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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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癒しを求めて

「ミオリさん、あのままにしておいて、大丈夫かな?」


 栞は、あれだけのことを言われたにも関わらず、まだあの女を気にかけていた。


 この辺りの感覚は本当に不思議でしょうがない。

 負の感情を向けられて、平気なわけではないはずなのに。


「知らん」


 オレとしてはそう答えるしかなかった。


 実際、ここから先は「ゆめの郷」の管轄であり、一介の客でしかないオレたちが立ち入ることができない世界の話になるのだ。


 栞が深織を「癒しの風」で吹っ飛ばした後、割とすぐに「管理部の人間」を名乗る女があの広場に現れた。


 そのタイミングの良さから、どこかで監視をされていたことは間違いないだろう。


 ただそれは、「ゆめ」である深織に対してか。

 その「客」であったオレたちに対してかは分からない。


 いくつか質問をされ、それに応じた後。

 その女は、どこか呆然としたままだった深織を立たせ、どこかへ連れて行ってしまった。


 その様を見て、少しだけ胸がざわつきはあった。

 だが、それは気のせいだ。


 栞に対して、あれだけの敵意を向ける女を野放しにしては危険すぎる。

 身体に危険はなくとも、その心に危険がないとは言いきれないのだから。


「ミオリさん、どうなっちゃうんだろう?」

「さあな」


 処罰の対象となった時点で、再び会うことはないだろう。


 複数の罪を重ねたとは言っていたが、この「ゆめの郷」独自の規則は、客に伝えられている部分しか分からない。


 ここを管理している以上、「ゆめ」や「ゆな」にもある程度の縛りはあるはずだ。

 だが、それは内部的な話であり、外部のオレたちに関係はない。



「お前が気に病んでも仕方ねえ。深織は規則を破った。その責任は深織自身がとるしかねえんだ」


 そして、二度と関わらないならその方が良い。


 栞に攻撃をしかけた時点で、オレはアイツに対して、冷静な判断ができるとは思えなかった。


「でも……」


 その煮え切らない態度にイライラして……。


「あまりぐだぐだ言ってると、その口、塞ぐぞ」


 うっかり、そんなことを口にしてしまった。


「へ?」


 きょとんとする栞の顔で、オレは正気に返る。


「口を塞ぐって?」


 さらに問い返されたので……。


「手と布ならどちらが好みだ?」


 苦し紛れに、そんな阿呆なことを口にする。


 いくら何でも、これはない。


「布、かな。なんとなく、肌触り……ならぬ、口触りが良さそう」

「真面目に答えるなよ」


 まさか、本気で答えられるとは思っていなかった。


 そして、オレの手より布かよ。

 さらに言うなら、口触りってなんだ?


 いかん。

 脳が疲れているせいか、いろいろと邪な方向へ考えが進んでいく。


 その柔らかい口を塞いでやりたいとか、思考が完全に変態のソレだ。


「九十九、人除けの結界って、今、張れる?」


 オレの思考を読んだような栞の言葉に……。


「は?」


 そんな短くも間抜けな反応しかできなかった。


「少しの間だけ、お願いして良い?」

「……ああ」


 栞の目的は分からないけれど、彼女の望みは何でも叶えよう。

 そう思っているのだから、迷いはなかった。


 オレは、周囲に防音と、人が近づかないように結界を張る。

 

「どうした? 内密の話なら、わざわざ人除けを使わなくても防音で……」


 オレが言葉を言い終わる前に、衝撃が身体を貫き……。


「うおっ!?」


 情けないことに、思わず、驚きの声を上げてしまった。


 栞が勢いよく、飛び込んできたのだ。


 ……何故?


「どうした? 怖かったか?」


 どんなに魔力が強くても、敵意が平気になるわけではない。


 さらには、あれだけの血を見たのだ。

 命に別状がなかったと分かっていても、落ち着かない気分になるのは避けられないだろう。


 オレは彼女を落ち着かせようと、頭を撫でた。


 この柔らかくて、艶やかな黒髪に触れることができて、少しだけ役得だと思ってしまう。


 だけど、自分が栞は先ほどの光景が怖かったわけでも、そして、慰めが欲しくてぶち当たってきたわけでもなかったらしい。


「怖かったのは、九十九の方でしょう?」


 栞はオレの胸元に張り付きながら、そんなことを口にした。


「え……?」


 言われた意味を掴みかねて、彼女の問いかけに対して、短く疑問を返す。


「わたしは確かに鈍いけど、今、あなたの体内魔気が全然落ち着いていないことぐらいは分かってるよ」


 オレの、体内魔気が……?


 栞に言われるまでそんな自覚はなかった。


 だが、確かに少しばかり騒がしい気がする。

 そして……。


「だって、あの人のこと、好きだったのでしょう?」

 

 栞は、オレに張り付いたままそんな残酷なことを口にした。


「九十九は一度も、ミオリさんのこと『好き』と言ったこともなかったかもしれないけど、わたしが知る限りでは、これまでに『好きじゃない』とも『嫌い』だとも口にしていない」


 さらに、彼女はオレが意識していなかった部分についても触れて行く。


 確かに、オレは明言を避けた。

 深織の確認に対して、一度も、向き合わなかったのだ。


 それは、何故か……?


「嫌いじゃ、なかった」


 ポツリと、自分でも信じられないぐらい弱い声が出た。


 本当に嫌いだったら、どんなに男女交際に興味があったとしても、オレは応えなかっただろう。


 小柄で、可愛らしくて、笑顔が良かったんだ。


 自分の好みに近い女から、顔を真っ赤にして告白されたら、自分の身も立場もわきまえずに答えてしまったことは認めるしかない。


「だが、『好きか? 』と問われたら、今も昔も本当に自信はないんだ」


 それも本当のことだ。

 付き合っていた時から、どこかで「誰か」と比べてしまっていた。


 どうしても、「何か違う」という違和感は、最後まで消えないままだった。


 そして、その勘は正しかったのだ。

 あの頃の深織の性格や行動はその「誰か」の真似をしたものだったらしいから。


 どこで、その「誰か」の存在を知ったのかは知らんが、一度も同じ学校になったこともなく、接点も薄い人間の模倣は相当困難だったことだろう。


「そっか……」


 栞は、胸元で呟いた。


「だけど、昔は、あんな女じゃなかった」


 そんな弁解にも似た言葉がオレの口から漏れ出てきた。


「え……?」


 栞が戸惑ったような声を出す。


「他人に対してあんなに剥き出しの悪意を向けるような、そんな女じゃなかったんだよ」


 それは、単純に、オレが本性を見抜けなかっただけとは思えない。


 実際、深織から漂ってきた匂いの中に、気になる点がいくつかあったから。


 だけど、実際、被害があったのは、このオレに張り付いている栞だ。

 だから、あの女のことをオレが庇うようなことを言っても仕方のないことなのだけど……。


 それでも、本当にあんな女じゃなかったのだ。


 気が付くと、オレは、胸元に張り付いていた栞を抱き締めていた。

 こうしていると、妙に落ち着くのは何故だろう。


 これはオレが惚れているせいなのか?


 そして、背中に回されている彼女の両腕を意識する。


 彼女から向けられているのは同情とかそういった感情なのは分かっていても、向こうからの行動は素直に嬉しい。


 このまま、手を離せば、またあの時のように逃げられてしまうのだろうか?

 そう思うと、両腕に力がこもってしまった。


「九十九……」


 胸を擽る声がする。


 恐らくは「離せ」という抗議なのだろう。


「悪い。でも……」


 もう少し、このままでいたい。


 ただの主従では許されない行為。

 それでも今は、この温もりと幸福に満たされていたかった。


 だが、今回も、彼女はオレの思考を斜めにスライドする。


「泣きたいなら、わたしの肩でも何でも、好きなところを貸すよ?」

「……は?」


 思わず、短く聞き返す。


 ……好きな……、所……だと?

 脊髄反射のように様々な妄想が駆け巡ったが……。


「九十九は、いつもわたしの泣き所になってくれるから」


 その言葉で、本当に同情から来る言葉だと分かる。

 今回()他意はないらしい。


「泣き所って……」


 思わず苦笑する。


 つまりは、「(weak)(point)」ってことだな。

 違いない。


 この女はオレの癒しであり、活力であり、栄養であり、猛毒でもあるのだ。


「いや、違った。いつも、泣かせてくれる場所を提供してくれるから、九十九が泣きたいなら、その、たまには逆になろうと」


 オレの腕の中で必死に弁明するその顔は真っ赤なのだろう。


 それを見られないのは残念だが、離したくもない。


 いや、待て?


「泣きたいと言うよりは……」


 どちらかと言えば……、今は、甘えたい。


 この落ち着かない気持ちはそう言うことなのだろう。

 心も身体も、全部が癒しを求めている。


 そして、それが許されるなら……。


「場所を変える。結界を張っているとはいえ、ここは落ち着かん」


 結界の維持に使っている思考と集中力が()()()()


 どうせなら、もっと癒されたい。


 そう思って、オレは、彼女を腕に収めたまま、移動魔法を使ったのだった。


 一瞬だけ、兄貴やリヒト、水尾さんの怒り顔が頭を走り抜けた気がしたが、それは気のせいと言うことにしておこう。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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