャされて。『滅べ! 』『爆ぜろ! 』『もげろ! 』って思わない?」

「いや、そこまで憎悪を向けるほどではないだろ?」


 寧ろ、赤の他人の行動に対して、そこまで憎悪を向けられる妹の方が怖いと彼は思う。


 そして、どこをもぐのか気になったが、あえて触れないことにした。


「他でもないあの娘なのに?」

「好きにさせれば良い。俺の執着はそんな方向性のものではないからな」


 その言葉に彼女は思わず苦笑する。


「『執着』の自覚はあるのね」

()()()()()()()()()()()()()、否定する理由は見当たらないな」


 少年はそう溜息を吐く。


 彼自身、あまり認めたくはないが、長きに亘って気にかかる人間をどうでも良いものとして扱うことはできないだろう。


 自身が置かれている状況はあまり喜べるものではなく、特別な存在を作ることは、更なる窮地に追い込まれることに繋がると自覚しているのに。


「それなら、さっさと奪えば? 今なら油断しまくりだからさくっといけそうよ? おんぶの状態だから、回避も簡単にはできないでしょ?」


 そんな彼の気持ちなどお構いなしに、少女は兄に対して分かりやすい行動を推し進める。


「気付かないのか? あれは示威(じい)行為だ」

「じい……? ヤダ、兄様ったら……」


 何を考えたのか、両頬を染める妹。


「見せつけだな。周囲にいる魔界人たちに。安易に手を出すなと」


 気にせず流す兄。


 妹の言葉にいちいち過剰に反応しては自分の精神力がゴリゴリと削り取られる音を聞くだけになる。


「見せつけ……? そう言えば、山奥でも似たようなことをやった男がいたわね」


 少女は思い出したかのように言う。


「あれは彼氏に対しての当てつけ。こっちは間違いなく警告だろうな」


 特定の個人に対してやる行為と、不特定多数に向けられた行動ではその意味合いは大きく異なる。


 彼は暗にそう言っていた。


 実際、あの黒髪の少年は、今まで抑えていた体内魔気を少しも隠さず、放出している。


 紅い髪の少年が気付いた範囲での話だが、これまで隠れ住んでいた魔界人たちがその突然の行動に警戒して、思わずこっそりと覗き見てしまう程度にはその効果も出ていた。


「警告……、見た目に反して思い切った行動をするのね」

「それだけ自信があるのだろう」


 少なくとも、放出されている体内魔気は無視できるようなものではない。


「え~? でもさ~、この町に隠れている魔界人たちが一斉にあの二人に対して『幸せカップルに鉄槌を! 』ってなったら? ほら、隠れ潜んでいる魔界人たちって私たちでも手を焼く存在でしょ」

「もしかしなくても、それはお前の願望だよな?」

「……ちょっぴりそれはある。だってさ~、見せつけられてるのよ? ちょっとぐらい、知らない誰かがやってくれって思ったって良くない?」


 そんなことを他人に期待するなとも、妬ましいなら自分でやれとも思うが、そこは大きな問題ではない。


 ただ彼としては、自分の妹とされる存在がそんな考えの持ち主であることに頭を痛めるだけの話であった。


「陽動は派手な方が人目を引く。あんな見え見えの挑発に乗れば末代までの恥だぞ」

「ようどう?」

「囮とも言うな。試しに簡単な魔法を撃ってみろ。魔法(ソレ)にあっさりと対処された挙げ句、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ぞ」

「げ……」


 そんな少年の言葉を妹は正確に理解した。


魔法弾きの矢(プファイル)……。そんなものをわざわざ人間界まで持ち込んでるっての? 退()くわ~。え~、やだ~、どこから~?」


 少女は大袈裟に首を竦め、周りを見渡すが……、彼女には分からなかった。


 こちらを狙えるなら目の届くところにいるはずだが……、そんな武器を構えている人間の姿は神経を集中させても彼女の目に入らない。


 そんな相手なのに何故、兄が気付いたのか。

 少女はそちらの方が気になった。


「使えるものは何でも使う。コネでツテでも金でも。俺は甘い考えの弟より、兄の考えの方が好ましいな」

「ああ、兄様にとって、弟は(あこがれ)、兄は現実(どうるい)ってことでしょ?」

「……ミラ? 今、何か変じゃなかったか?」

「私は逆ね~。弟の方が好みだわ~。兄様と違って、素直で扱いやすい純真な少年って手のひらで思わず転がしたくなるもの」


 妹は少年の言葉を無視して言いたい放題だった。


「この場は手を出すわけにはいかないな。あちらの準備が万全すぎる。やはり二人揃うと面倒さが格段に上がるのは間違いない」

「……ってことは、このまま、見てるだけ?」

「そうなるな」

「え~、や~だ~。邪魔したい~」


 年相応に我が儘を言う少女。

 だが、言うだけで行動に移さなければ何も問題はない。


「他人を羨む前に、自分も行動しろ」

「羨む? 違うわ! 私、決してあの二人が羨ましくなんか無いんだからね! これは、そう! 公共りょ~ぞく的なアレやコレで……」


 何かを誤魔化すような少女の言葉だったが……。


「社会秩序について述べたいなら、正しくは『公序良俗』だ。無理して慣れない言葉を使おうとするな」


 その時点でツッコミどころしかないのだから、仕方ない。


「うぐぐ……。兄様のいじわる! 人でなし! ど外道!!」

「俺に対する謂れなき誹謗中傷の言葉はともかく、お前ももうすぐ15だろ? 我が国では成人の扱いとなる。相手は見つかるのか?」

「それが……、兄様以上の人がいなくて~」


 両頬を染めて恥じらいを見せる妹。

 だが、そんなことを言われても少年は嬉しくもなんともなかった。


「俺を基準に探すな……というより、拒否する理由に俺を使うな」

「え~? だって~」


 あくまでも自分は悪くないというスタイルを貫こうとする妹に少年は頭を抱える。


「死ぬ気で探せ。後悔するぞ。俺が今みたいにお前の世話を焼けるのも14までの間なんだからな。その後は完全に王の指揮下に入り、王命に従うことになる」


 彼らの国は王族至上主義である魔界においても、突き抜けて王の権限が強い国だった。


 王が最高権力者であることは魔界の共通認識であるが、王の命令に対し、拒否権というものが存在しない国など流石にどこにもないだろう。


 王が全て、王が絶対。

 即ち、王に逆らえないのだ。


 そのことが、現在、最大の悩みであった。

 かの国は14歳以下の者たちを人として扱わず、15歳になれば王の所有物とする。


 それでも、そこで生きる以外の道がないことを、先に15歳になった彼は知っていた。


「面倒だけどそんなこと、分かってるわよう。でもさ~、……って、まさか、あの2人!?」


 話の途中で不意に何かに気付いて叫ぶ少女。


 そのあまりの剣幕に思わず彼は思考を中断してその方向を見る。

 

 あの二人から目を離した時間は本当に僅かなものだった。


 だが、一体、何があったというのか……?


「まさかのキス(ちゅ~)なし!? 何もせずに降りていくわ! ありえない! あんなにベタベタ、いちゃいちゃしてたのに……。でも、空中でのキス(ちゅ~)ってある意味、ダジャレっぽいわよね?」


 逆だった。

 何もなかったからこそ、彼女は叫んだのだ。


「おいっ!!」

「出歯亀タイム終了かしら?」

「でば……なんでお前はそんな言葉ばかり覚えてくるのだ?」


 近年、日常生活において聞くこともない単語に思わず脱力する紅い髪の少年。


 その言葉を知っている彼もまた知識が偏っていると言えなくもない。


「兄様の妹ですから」


 そう言って、少女は胸を張る。


 その迷いもなく光り輝く彼女の瞳を、少年は暗く濁った瞳で見つめ返すことしかできなかった。

出歯亀タイム終了。

紅い髪の少年も、妹には振り回されています。

書いてて楽しい回でした。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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