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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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まだまだ不足

「ここは……?」


 見覚えのある場所に連れて来られたが、確信が持てなくて尋ねる。


「昨日、泊まった宿だな」


 そう言いながら、九十九は部屋の明かりを付けた。


「これって不法侵入になるのでは?」


 宿泊手続きとかそう言ったものをせずに、いきなり入るのって問題はないのか?


「朝のうちに連泊の手続きはしていた。だから、問題ねえ」


 いつの間にそんな手続きをしていたのか。


 いや、それで大丈夫なの?


「せめて、入り口から入ろうよ」


 わたしにとって、この入り方は酷く落ち着かない。


「悪い。ちょっと急いでいたからな。それでも、この手の宿泊場所は正当な手続きをしていない人間は入れないようになっている。だから、大丈夫だ」


 うぬう。

 考えてみれば、移動魔法、移転魔法などが使える人間たちが存在する世界だ。


 それに対して、商売をする側が、何の対策も取らないはずがないか。


「でも、なんで判断するの? 魔気?」

「いや、普通に部屋の鍵を持っているが?」


 そう言って、九十九は薄い板状の物を見せてくれた。


 言われてみれば、どこの国でも宿泊施設では部屋の鍵を人数分、普通に渡され、外出の許可も出る。


 あの高級宿泊施設のように、受付に言づけることもあるが、基本は鍵を持って外出だった。

 鍵の種類はいろいろだけど。


 最近、普通の宿泊施設に泊っていなかったからすっかり忘れていた。

 そのことを九十九に言うと……。


「ここは『ゆめの郷』だからな。鍵での宿泊客管理だと、行った先で紛失の可能性もあるんだよ」

「皆、うっかりになるの?」

「そう言うことにしておけ」


 別の理由があるらしい。


 でも、突っ込んでも濁されるような気がしたので、黙っておいた。


「ところで、九十九はこんな所で泣きたいの?」

「男が、外で簡単に泣けると思うか?」

「男女関係なく、感情次第では?」


 感情の昂りに男女は関係ないと思う。


「それに、オレは泣きたいんじゃねえ」

「……というと?」


 泣きたくないのに何故、移動した?


「まずは座れ」


 そう言って、九十九は長椅子にわたしを座らせた。

 そして……。


「少し、胸貸せ」

「む……?」


 言われた言葉の意味を掴みかねて、変な問い返しになったが、そのまま今度は九十九が張り付いてきて、横倒しにされた。


「ふぃっ!?」


 この上なく珍妙な奇声が口から出てきた。


「どんな悲鳴だよ」


 九十九がわたしの胸元で苦笑する。


「こ、こ、この状態は!?」

「肩でも、どこでも貸してくれるんだろ?」


 そう言えば、そんなことを言った。


 いや、確かに泣く時に胸を貸すってこともあるだろうけど、これって、長椅子に押し倒されていませんか!?


 ああ、そうか……。


 この長椅子が、普通よりちょっと大きめで頑丈そうなのは、ここでそういった行為を、いやいやいや! 今はそんなことじゃなくて!


「な、泣くの!?」

「泣くんじゃなくて、オレは今、落ち着きたいんだよ。張り付くだけだ。特に何かしたいわけじゃねえ」


 落ち着きたい、精神を安定させたいと言うことか。


 確かに柔らかくて大きな抱き枕とかも安心するもんね。

 つまり、今のわたしは抱き枕扱い。


 どこまでもわたしは、彼にとって普通の女性とは違うらしい。


 まあ、良いか。

 いつもと逆なだけだ。


 それに他人の体温って心地良いことは知っている。


 胸元に九十九が張り付いている違和感と圧迫感はあるけど、わたし自身も先ほどまでのぐるぐるとした感情が落ち着く気がした。


 そして、当人が言ったとおり、九十九は本当に何もしない。

 動きもせず、ただくっついているだけ。


 それも、体重はかかっていないのだろう。

 あの時ほど、圧し掛かられている感はなかった。


 でも、胸に顔か。

 これ自体はかなり恥ずかしい。


 立っている時ならともかく、こう倒れた態勢で上からって状態は、羞恥から叫び出したくなる。


 せ、せめてあともう少し大きければもっとマシだったかな?


 固くはないと思うけど、殿方が顔を(うず)める、といえるほどの体積と弾力と柔軟さはない。


 そう言えば、セントポーリア城下から出た直後ぐらいにも九十九が胸元に張り付いたことがあったな。


 あれは彼が、眠りに落ちたせいだったけど……。


 あの頃よりは、胸は大きくなったつもりだけど、計っていないから自信はない。


「悪いな」


 九十九がポツリと言った。


「な、何が?」

「お前の身体を借りて……」


 そ、その表現はどうかと思う。


「でも、助かった。思ったより、ダメージ、でけぇ……」


 だが、そう言われてしまっては、何も言えない。

 わたしは反論を避ける。


 でも、そうか。

 わたしでも、九十九の癒しにはなれるのか。


 いつも彼から癒されてばかりだから、そのことが嬉しかった。

 彼は自身で治癒魔法も使えるからね。


 それなら……。


「うおっ!?」


 わたしの行動に、九十九が叫んだ。


 右手はちょっと動かせそうになかったから、左手を動かして、彼の後頭部を撫でた。

 少しだけ、癖がある黒い髪は柔らかくて、ちょっと気持ちが良い。


 九十九は以前のように逃げ出すこともなく、黙ってされるがままになっている。


 体勢的にその表情は見えないから、彼が、前みたいなレア顔をしているかどうかは分からない。

 頭しか見えないから仕方ないね。


 でも、彼が嫌がっている様子がないから、もう少し続けていると、九十九が不意に身体を動かした。


「どうしたの?」

「…………気にするな」


 その不自然な間は気になったけど、突っ込まれたくないってことだろう。


 深追いはせずに、そのまま九十九の頭を撫で続ける。


 ……と言うか、よくよく考えれば、この状況ってかなり不思議な気がする。


 なんでこんな長椅子の上で、九十九はわたしの胸、いや、身体に張り付いているんだろうか?


 こう言うのって、それこそ、「ゆめ」のお仕事なのでは?


 現実(リアル)にいろいろ疲れた殿方を癒すって、なんとなく、夜のお店のおね~さんのお仕事なイメージがある。


 こうお酒とか()ぎながら、笑顔で話を聞くような人たち。


 これって偏見なのかな?


 いや、その「ゆめ」の言動で彼がここまで傷ついたのだから、これは仕方ないかもしれない。


 まあ、身体を使って癒せとかそう言ったわけでもないし、何より、九十九は本当に何もしないのだ。


 下手すると、呼吸ができているのかも心配になってしまうほど静かで、反応に困ってしまう。


 そう考えれば、やはり、わたしの役割は温かい寝具なのだろう。


 女性としての役割はいらないようだ。

 いや、わたしとしてもその方が良いのだけど。


 わたしに「女性」を求められても、その期待に応えられる気はしないのだ。


 だから、まあ、気が済むまで抱き枕になってあげよう。


 柔らかさは物足りないかもしれないが、それでも、彼を癒したいって気持ちに嘘はないのだから。


 でも、九十九の言葉を聞いた限り、男の人って大変だと思う。


 傷ついても、女以上に泣ける場所がないのかもしれない。


 さっきまでの九十九はかなり傷ついていて、感じられる魔気も弱っていたのに、それでも、泣かなかったのだ。


 わたしは、「泣いても良い」と言ったのだけど、彼の泣き場所としてはまだまだ不足なのかもしれない。


 もしかして、兄である雄也さんの前なら泣くのかな……?

 そう考えて、いや、逆に泣かないかと結論付ける。


 彼は、確かに兄の前なら泣き言は言うかもしれないけど、それでも、涙そのものは零さない気がした。


 本当に男の人って、泣く場所がないってことなのだろう。


 泣きたい気持ちに、男女の差があるとは思えないのに、男の人って本当に我慢しなければならない場面が多すぎるね。


 あれ?

 でも、わたし、彼が泣いたところをどこかで見たような気が?

 あれは、いつ、どこだったっけ?


 そんなことを考えているうちに、わたしはお約束の如く寝てしまったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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