だだ漏れすぎて
「何があったか、そろそろ聞いても良いですか?」
同じ顔した女性が同時にこちらを向く。
そして、オレの腕を見た。
「九十九、まず、それを下ろせ」
「そうだね。その状態はちょっと話しにくい」
水尾さんと真央さんは困ったように笑いながら、それぞれそう言った。
基本は同じ顔なのにその表情は全然違う。
オレは腕の中で眠っている栞を、近くで休ませることにした。
「おい、九十九」
「はい?」
「こんな広場で、休ませるためにわざわざ寝台を出すのは阿呆だ」
「確かに、ここに寄りつく人はいないと思うけど、見ている私たちが居たたまれないよ」
言われて気付く。
確かに目立ちすぎた。
素直に、敷物に変えて、栞を寝かせる。
「九十九? 周囲のクッション、多すぎ」
「それだとかえって寝にくいかな。枕ぐらいで良いと思うよ?」
先ほどから妙にダメ出しをされている気がする。
そんなにおかしなことをしているか?
「いや、ちょっと愛情がだだ漏れ過ぎるから、気持ち制限してくれると助かるね。私もミオも独り身なので、そこまで愛情過多な状態を見せつけられると、いろいろ辛いんだよ」
まるで、オレの心を読んだかのような真央さんの言葉。
「そんなに、漏れてますか?」
オレが確認すると、真央さんは笑顔で、水尾さんは視線を逸らしながらも頷いた。
「ああ、すみません。自覚してから、自分が以前、栞にどう接していたかを全く、思い出せなくて」
「そこまでじゃなかったかな」
真央さんは首を傾げ、微笑みながらそう言い……。
「……と言うか、認めるんだな」
水尾さんは眉間に皺を寄せながら言った。
本当にだだ漏れているらしい。
それは、いろいろと困るし、何よりも不便だ。
だが、今までのオレは、本当に、この栞に対してどう接していたんだ?
本当に、少し前の自分の状況や心境を全く思い出せない。
確かにここまで手を尽くしてはいなかったような気はする。
だけど、この可愛い生き物を前にすると、オレは構いたくて、手をかけたくてしょうがなくなるのだ。
「こればかりは、否定のしようがないので」
オレは肩を竦める。
結局、どこをどう取り繕ったところで、オレが栞を好きなことに変わりはないのだ。
それに、オレの気持ちが当人に伝わった所で、実はあまり問題ではない。
寧ろ、オレが何も言わないで済むなら、その方が好都合だとも思う。
オレは自分の想いを彼女に向かって口にする気はない。
それだけの話なのだから。
「思った以上に甘々だった」
「まさか、あれでも、押さえていたとは……」
真央さんと水尾さんが同時にオレの手元を見る。
オレが無意識に栞の髪を撫でていたからだ。
「ああ、これ。結構、胸に来る」
「独り身には辛いね」
先ほどから、水尾さんと真央さんは違う言葉で同じような意味を口にしている。
オレとしては、そんなことよりも栞の状態の方が気になっているのだが、その話をしてくれる気はないらしい。
これって、オレが悪いのか?
「それで、高田の話だが……」
「はい?」
いきなりの水尾さんの言葉に、思考がついてこなかった。
「いや、その話を聞きたかったんじゃないのか?」
「聞きたかったですけど、なかなか本題に入らなかったから……」
てっきり忘れていたのかと思っていたのだ。
「九十九が高田を抱えた状態で普通に話ができるかよ」
「でも、高田、いつ、意識を落とした? 魔法を使った直後は混乱していたけど、意識はあったよね?」
真央さんが不思議そうに言う。
「ああ、ちょっと一服盛りました」
栞が水を欲しがったから、液体の中に無味無臭の薬を入れたのだ。
因みに、天然素材で人体に害はない。
本来は、甘い香りで引き寄せる樹の汁、つまり樹液だ。
その樹は、樹木自体の見た目もその樹液の味も、人間界のサトウカエデに近いが、その樹液に睡眠効果がある「食虫樹」である。
そして、その効果は絶大で、10メートル級の魔蟲を眠らせたという報告もあるらしい。
樹液は熱に弱く、サトウカエデの樹液のように煮詰めようとすると、透明となり、温度によっては、あっという間に気化してしまうのだ。
但し、人肌ぐらいの温度で一週間保温すると、甘さを含めた味が無くなり、水のように透明な液体に変化した上、さらには睡眠効果が増す。
つまりは、強力な睡眠剤になるのだ。
流動性はかなり高いものであるが、水ほどではない。
だが、粘着性もないので、普通に水として出されたら、並べて比較しない限り分からないだろう。
因みに、兄貴には一発でバレたが、トルクスタン王子は素直に眠ってくれた。
魔界の王族は、人間界でよく聞く話と違って、解毒耐性をつけていないようだ。
「高田の周囲にはこんなのしかいないのか。同情する」
水尾さんを見ながら、真央さんがそんな失礼なことを言った。
「そこに私を含めるな」
水尾さんは不機嫌さを隠さない。
勿論、自分に多少の危険思想があることは認めるが、オレも栞を眠らされるために「昏倒魔法」を迷わず使うような水尾さんと一緒にされたくはない。
勿論、そんなことを口に出す勇気はないが。
「水尾の話だと、過去にあったトラウマと重なったんじゃないかって。九十九くんは心当たりがある?」
「心的外傷後ストレス障害?」
トラウマ……。
俗に言う、「精神的外傷」のことだ。
だが……。
「心当たりがありすぎて、どれのことだか……」
これまでに、栞が精神的に与えられた傷は相当数に及ぶだろう。
寧ろ、そんな目に何度も遭いながらも、よくこの女の心は折れることなく、曲がることなく、ほぼ真っすぐ育っていると感心してしまうほどだ。
「ああ、つい最近のキミの行動も含めてかな」
真央さんから、余計な釘を刺された。
兄貴と同じように、女性への暴力は許せない人のようだ。
いや、オレも許しているわけではないのだが。
「犬の話だ」
「犬?」
水尾さんの言葉に心当たりを探す。
栞が犬嫌いという話だが、そのきっかけになった事件をオレは一部しか知らない。
過去に紅い髪の精霊から見せられた栞の記憶。
その遠因となった男から告げられるまでは、忘れかけていたほど、オレにとっては記憶に薄い話だった。
「犬が何故?」
少なくとも、この周辺にはそんな気配もない。
いや、オレたち以外の生き物の気配がないのだ。
それが、何故、栞の衝撃的な過去に繋がると言うのか?
「九十九の幻影を高田がバラバラにした」
「……はい?」
水尾さんの言葉が頭に入ってこなくて思わず短く問い返した。
「ミオ、それじゃあ、伝わらないよ。えっとね。高田の魔法を見たくて、ミオが的を作ったの。それを、高田がバラバラにしちゃったって話」
うん。
2人の話を合わせて、ようやく理解できた。
栞の魔法が見たくて、いつも的になっているオレの幻影を水尾さんが作り出して、それを栞がバラバラにしたって話なんだろう。
多分。
「バラバラ?」
幻影魔法なのに?
「気付いたか」
水尾さんが言った。
「先輩の弟だけあって、説明が少なくて済むのはありがたいね」
真央さんが微笑む。
幻影魔法はあくまで、幻影、実体のない幻だ。
そこにあるように見えてそこには何もなく、触れようとすれば通り抜けてしまうことがほとんどだった。
オレが使う幻影魔法は例外らしく、生物は無理だが、壁などを創り出すと実体化する。
それでも、魔法は防げないし、少しの衝撃ですぐに消えてしまうようなものだ。
そう……。
幻影魔法は効果がなくなれば消える魔法であって、本来ならバラバラ、砕け散るようなものではない。
「その様が、昔見た光景と重なったんだろうな」
水尾さんが溜息を吐いた。
「私は、それを知らないけど、犬をバラバラにしちゃったの?」
「犬本体じゃなく、魔獣の頭だったらしい」
「頭部限定って辺りがまた……。それはなかなかな光景だっただろうね」
栞が昔見たはずの光景。
自分に向かってくる、死んだはずの魔獣の頭を粉砕したこと。
大神官は栞に施された記憶の封印に対して、身体の奥に眠っているようなもので、完全になくなったわけではないと何度か言っていた。
つまり、どこかで覚えているのだ。
そして、それと似たようなことが再現されてしまった。
オレの幻影という形で……って……。
「勝手に人の姿使って、栞に何させてんですか!?」
栞は、オレの幻影をバラバラにしたらしい。
身近な人間が傷つく姿を見ることを嫌うこの女にとって、それはかなり辛かったのではないだろうか?
「遅いな」
「遅いね」
同じ顔した王女殿下たちは悪びれもなくそう言いきったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




