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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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逃げたくなるような衝動

 前回までのあらすじ。

 九十九の元彼女さんが、わけの分からぬことでブチ切れられたようです。


「ご、ごめんなさい?」


 なんとなく、そう言ってみる。


「謝るぐらいなら、私に九十九を頂戴!」


 激しい風を纏ったまま、ミオリさんが叫んだ。


 謝罪で人間を物扱いする人を初めて見ている気がする。


「お断りします」


 こればかりは譲れない。


「九十九のことを、好きじゃない癖に! 『発情期』の解消もできなかったくせに!!」

「それとこれとは、話が別だと思いますよ」


 大体、わたしに九十九を頂戴って、彼は物じゃないのに。


 意思のある人間。

 だから、わたしじゃなくて、先に彼の意見を聞くべきなのだ。


「仮に九十九と一緒になったら、あなたは九十九をどうするつもりでしょうか?」

「ずっと一緒にいるの。ずっとずっと一緒にいて、彼に淋しい思いをさせないわ」


 駄目だ。


 根本的なところが伝わっていない。


「九十九が仕事をしたいと望んだらどうしますか?」

「貴女が手放せば、護衛なんて仕事をしなくて良くなるわ。ずっと私がいるもの」


 いや、だから、そうではなくて。


「彼が望んだらどうするのかと伺っているのですが、伝わりませんか?」

「望まないわ。私がいるもの」


 駄目だ。

 やっぱり伝わらない。


 この人、自分のことしか、いや、()()()()()()()()()()()()()()


 それに、九十九は、大事な人ができても主人であるわたしを優先するといってくれるような人だ。


 そんな呆れるぐらい真面目な仕事人間から、仕事を奪うのがどういうことかも分かっていない。


 何より、今、彼から仕事を取り上げて、この人、どうやって2人で生きていくつもりなのか?


 普通に考えても、魔界人だってお金は必要なわけで。


 いや、九十九なら器用だし、料理という武器もあるのだから、なんとかやっていく気がするけど、この人は多分、そんなことを考えてもいないだろう。


 それに、九十九には夢がある。

 叶えられるかどうかも分からない夢。


 彼は、「薬師になりたい」と言っていた。


 兄にも告げられないほどの小さな夢。

 でも、叶えられるなら叶えさせてあげたいほどの立派な夢。


 それを、こんな人に邪魔させたくはない!


「だから、九十九を頂戴。優しい心と穢れの無い身体を持つ、九十九が大事なご主人様。他の女を抱きながらも、頭から離れることのない女性」


 すっごく分かりやすい皮肉をぶっ込んできた。


「いや、それはあなたがわたしの姿をしていたからだと思いますけど」


 そうなると、記憶がないと九十九が言っていたのは、わたしを気遣った?


 いやいや、「命呪」中は催眠状態で、九十九は無意識になるはずだ。


 つまり、本当に覚えていないのだろう。


 彼にとっても、わたしにとっても、そのことは幸運だったかもしれない。


 もし、九十九が覚えていたら、少なくとも彼は悪い意味で「わたし」を意識してしまっただろう。


「すぐには気付けなかったけど、私は何度も『ミオリ』じゃなくて、『シオリ』って呼ばれていたわ」


 ん?

 ちょっと待て?


 九十九がわたしを「栞」と呼び始めたのは確か……。


「それ、わたしじゃないと思います」


 わたしは思わずそう口にしていた。


「は? 何を言って」


 これまで届かなかったわたしの言葉が届いたのか。


 ミオリさんは、不意に纏っていた風を弱める。

 ようやく、わたしの声を聞く気になったのかもしれない。


「わたし、普段、九十九から『シオリ』と呼ばれていませんでした」


 呼ばれるようになったのは、つい昨日のことだった。


 だから、彼が名前を呼んだ「シオリ」がわたしであるはずがない。


「は!? なにそれ」

「だから、彼が呼んでいたのは、恐らく、別人だと思われます」


 わたしはきっぱりと言い切った。


 確かに、その姿は「高田栞」だったかもしれない。

 だけど、その時、無意識の中で、九十九にあったのは、恐らく……。


「九十九が()()()()()()()()()()()()()()()じゃないかと」


 それはある意味、わたしではない。

 遠い過去に消えてしまった、もう二度と戻らない「幼馴染(ワタシ)」。


「嘘!」

「あなたに嘘を吐く理由はないですよ」


 寧ろ、嘘であってほしい。


 いや、だって、その身体はともかく、九十九の中に残る「昔のワタシ」って、つまりは5歳児だよね?


 そんな幼児をそんな対象で見るって、いろいろと問題になりません?


 身体は18歳だから、セーフ?


「そんなに九十九を渡す気はないの?」

「その意思はないとずっと言っています」


 この主張だけは終始一貫させていただく。


「それなら」


 分かりやすく、ミオリさんの周囲の空気が変化していく。


 ―――― ああ、これ、魔力が暴走を始めたな。


 そんなとんでもない事態だと言うのに、わたしの頭は妙に冷静だった。


 ミオリさんは、多分、元貴族だ。

 だから、それなりに魔力が強いように見える。


「殺してでも奪い取る!」


 激しい竜巻がわたしに向かってくる。


 どうやら、本気でわたしを殺しに来たようだ。

 そんなことをして、九十九が手に入るわけもないのに。


 そして、申し訳ないが、相手が悪かったと言えるだろう。


 貴女が殺意を抱いている相手が、普通の女なら、彼は手に入らないが、対象を殺すという望みだけなら叶ったかもしれない。


 だけど……。


()()()()()()()


 わたしは、そう言った。


()()()()、この程度で、わたしが傷つくとでも?」


 勿論、思っていないでしょう?


風魔法(うぃんど)


 そのたった一言で、彼女の放った竜巻魔法を上回る風の旋風が巻き起こり、魔法をかき消してしまった。


「なっ!?」


 ミオリさんは驚愕のあまり、目を見開く。


 これは、数少ないわたしが使える魔法の中で、誰でも分かるごく普通の魔法。


 だけど、その威力が普通ではないことを知っている。


「まあ、わたしとしては、先ほどの()()()をくらって差し上げても良かったのですが」


 少し前まで、わたしはこの世界でも最上級の風魔法使いに容赦なく吹き飛ばされていたのだ。


 それを耐えきるまでに一週間かかった。


 だけど、その風に飛ばされることはなくなったのだ。


 一般的な貴族が使う、それも感情に任せた集中力のない魔法で、毛の先ほどの傷も負うものか。


「それでも、わたしも、いろいろと()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので」


 ここまで腹が立つことって今までになかった気がする。


「ちょっとぐらい()()()()()()してもよろしいですよね?」


 わたしと同じ風属性で、その魔力が貴族級なら、これぐらいの基本的な風魔法では死なないでしょう?


 大丈夫。

 見た目は派手だけど、そこまで威力はないから。


「きゃああああああああああっ!?」


 その場に響き渡る絶叫。


 直撃はさせなかった。

 まだ魔法に慣れていない身で、そこまで危ない賭けはできない。


 だけど、その余波だけで、ミオリさんの身体は1,2メートルほど吹っ飛んだ。


「それぐらいで吹っ飛んでいたら、九十九の傍にはいられませんね」


 九十九は、相手への威嚇や牽制に風魔法を使うことがある。


「な、何を」

「九十九は凄く強いですから。横に並び立つこともできない人では、無理でしょう」


 だから、先ほどの風魔法程度で簡単に吹っ飛んでいたら、彼の邪魔にしかならない。


 これまでのわたしも、吹っ飛ばされはしなかったけど、彼の背に護られるだけの足手纏いな存在ではあった。


 でも、今なら、少しは胸を張って、彼の横に立てるかな?


「そんなのっ!!」

「その程度の人が、優秀な護衛である九十九から、仕事を奪おうとしないでください」


 言いたいことだけ言うと、わたしは周囲に風を巻き起こす。


「ひっ!?」


 それだけのことなのに、小さく悲鳴を上げられた。


 なんとなく、化け物になった気分だけど、もともと、魔界人ってそう言うものだったね。


 でも、どうしよう?

 この程度の威嚇で、ここまでビビらせてしまうとも思わなかった。


 そんな風に迷っていると。


「もういいだろ?」


 そんな声が背後から聞こえ……。


「ここからは、深織の相手はオレがするから」


 そう言いながら、九十九はわたしの両目を自分の左手で覆い隠す。


「でも……」


 この人と九十九をこれ以上、近付けたくはなかった。


「良いから」

「ふわっ!?」


 耳元で低く甘い声。

 それも、視界を覆われた状態になっているため、聴覚は強化されたようなものだ。


 さらに、後ろから抱きすくめられるような形になっている。


 このわたしの後頭部にある固いものは、もしかしなくても、九十九の胸ではないでしょうか?


 思わず、逃げたくなる衝動に駆られながらも、なんとか悲鳴をあげることだけは避けたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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