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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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綺麗な思い出になる前に

 何がいけなかったのだろうか?


 ぼんやりとした思考でそう考える。


 中学校の入学式……。


 少しだけダボっとしている紺色の制服に身を包んだ背はあまり高くない黒髪の少年に、妙に目が引き付けられた。

 

 彼から私と同じ風属性の気配を感じたからかもしれないし、あまり背が高くないその身長に親近感を覚えただけかもしれない。


 始めはそう思った。

 残念ながら、その少年とは別のクラス。


 確かに、その時、私は残念だと思った。


 それから心の中に抱いた感情が「恋」と呼ばれるものに育つまでに、そう時間はかからなかった。


 彼と同じ小学校出身の子にもいろいろ聞いた。


 あの時、聞かなければ、何か違ったかな?


 でも、彼のことを少しでも知りたかったのだ。


 そんな自分の行動を、まるで情報国家の人間になったみたいだとも思ったけれど、止めることなどできなかった。


 こんな感情を持つのは生まれて初めてだったのだ。


 国に帰れば、婚約者がいて、戻り次第、婚儀を行うと既に決まっていたから。

 これは、期間限定の恋だと分かっていたから。


 魔界にはなかった「ソフトボール」という競技も始めた。


 その時に聞いてしまった。


『あの髪が長い二塁手(セカンド)。貴女が気にしていた笹さんと、小学校時代すっごく仲が良かったんだよ』


 そんな何気ない台詞に反応して思わず、食い入るように見てしまった。


 その少女からは、体内魔気を感じない。

 だから、ただの人間だと思った。


 だけど、私が好きになったのも恐らくは人間。


 長い髪を一つに纏めて、小柄で良く笑う可愛い女の子。

 一つ一つのプレイに全力で取り組むような一生懸命な子。


 まだ一年生なのに、背番号どころか最初から(スターティング)メンバーに入っているような努力の選手。


 その全てが、何故か、私を惹きつけた。

 相手はただの人間だと言うのに。


 ―――― あの少女が、笹ヶ谷くんと仲が良かった?


 それが妙に悔しかった。


 長打を打ったり、強肩を披露したり、ダイビングキャッチを連発するような目立つ選手ではない。


 だけど、基本に忠実で丁寧なプレイだった。


 いっぱい練習したのだろう。

 身体が覚え込んでいるその形は、ほとんど崩れない。


 私は、その少女から目が離せなくなった。


 だけど、あの少女は私を見なかった。


 いや、選手としては見てくれていたことは後で分かるのだけど、「岩上深織」という一人の人間を、彼女は一度も見てくれなかったのだ。


 季節は巡る。

 年月は流れる。


 私が、人間界にいられる最後の年。


 母が、亡くなったと聞いた。

 それも、不慮の事故で。


 そして、同時に私の婚約も破棄されたのだ。


 父親がユーチャリスの王族に連なる人間だったらしいが、私は外で生まれた子だった。

 その父親も早くに亡くなり、本妻との間に子はなかった。


 だから、その血を引く人間は私しかいなかったからこその婚約だったと聞いていた。


 ところが事情が変わった。


 農業国家ユーチャリス唯一の王女殿下は、その継承権を放棄した上で、国を捨てて出て行ってしまったのだ。


 そして、国王の甥、王女殿下の従兄妹が王位を継ぐことになったそうだ。


 その王位を継ぐことになった方の弟が、私の婚約者だったのだが、突然、「王族の血も薄い上、妾の娘は嫌だ」と言い出したらしい。


 酷い話だ。


 私だって、好きであの男のご機嫌をとっていたわけではなかったのに。


 なんでも、実は、ユーチャリスの王女殿下に懸想しており、国を捨てたという彼女を追いかけたらしい。


 父親も、母親も亡くなり、王族の血を僅かに引くため魔力しか取り柄のない女が、碌な理由もなく一方的に婚約者にも捨てられた。


 5年の他国滞在期を終えれば、国に戻ることになるが、身寄りはなく、行く宛などどこにもなかった。


 その時点で絶望しかない。


 幸い、この世界で生活できる最低限の蓄えはあっても、国に帰ればあっという間に尽きてしまうだろう。


 ユーチャリスに、身寄りがない女一人で生きていけるような生活基盤はなかった。


 父親の遺産はとうに母親が食いつぶし、借金だけが残されるという典型的な状況。


 そんなどうしようもない時、あの黒髪の少年が目に入ったのだ。


 その少年は、中学校に入学してから、二年と数ヶ月で、ずっと素敵な男性に育っていた。


 でも、不思議なことに、彼は、「モテるのに彼女を作らないのは想い人がいるせいだ」などと噂されるほど、女っ気がなかった。


 同じ年頃の少年たちといる所しか見ないから、「実は、ソッチの趣味だ」という話も聞いたことがあった。


 だから、フラれると、私なんかを受け入れてくれるはずがないとそう思っていたのだ。

 だけど、彼の口から出てきた言葉は意外なものだった。


「オレと付き合っても良いことはねえぞ」


 肯定でも否定でもないぶっきらぼうで、素っ気ない言葉。


 その言葉にうっかり反応してしまった。


 あの少女なら、()()()()()()()と思って。


「そんなことない! 絶対、楽しい!!」


 私が食い気味にそう返事をすると、彼は笑って……。


「強い女」


 そう称してくれた上で……。


「お互い、受験生だから、期間限定で良ければ」


 そんな風に応えてくれたのだった。


 その時の私は本当に嬉しくて、自分の身に起きたことが、信じられなくて。


 だけど、気付いてしまう。


 彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()……、と。


 私に、誰かの面影を見るかのような表情を時々向けていたから、どうしても気付いてしまったのだ。


 あの憧れた眩しい少女のようになりたくて、彼女に近付きたくて頑張った結果がこんなことになるなんて思いもしなかった。


 だから、自分から別れを告げる。

 できれば、引き留めて欲しいと、少しでも、自分に向けられた感情を信じたくて。


 でも、彼は、「分かった」としか言ってくれなかった。

 始めから、私自身に向けられた感情などなかったとでも言うように。


 それからほんの数日。

 彼の雰囲気がガラリと変わった。


 まるで、これまでの彼が幻だったかのように。

 その変貌に気付いた人間がどれだけいたのだろうか?


 彼は、私と同じ魔界人だったことに。


 決定的だったのは、卒業式の日だった。


 魔界人以外は気付いていなかったと思う。

 私だって、彼をずっと見ていなければ、気付けなかっただろう。


 それぐらい、自然にその場所から消えていたのだ。


 だけど、再び現れた彼は酷く焦ったような顔と気配をしていた。

 それを取り繕う余裕もないほどに。


 そして、気付けば、彼の横には黒髪の少女が並ぶようになっていた。


 卒業式が終わった後、本屋でも、雑貨屋でも、あの少女と一緒にいる彼を見るようになったのだ。


 それは本当に自然体の2人だった。


 何より、彼があの少女に向けている眼差しが、私に向けられていた時よりもずっと優しくて……。


 さらに衝撃的なことは続く。


 夜中に、彼に呼ばれた気がして、外に出てみた。


 それが、失敗だったと思う。


 確かに、彼はいたのだ。

 それも、あの少女と共に。


 真夜中に、自分たちの仲の良さを見せつけるかのように……。


 何を話しているのかは距離が遠すぎて分からなかったのだけど、それでも、あの2人が一緒にいることだけはよく分かった。


 それに、あんな時間に一緒にいるのだもの。

 あの2人が普通の関係ではないことぐらい理解できてしまう。


 怒りよりも先に無力感が漂い、頬に涙が伝ったことだけはよく覚えている。


 私にとって、生まれて初めての恋だったのだ。

 涙を零すぐらい良いだろう。


 そして、そんな失恋が綺麗な思い出になる前に、私は国に帰って更なる絶望を味わうことになる。


 私の母親は、私が国に戻らない間、更なる借金を重ねるために、返せない時は私を売るという証文まで書いていた。


 あの浪費癖のある母を1人にしておくべきではなかったのに、見知らぬ異国に感動していた私は、そんなことも忘れていたのだ。


 せめて、頼れる身内がいれば何か違ったかもしれないが、そんなものはなく、母を頼んでいた相手は、婚約者の両親、王弟殿下とその妻だったことも災いした。


 婚約破棄後、二度と私たち母娘が関わって来ないように、母を1人にして、身の丈以上の浪費をさせ、破滅させたのだ。


 だから、母の死因である不慮の事故というのも、今となっては、どこまで本当か分からない。


 何も持たない私は、「ゆめ」になる道しか選べなかった。


 せめて、自分の生まれた国以外の場所で、とスカルウォーク大陸に渡り、借金を返すために働くことになる。


 そして……。


「何が、いけなかった?」


 私はずっと昔から抱いている疑問を口にするしかできなかった。


 誰も答えてくれない問いかけ。

 ずっと、誰かに応えて欲しかっただけなのに……。


『決まってるわ』


 だけど、答える声があった。


『貴女に()()()()()()()よ』


 自分が目を背けたかった現実を突きつけるかのように。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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