魔法国家の闇
「理論としては、古代魔法と多分、同じようなものだけど、さっき一部を見た限り高田の独自魔法になるかな」
真央さんは記憶を頼りにそう答えた。
「創作魔法、魔法開発か。スピノス辺りが喜びそうな話だな」
「そうだね。彼なら、嬉々として、高田を研究材料にしそうだよね」
「……させませんよ?」
研究材料ってだけでもひっかかるのに、「彼」ってことは男だよな?
「ああ、大丈夫、大丈夫。研究材料って言っても、全身をくまなく調べ尽くした後、昼夜問わず観察されるだけだから」
「大丈夫な要素の欠片もない!!」
しかも、栞の全身をくまなく調べる、だと?
そんなの、オレがしたいわ!
「まあ、彼がまだ生きてるかは、分かんないけど……」
オレの興奮を他所に、真央さんが少し淋し気に言った。
「アイツ、アリッサムの生き残りにはいなかったのか?」
「いなかったよ。彼は、あの時、結界塔にいたはずだから、多分、真っ先に襲われた場所だ。結界が壊されたってことは、無事である可能性の方が少ないかな」
その言葉は何でもないことのように言っていたけど、少しだけ声が震えた気がした。
だが、その空気は水尾さんによって入れ替えられる。
「あの変態が簡単にくたばるとは思ってないけどな」
なんだと?
「いっそ、いなくなった方が世のためだよね」
「変態……、なんすか?」
「うん。どこに出しても恥ずかしいほどの変態」
微妙になってしまったオレの言葉に応えてくれたのは真央さんだった。
「年端もいかない幼児たちを、裸にひん剥いた上、あちこち触れて研究しようとする男を正常とは認めない」
「医療行為、では?」
水尾さんの憎悪が混ざった言葉に、オレは恐る恐る言うが、その男に栞を近づけまいと心に誓う。
そして同時に、何故か、ストレリチアで出会った元「青羽の神官」を思い出した。
「医療行為で撫でまわすのはともかく、舐め回す必要はないよね?」
「変態だ!!」
真央さんの言葉にオレは思わず叫んだ。
絶対、栞には会わせない!
「マオ、まさか、やられたのか?」
「いや、舐められた件に関しては、そんな報告を見ただけ。流石に王族相手にそれをやるほど阿呆じゃないよ。私は精々、暗い部屋に連れ込まれてひん剥かれたぐらいかな。でも、もっと酷い報告もあったよ」
ちょっと待て?
今、さらりと言われたけど……。
「いや、ひん剥くのも十分、阿呆な行為だぞ?」
オレの気持ちを代弁するかのように水尾さんが言った。
「でも、王配命令と書面を出されちゃ、私に拒否権なんかないよね。ミオと違って、私は抵抗する魔法を持たないから、何度かされたけど、大したことじゃないよ。カルセオラリア製の陶器を食らわせてから、止めてくれたしね」
無理をしているわけでもなく、本当に何でもないことのように、真央さんはそう言った。
だけど、オレは、彼女のどこか淡々としながらも、とんでもないことを口にすることがあるのは、この幼少期の話が尾を引いている気がしてならない。
陶器で男をぶん殴る。
それだけの強い拒否感情があったのだから、本人も納得はしていなかったはずだ。
だから、「発情期」だったとは言え、栞に手を出したオレを許しがたいと思うのかもしれない。
「ちょっと待て! それ、私、知らない!!」
水尾さんが叫んだ。
「まあ、私の問題だからね。知っているとしたら、その命令を出した王配殿下ぐらいじゃない? 女王陛下も知らないと思うよ」
「あのクソ親父!! どこまで娘を舐めれば良いんだ!?」
王配、耳慣れない言葉だが、確か、アリッサムの女王陛下の配偶者を指す言葉だ。
つまり、父親が娘を売ったと言うことか?
しかも、先ほどの水尾さんの言葉から考えれば、水尾さん自身も何らかのことをされている可能性がある気がする。
だが、これはオレが聞いても良い話題だっただろうか?
「落ち着いて、ミオ。九十九くんがすっごく、困ってるから」
「あ、悪い」
水尾さんが気まずそうにオレを見た。
「まあ、私自身も、治癒と修復以外の魔法を使えない理由を知りたくて協力した面はある。だから、ある程度までは我慢したよ」
「そうか」
今、何かとんでもないことを耳にした気がする。
「真央さん……」
「ん?」
オレの問いかけに真央さんはいつもの笑みを向ける。
「真央さんは、治癒や修復以外の魔法が使えないんですか?」
「え? ミオや高田から聞いてない?」
「いや、全然」
聞いた覚えはない。
つまり、栞も知っている話なのか。
「ミオ、言わなかったの?」
「へ? 別に言う理由はないだろ? マオは治癒魔法なら使えるわけだから」
「なんで、言ってないの? いきなり知らされた方はビックリするでしょう?」
「まあ、確かにビックリしましたが……」
この場にいる誰よりも強い魔力を持つ女性。
あれだけ多彩な魔法を操る水尾さんよりも、ずっと、真央さんの纏っている体内魔気は強いのだ。
だから、漠然と彼女も色々使えると思っていたことは否定する気はない。
でも……。
「使えないなら、仕方ないですよね」
「え?」
結局、焦ったところで無駄なのだ。彼女は魔法国家の王女殿下。
オレが考える程度のことは一通り試した結果だろう。
それに、魔法に関しては、栞だってそうだった。
あれだけ、体内魔気の気配が強く、出鱈目な自動防御も働くのに、それでも、当人の思うような魔法はずっとほとんど使えなかったのだ。
そして今。
独自になんか変な魔法を掴みつつあるが、それも、何も問題がないという保証はどこにもない。
「そう言ってくれたのはキミが二人目だよ」
真央さんは少し照れくさそうに笑った。
「トルクにも昔、言われたことがある。『使えないなら仕方ない』ってね」
ああ、トルクスタン王子か。
オレと感覚が似ているのかもな。
でも、昔……?
「そこは元婚約者じゃないのか?」
「ウィルは、誰もがよく言う『いずれ使えるようになる』派だったよ。まあ、無難な慰めだよね」
なんだろう?
その言葉に少しの棘を感じた気がした。
「お前、仮にも元婚約者だよな?」
「死んだ人間にいつまでも引き摺られてもしょうがないでしょう?」
あれから、もう半年。
これまでに、いろいろあったためか、真央さんはすっかり吹っ切れたようだ。
「まあ、そんなわけで私は魔法が使えない。護衛の意味でも私の事情を知っているトルクが付いてきてくれたことは、心強いんだよ」
「私じゃ駄目なのか?」
水尾さんがむすっとした。
「水尾は高田を護る一員でしょう? そのおかげで、私も彼らに随行できるわけだから、私より、そちらに専念してくれると嬉しい」
「分かってる」
水尾さんはどこか納得できないような顔を見せたが、落ち着いてくれた。
「ああ、九十九くん。その流れで頼みがあるんだけど」
「はい?」
オレに……?
「古代魔法書を持ってない? キミもいくつか使えると聞いてるんだけど」
「オレは持ってないです。兄貴なら持っているはずですが」
「チッ! やはり、先輩か。ミオの色仕掛けで譲ってくれないかな?」
「だから、なんで私にさせようとするんだよ!?」
「ミオ、先輩に可愛がられているじゃない? だから、いけるかなって……」
「節穴か!?」
節穴だな、水尾さんが。
確かに真央さんの言う通り、主人である栞に対して程じゃなくても、兄貴は水尾さんを気に入っている。
オレ以外で素を見せることなんてそう多くないのだ。
それでも、身内、という意味であって、そこにそれ以上の感情はないと思う。
それどころか、最近の兄貴が栞に向けている感情の方が気にかかる。
どこか、昔、千歳さんに向けていたものとどこか似ている気がするのだ。
恋愛のように吹けば飛ぶような軽い感情ではなく、敬愛とか、崇拝とかそれに似たオレ以上の重い感情に。
そう言っても、本人は絶対に認めないだろうけどな。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




