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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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誤魔化しきれないもの

「ミオリさん、あのままにしておいて、大丈夫かな?」


 わたしは横を歩く青年に向かって確認する。


「知らん」


 青年はぶっきらぼうにそう答えた。


 その表情に変化はない。


 いや、わたしにだって分かっている。

 ミオリさんは本当の意味ではもう救えないって。


 既に彼女は正気とは思えなかった。


 わたしに向けた情動も、九十九に抱いた熱情も、相手を気にしない感情も、もう、取り返しがつかないような場所にあって。


 それでも、少しぐらい彼女を癒せていたら良いなとわたしはそう思ったのだ。

 いや、勢い余って吹っ飛ばしてしまったのだけれど。


 あの後、わたしたちの前に「管理部の人間」と名乗る女性が現れて、深織さんを保護してくれたのだ。


 何でも、その女性は「本部」より、派遣されたと言っていた。

 巡回警備員たちとは、また違う部署なのだろう。


 服が黒一色だったので、どこかの国を思い出してちょっとだけ複雑な気分になったのはわたしだけではないはずだ。


 ここに来た名目上は「『ゆめ』の保護」。

 だけど、その実質は、「『ゆめ』の連行」だった気がする。


 その女性が言うには、深織さんは「ゆめ」として、やってはいけないルール違反に当たる行為をいくつも犯してしまったそうだ。


 だから、処罰の対象となったとも言っていた。


 そのルール違反とやらが、どれのことを指しているのかは分からない。

 相手が「いくつも」と言うからには、複数ではあると思うのだけど……。


 でも、なんでそれを「本部」は知っているのだろう?


 そして、それが分かっていて、どうして誰も止めなかったのだろうか?


 そんな疑問がいくつも湧いてくる。


 「処罰」の言葉を聞いた時、なんとなく九十九の顔を見てしまったが、彼は特に表情を変えることなく、淡々と、その女性といくつか言葉を交わしていた。


「ミオリさん、どうなっちゃうんだろう?」

「さあな」


 再び、素っ気ない返答。


 わたしとしては、少しでも顔を合わせ、言葉を交わした相手に対して、何らかの措置が取られると言うのは酷く落ち着かない気分になるのだ。


 だけど、心のどこかで、ホッとしている自分もいた。


 これで、「彼女の呪縛」から解放されると。

 もう関わることはないと。


 そんな酷いことを考えてしまうのだ。


 わたしは、こんなに醜い人間だったのだろうか?

 自分で自分が嫌になる。


「お前が気に病んでも仕方ねえ。深織は規則を破った。その責任は深織自身がとるしかねえんだ」

「でも……」

「あまりぐだぐだ言ってると、その口、塞ぐぞ」

「へ?」


 あ、あれ?

 なんとなく、九十九の機嫌が悪い?


 しかも……。


「口を塞ぐって?」


 思わず聞き返してしまった。


「手と布ならどちらが好みだ?」


 そして、想像とは違った物理的な技だった。


 いや、考えすぎたことは分かるけど、いくら何でも、これは容赦がない。


「布、かな。なんとなく、肌触り……ならぬ、口触りが良さそう」

「真面目に答えるなよ」


 九十九は呆れたようにそう言う。


 表面上はいつもと大差のない反応と表情。


 だけど、誤魔化しきれていないものがある。

 それに彼自身も気付いていないのだろう。


「九十九、人除けの結界って、今、張れる?」

「は?」

「少しの間だけ、お願いして良い?」

「……ああ」


 そう言って、周囲の気配が変わる。

 九十九の魔力で作られた九十九の気配がする結界。


「どうした? 内密の話なら、わざわざ人除けを使わなくても防音で……」


 九十九が言葉を言い終わる前に……。


「うおっ!?」


 わたしは、九十九に飛びついた。


「どうした? 怖かったか?」


 そう言いながら、彼は胸に張り付いたままのわたしに対して、優しく頭を撫でてくれる。


 違う!

 そうじゃない!!


「怖かったのは、九十九の方でしょう?」


 わたしは九十九に張り付いたまま、そう口にする。


 彼の手が止まり、その心臓が激しく跳ねたのが耳と頬に伝わった。


「え……?」

「わたしは確かに鈍いけど、今、あなたの体内魔気が全然落ち着いていないことぐらいは分かってるよ」


 いつもは穏やかで落ち着いた風の気配が、まるで縦横無尽に吹き荒れる嵐のようだった。


 それも無理はない。


「だって、あの人のこと、好きだったのでしょう?」


 彼はミオリさんに対して、突き放すような言葉を口にした。


 そこには確かに嘘はなかったのだろう。

 だけど、隠された本心もあったはずだ。


 何故なら……。


「九十九は一度も、ミオリさんのこと『好き』と言ったこともなかったかもしれないけど、わたしが知る限りでは、これまでに『好きじゃない』とも『嫌い』だとも口にしていない」


 本当に嫌なら、彼女の問いかけに対してそう返事するべきだったと思う。


 いつもの彼なら、自分のことを「好きじゃなかったのか?」と問いかける相手に対して「好きと言ったことはない」という曖昧な事実ではなく、もっと直接的な言葉で答えたはずだ。


 その方が確実に伝わるし、ダメージも大きいから。


 でも、彼は基本的に嘘を吐かない。


 わたしが昔、ジギタリスで口にした「好き」と言う言葉に対して「世迷言を言うな」と返答した。


 でも、よくよく考えれば「嫌い」と言われたわけではないのだ。


 そして、話によると、「発情期」は、無関心な相手、嫌いな相手には全く反応することはないらしい。


 つまり、彼はわたしに対しても、そこそこの好意は持ってくれていると考えるべきだろう。


 九十九に対して、ポロリと口にした後、勝手にブチ切れたあの日。


 あれから2年以上経って、その事実に気付くとは……。

 しかも、こんな形で。


「嫌いじゃ、なかった」


 九十九は、わたしの頭を撫でながら、ポツリと零した。


「だが、『好きか? 』と問われたら、今も昔も本当に自信はないんだ」

「そっか……」


 九十九の気持ちはなんとなく分かる。


 皆、友情以上の「好き」って気持ちはどこで判断しているんだろう?


「だけど、昔は、あんな女じゃなかった」

「え……?」

「他人に対してあんなに剥き出しの悪意を向けるような、そんな女じゃなかったんだよ」


 それが隠されていた彼女の本性だったのか。

 それとも、ここに来て変わってしまったのか。


 今となっては分からない。


 ただ、分かるのは、昔ではなく、今の九十九の声が酷く苦し気で、まるで、わたしの言葉が彼を傷つけてしまっているような錯覚を起こしてしまった。


 気が付くと、わたしは張り付いていたはずの九十九から、逆に抱き締め返されていた。

 そして、その両腕に力が込められる。


 それが苦しくて、思わず悲鳴が出そうになったが、なんとかそれを喉の奥に押し込める。


 彼自身、無意識の行動なのだろう。

 まるで、離されまいとわたしにしがみ付いている気がした。


 そうしなければ、落ち着かないのだろう。


「九十九……」


 わたしは彼の名を呼ぶ。


「悪い。でも……」


 消え入りそうな声の先は聞き取れない。

 だから……。


「泣きたいなら、わたしの肩でも何でも、好きなところを貸すよ?」


 そんなことを言っていた。


「……は?」


 彼は短く聞き返す。


「九十九は、いつもわたしの泣き所になってくれるから」

「泣き所って……」


 何故か、九十九が苦笑した。


 ん?

 なんか言葉を間違ったっぽい?


 わたしは「泣く場所」って意味で使ったけど、よくよく考えれば、「弁慶の泣き所」みたいに、痛い場所のことじゃなかったっけ?


「いや、違った。いつも、泣かせてくれる場所を提供してくれるから、九十九が泣きたいなら、その、たまには逆になろうと」


 ううっ!

 かっこつかない。


 九十九も困っているみたいだし。


 それでも、たまには! って思ったのだ。

 支えられてばかりは嫌だと。


「泣きたいと言うよりは……」


 少し九十九は考えて……。


「場所を変える。結界を張っているとはいえ、ここは落ち着かん」


 そう言って、わたしの返事も待たずに移動魔法を使ったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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