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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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真意が伝わるのなら

 栞は、オレに「自分の誇りを護って欲しい」と言ったが、先ほどからどうも嫌な予感がして仕方ない。


 広場に2人を送り届けた後から、妙な胸騒ぎが止まらないのだ。


 何よりも、オレは彼女の護衛だ。


 だから、聴覚強化と視覚強化をして、離れたこの位置で待機することにした。


 万一の時は踏み込むために。


 だが、まさか、別の危険を察知して踏み込むことになるとは欠片も思っていなかったのだが……。


 何もない広場。

 そこには互いに向き合う2人の小柄で黒髪の女たちの姿がある。


「話とは何でしょうか?」


 話を切り出したのは栞からだった。


「随分、九十九と、仲が良いんですね? まるで、主従と言うより、恋人みたいに見えますよ」


 そんな皮肉を込めたような深織の言葉に……。


「恋人?」


 分かりやすく疑問符を浮かべる栞。


 そこまで、疑問に持つことか?


「わたしと九十九が親しみを感じるように見えるのは、単純に幼馴染みだからだと思いますよ」


 栞は動揺することなく言葉を返す。


「でも、本当にただの幼馴染なのでしょうか? とても、そう見えなくて」

「幼馴染兼護衛です」


 さらにはっきりと線を引く。


 深織から見て、「ただの幼馴染」に見えなかったのは当然だろう。


 オレは分かりやすく栞に惚れていて、大事にしている様を見せつけたのだから。


 でも、あまり効果はなかったっぽいな。


「それなら、男として好きではないのですか?」

「友人としてなら好きですよ」


 栞が口にした「友人」。

 その言葉に正直、複雑な感情はある。


 オレの気持ちはどこまで行っても届くことはないのだから。


 だが、事態は想像の斜め上を行った。


「それなら、九十九を私にください!」

「……は?」


 深織の懇願に、栞は目が点となったようだ。


 いや、オレも、多分そうだろう。


「ごめんなさい。おっしゃる意味が分かりかねます」


 オレの心を読んだかのような台詞を栞は口にする。


「九十九のこと、要らないのでしょう?」


 おいこら?

 深織?


 なんてことを言うんだ?


 好意の有無に関係なく、雇い主がそんなことを言えば、普通の雇用者はかなり傷つくと思うぞ。


「要らないとは言ってません」


 栞が否定してくれたことに、心底安堵する。


 だが、深織は一体、何を考えているんだ?


「でも、恋人じゃないし、恋人にする予定はないでしょう?」

「確かにありませんが……」


 それはあり得ないからな。


「それなら、シオリさんに恋人ができれば、不要でしょう?」

「不要じゃないですよ?」

「どうして!?」

「九十九は、わたしの幼馴染ですが、同時にわたしの護衛ってお仕事を務めているからです」


 深織のよく分からない質問に対し、栞は冷静に言葉を返す。


 よく耐えられるな。


 オレなら、「要らないでしょう?」の時点でブチ切れていたかもしれない。


「そんなのおかしいです!」


 さらに深織は続ける。


 おかしいのは、お前の頭だと言って良いか?


「シオリさんは身の回りのことはできるし、貴族っぽくもないし、護衛なんて不要でしょう?」


 身の回りのことは従者の務めだから、本来、護衛の仕事と関係ない。


 たまたま、オレも兄貴も世話ができるけど、栞は自分でやりたがる。

 だから、自分でさせているだけだ。


 それを貴族っぽくないと言えばそうなのだろうけど、それは、他人に関係のない話だ。


 だが、「護衛(オレ)を不要」って、全く関係のないお前が決めつけるな。


「私には九十九が必要なんです!」

「わたしにも必要ですが?」


 その言葉に口元がにやけそうになる。


 我ながら単純だとは思うけど。


「私には九十九しかいない! ずっとそうだったんです!」

「ずっと?」


 そうだっけ?

 オレは告白されるまで、正直、彼女のことをよく知らなかった。


 ソフトボールをやっていたことだって、最近、知ったぐらいなのに。


「はい! ずっと。中学校の入学式からずっと、見てきました」


 入学式?

 覚えがない。


「九十九のために、嫌がらせも耐えました! 九十九の好みのタイプを聞いて、ずっとその人のようになろうと努力して。その結果、私は、九十九に抱いてもらえたんです」

「いや、それがあなたの仕事だよね?」


 すげえな、栞。

 オレはここまで理論が崩壊している人間の相手は難しいぞ。


「シオリさんは九十九を拒んだのでしょう? それっていらないってことですよね? それなら、私にください」

「あげません」

「どうして!?」


 話が繰り返され始めた。


 こんな女だったのか、深織って。

 とりあえず、「ゆめ」になるためには、性格と知能は特に必要ないことだけは分かった。


 でも、中学校(人間界)にいた時は()()()()()()()()気がするんだが。


 ここまで、理論が成り立たない会話を繰り返していれば、悪い意味で目立っていたはずだが、そんな覚えはない。


「あなたは、九十九に仕事を辞めろとでも?」


 それでも、栞は根気よく会話を試みる。


「九十九は辞めないでしょう。でも、貴女がそう『命令』すれば良いじゃないですか」


 その言葉に、頭が白くなった。


「いや、そんな、『(めい)』は出せませんよ?」


 栞は冷静にそう諭す。


 今のは、オレや兄貴が聞いている可能性を考慮したな。


 その上で、「必要」と言いきってくれたのか。


「どうして? 九十九は、貴女の『命令』なら、何でも従うでしょう?」

「限度はあります」


 確かに、限度はある。


 オレたちだって、彼女の願いなら何でも叶えてあげたいけれど、世の中にはできることとできないことがあるのだ。


「そんな、でも、貴女の姿で九十九に『命令』したら、彼、従ってくれましたよ?」

「…………は?」


 ちょっと待て!?


 それを、今、この場で言うか?


 ふざけんなよ!?

 この馬鹿女!


 それを聞いた相手がどう思うかなんて考慮しないのか?


 何より、「ゆめ」の守秘義務はどうした!?

 必要以上に、第三者に告げることは許されてないはずだ。

 今のは、主人に告げる報告の域を超えているだろう?


 だが、さらに悪夢は続く。


「先にちょっと脳や神経を刺激する香水を使って、『発情期』を誘発させていたんですけど、それでも九十九ってば、強情で……。それでも、苦しそうだったから、さらに投影魔法で貴女を完コピした上で『命令』したら、イケました!」


 ああ、アレって「投影魔法」だったのか。


 一番、どうでもいいことしかオレの頭は情報を拾わなかった。


「ち、因みに、どんなことを九十九に『命』じたか、聞いても良いでしょうか?」


 いや、聞くなよ。


「ええ、勿論」


 さらに答えるなよ。


「『ゆめ』が相手の男に願うなんて、たった一つでしょう? 私が九十九に願ったのは『私を抱いて』でした。そして、その通り、九十九は私を抱いてくれたのです!」


 神様。

 オレは何か、悪いことをしましたか?


 何故、現在進行形で惚れている女の前で、そんなことを暴露されなければいけないのでしょうか?


 このまま深織をふん縛って管理者へ送り返した方が良い気がしてきた。


「だけど、不満もあります」

「不満?」


 もう止めて欲しい。

 オレはどこまで耐えれば良いんだ?


 そして、栞も素直に聞く姿勢を見せるな。


「九十九は、私の姿では満足しませんでした」


 そりゃな。

 あの時点で、オレは栞に触れていたし、ずっと気付いていなかった想いも自覚した。


 最上を知った直後だ。

 普通の女で満足などできるはずがない。


「それでも、私の名前を呼んでくれたと思っていたのです。私の気持ちが通じたと」


 名前?

 何の話だ?


「だけど、違った」


 そこで、深織は栞を睨みつけ……。


「彼はずっと貴女の名前を呼んでいたんだ!」


 そう叫んだのだが、オレにとってはその内容がかなりの問題だった。


 よりによって、一番、伝えてはいけない相手に、最悪な形で伝わってしまったのだ。


 いくら何でも、その最中に名前を呼ぶ人間に対して、「なんとも想っていない」など通じるはずもないだろう。


 だけど、それで真意が伝わるのなら、オレの想いはとっくの昔に届いていたと気付くまで、後数秒。


「…………はい?」


 黒い髪、黒い瞳の女は……、明らかに苦い顔をして問い返したのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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