違う理論の魔法
「私だって、幻影魔法でそうなると知っていたら、もっと別の物を準備していたよ」
「呆れて止める気も失せただけで、私が勧めたわけじゃないからね」
水尾さんと真央さんはそう主張する。
「水尾さんと魔法勝負すれば良かったじゃないですか」
ストレリチアの大聖堂地下では、水尾さんが一方的に栞に向かって魔法を放つだけではあったが、カルセオラリア城では一度、ちゃんと勝負をしている。
栞も水尾さんに向かって魔法を放つことに、そこまでの抵抗はないはずだ。
「自分も知らないような新しい魔法って、外から客観的に見たくないか?」
「慣れない魔法だと、ミオに対して手加減しそうだなと」
これが2人の言い分だった。
いずれにしても、予測できない結果だっただけで、そこに悪意は感じられない。
しかし、どこまでも魔法国家らしい理由で拍子抜けをしてしまう。
あの時、栞の体内魔気が激しく乱れた。
結界の外にも伝わってきたのは、困惑、驚愕、警戒、緊張、嫌悪などの感情だったが、一番大きかったのは、恐怖だった。
そこにオレが飛び出さないわけがない。
そして、見たのは頭を押さえる主人の姿。
我ながら、それで理性が飛ばなかったのは幸いだったと思う。
もしかしたら、この場所のおかげかもしれない。
もし、別の場所だったなら、感情の揺れを増幅され、魔力が暴走し、そして、水尾さんにあっさり制圧されていたことだろう。
どんなに怒りや興奮で多少、魔力が増幅され、恐怖心すら薄れても、魔法国家の王女殿下を上回ることができないのはこれまでの付き合いでよく分かっているのだ。
「それで、目的の魔法を見ることができたってことですか?」
仕方なくオレはそう言うしかなかった。
実際、彼女たちに非はないのだ。
栞は苦しんだようだが、それは彼女たちの意図とは別の場所にあったことで、これぐらいは流すべきだろう。
命に関わるようなものでもないのだし。
「それが……」
「ちょっと二人して余所見していた時で……」
水尾さんと真央さんが気まずそうに目線を逸らす。
なんで、余所見をしているんだ?
しかも二人とも?
水尾さんなら、目を皿のようにして見ている場面だと思うのだが?
「気付いたら、九十九がバラバラに弾け飛んでいたんだよ」
「その表現は止めてください」
それはオレじゃなくて、幻影だからな?
だけど、栞もそれを見たわけだ。
幻影とはいえ、砕け散るオレの姿を……。
そして、それを見たことで、あれだけの感情を溢れさせたのだとしたら?
「おいおい」
「分かりやすい表情になってるよ、九十九くん」
呆れるような水尾さんと、困ったように言う真央さん。
「おっと」
思わず、口元に手を当てると、かなり緩んでいることが分かる。
仕方がないじゃないか。
少なくとも、好きな女が自分のことでそこまで感情を揺らしてくれたのだ。
嬉しくないはずがない。
「言っておくけど、多分、犬のことと重なってショックだっただけだからな」
「それぐらい分かってますよ」
そんな水尾さんの冷たい視線を感じるが、少しぐらい喜んでも良いじゃないか。
「自覚した途端、ここまで緩むとは……」
「緩んでますか?」
水尾さんの言葉に、オレは自分の両頬を両手で挟む。
「ああ」
「見事だよね」
2人の反応から、それだけ酷いらしい。
「まあ、でも……」
水尾さんの目がさらに鋭くなった。
そして……。
「くっ!!」
火炎魔法が炸裂する。
いや、今のは爆発魔法か?
反射的に、防護魔法を栞に施したが、ほぼ同時に栞からも空気の塊が放出される。
「緩んでいる割に、反応は悪くない」
「そのようだね」
どこか呑気な双子の会話。
「水尾さん! 今、間違いなく栞を狙ったでしょう!!」
だが、オレとしては抗議したい。
無詠唱魔法で威力は落ちていても、結構な爆発音だった。
防護魔法は間に合ったが、自動防御が働く程度に、栞の体内魔気が反応するぐらいの威力だった。
もし、無防備な状態で食らえば、彼女は目を覚ましてしまったかもしれない。
いや、自動防御が働いただけで、この女が目を覚ますことはないか。
「九十九の反応を見るなら、高田に攻撃した方が確実だろ? それに、寝ている時の方が、高田も『魔気の護り』がいつも以上みたいだしな」
高田の「魔気の護り」により、乱れた髪を直す水尾さん。
「高田の『魔気の護り』は基本的に、空気砲で相手を攻撃なんだね。でも、風属性で攻撃型の護りって珍しいかも。大体、自分を護るだけの方が多いから。高田って、見た目より、好戦的なのかな?」
真央さんの言葉で、なんとなく自国の国王陛下を思い出す。
普段は穏やかで落ち着いているのに、魔法の勝負となれば、娘に対しても容赦のない姿。
栞は、あの方の血を引いているのだから、多少、好戦的になっても可笑しくはないのか?
でも、栞が好戦的かと言われたら、やはり首を捻りたくなる。
近くにもっと好戦的な魔法国家の王女殿下がいるせいかもしれない。
「単純に警戒心の問題じゃないか? 寝ている高田が攻撃的なのは、今じゃなくて昔、記憶のない時代の名残かもしれん」
水尾さんのその言葉は妙に納得できるものだった。
確かにシオリは警戒心がかなり強い娘だった。
オレが出会った時は、もっと小さかったからそこまでなかったかもしれないけれど、5歳になる頃には、母親やミヤドリード、オレたち兄弟ぐらいにしか気を許していなかった覚えがある。
「起きている高田は我慢しちゃうからね。あれはあれで、器用だとは思うよ。『自動防御』が『意識防御』になっているって普通の意思じゃなかなかできないから」
呼吸を我慢しろと言うようなものだ。
普通なら、苦しくてたまらないだろう。
だが、それを栞は鉄の意思で我慢する。
どんな相手でも、傷をつけないように。
そんな彼女だから、「発情期」中のオレなんかにいろいろ許してしまうんだ。
確かにあの時は踏みとどまることができたけど、もし、オレが踏み止まらなかったら、彼女はどうしていただろう?
それは、もう何度も考えたことだった。
オレから与えられる痛みを伴う行為でも、受け入れてくれたか?
それとも、その直前に思いとどまって、魔法を使ったか?
しかし、そこまでの状態になっていたら、修復不可能になっていた可能性はある。
あの時は、それでも良いから突き進みたいと思っていたが、こうなった今。そうならなくて良かったと安堵している気持ちの方がずっと強い。
確かに栞を欲する激しい気持ちはまだ燻っている。
既に彼女の柔らかさと温かさ、そして、甘さを知ってしまったから、余計にそう思うのだろう。
だが、それ以上に非難の色を浮かべた瞳を向けられ、「触れるな」と拒絶されることを思えば、今のままで十分だと素直に思えるのだ。
傍にいて護り続けることを願われ、適度に触れることを許されている距離。
全てが手に入らなくても、この手に残ったものがあった。
「それらを考えれば、高田は、私たちとは違う理論の魔法を使う可能性は高いね」
「「違う理論?」」
オレだけではなく、水尾さんも真央さんの言葉に反応する。
「もともと現代魔法は誰かが、誰もが使いやすい魔法をと考えて作られた結果だからね。ある程度、型に嵌っているから、その型から抜けにくい。でも、高田はその知識がない。だから、その枠から抜け出す可能性があるってことかな」
「栞は、古代魔法を使うってことですか?」
「う~ん。古代魔法とはちょっと違うかな」
真央さんは少し考えながらそう言った。
元々、シオリは古代魔法を契約していたはずだ。
だから、古代魔法を使うこと自体に驚きはない。
実際、栞の母親である千歳さんは人間の身でありながら、古代魔法をオレ以上に使いこなしている。
だけど、ここから続く会話は、オレにとって、かなり衝撃的な話で、魔法国家の闇の一部を知ることになるのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




