要らないとは言っていない
「話とは何でしょうか?」
見渡す限り、何もない広場。
そこで、わたしはミオリさんの前に立った。
いや、座った方が良いかなとも思ったけど、この場所、ベンチもないのだ。
わたしは気にしないけど、一般的な女性は地面に座り慣れてはいないだろう。
「随分、九十九と、仲が良いんですね? まるで、主従と言うより、恋人みたいに見えますよ」
わたしが敬語で話しかけたためか、ミオリさんも同じように敬語を使ってきた。
「恋人?」
だが、彼女の言葉に疑義がある。
九十九とわたしはそんな関係じゃないのだから。
「わたしと九十九が親しみを感じるように見えるのは、単純に幼馴染みだからだと思いますよ」
確かに、主従関係にしてはわたしたちの距離は近すぎる自覚はある。
だが、それは、九十九が心配性で過保護で世話焼きなだけだ。
加えて、小学生の頃の気安さと、同級生の親しさが合わさって、傍目にも友情以外の関係に見えているのだと思っている。
そして、そこに恋愛感情みたいなものはない。
わたしにそんなものがあれば、九十九はもう少し考えてくれるだろうし、彼はそんな感情を持たないと言っている。
いや、青少年の心を刺激するような行動は慎めとは言われたけど、あれは、恋愛感情から来ているわけではなく、青年男性が標準装備してしまっている条件反射的な何か?
いや、違うな。
青年男性が誰でも持つような本能みたいなものだろう。
男は皆、オオカミってどこかで聞いたことがあるしね。
「でも、本当にただの幼馴染なのでしょうか? とても、そう見えなくて」
「幼馴染兼護衛です」
どちらかと言えば、最近の彼は護衛に重点を置いている気はする。
だから、先ほどもずっとわたしのことを「主人」と呼び続けていた。
いつもは、護衛モードの時は、「シオリ様」って呼ばれていたから、ちょっと不思議な感じはしたけど。
あれも「誓い」のせいなのかな?
「それなら、男として好きではないのですか?」
「友人としてなら好きですよ」
どうやら、これが本題のようだ。
なんだろう?
この少女漫画のような展開は……。
つまり、この先に続く言葉は……?
「それなら、九十九を私にください!」
「……は?」
なんか、いろいろすっ飛ばされた気がする。
具体的には、そこに至るまでの過程とか、理由とか、感情とか、損得とか、そう言ったもの全て。
「ごめんなさい。おっしゃる意味が分かりかねます」
「九十九のこと、要らないのでしょう?」
「要らないとは言ってません」
どうして、そんな結論に達した?
寧ろ、要るよ?
大事だよ?
「でも、恋人じゃないし、恋人にする予定はないでしょう?」
「確かにありませんが」
「それなら、シオリさんに恋人ができれば、不要でしょう?」
「不要じゃないですよ?」
「どうして!?」
どうしても何も。
「九十九は、わたしの幼馴染ですが、同時にわたしの護衛ってお仕事を務めているからです」
なんだろう?
頭がくらくらしてきた。
え?
何?
彼女の言葉を理解できていないわたしが悪いの?
「そんなのおかしいです!」
なんだと?
「シオリさんは身の回りのことはできるし、貴族っぽくもないし、護衛なんて不要でしょう?」
おいこら?
どうしてそうなった?
え?
何?
九十九はこんな人が好きだったの?
その事実が、なんとなく、ショックなのは何故だろう?
「私には九十九が必要なんです!」
「わたしにも必要ですが?」
「私には九十九しかいない! ずっとそうだったんです!」
「ずっと?」
「はい! ずっと。中学校の入学式からずっと、見てきました」
それを一途と言うか。
ストーカーと言うか。
それは、受け取り方次第か。
わたしが判断すべきことじゃないね。
「九十九のために、嫌がらせも耐えました! 九十九の好みのタイプを聞いて、ずっとその人のようになろうと努力して。その結果、私は、九十九に抱いてもらえたんです」
「いや、それがあなたの仕事だよね?」
思わずそんな言葉を返していた。
こういう人。
こんな思い込みの強い人をなんていうんだっけ?
ごめん、九十九。
あなたの元彼女さんだから、あまり悪く言いたくはないのだけど、わたし、このタイプは、ちょっと無理かも。
「シオリさんは九十九を拒んだのでしょう? それっていらないってことですよね? それなら、私にください」
「あげません」
「どうして!?」
いかん。
話がループする未来しか見えない。
「あなたは、九十九に仕事を辞めろとでも?」
「九十九は辞めないでしょう。でも、貴女がそう『命令』すれば良いじゃないですか」
嫌な言葉を使ってきたな。
しかも、「命令」で九十九を解雇しろって?
意味が分からない。
感情だけで、そんな自分勝手なこと、できるはずがない。
「いや、そんな、『命』は出せませんよ?」
万一、九十九や雄也さんが聞いていた時のために、わたしは「命令」って言葉を使わないようにしている。
わたしが、自分の意思で「命令」って言葉を使ったのは、ただの一度だけ。
それも、相手に望まれたからだ。
そんな重い言葉を、簡単に口にするな。
「どうして? 九十九は、貴女の『命令』なら、何でも従うでしょう?」
「限度はあります」
「そんな、でも、貴女の姿で九十九に『命令』したら……、彼、従ってくれましたよ?」
「………………は?」
一瞬、思考が真っ白になった。
今、目の前のこの人は、なんと言った?
ちょっと待って?
わたしの姿で、「命令」……?
ナニ、ソレ?
「先にちょっと脳や神経を刺激する香水を使って、『発情期』を誘発させていたんですけど、それでも九十九ってば、強情で……。それでも、苦しそうだったから、さらに投影魔法で貴女を完コピした上で『命令』したら、イケました!」
彼女から一度に与えられる情報量が多すぎる。
でも、何?
香水を使って、「発情期」の誘発?
それじゃあ、九十九が、あんなに苦しんでいたのは、そのせい?
そして、投影魔法で、わたしを完コピ?
つまり、完全にコピーした?
そんなことってできるの?
その上、「命令」?
まさか、「強制命令服従魔法」って、わたしの姿をしていれば、誰でも彼ら兄弟に対して使えてしまうってこと?
かなりの権限なのに、そんなに制限が緩くて良いの!?
「ち、因みに、どんなことを九十九に『命』じたか、聞いても良いでしょうか?」
「ええ、勿論」
ミオリさんは誇らしげに返答する。
「『ゆめ』が相手の男に願うなんて、たった一つでしょう?」
どうしよう。
嫌な予感しかしない。
「私が九十九に願ったのは『私を抱いて』でした。そして、その通り、九十九は私を抱いてくれたのです!」
ここで、意識を飛ばさなかったわたしを褒めてください。
ああ、でも、彼女は魔界人であり、この苦界を生きる「ゆめ」なのだ。わたしとは、倫理とか常識とか違うのかもしれない。
でも、これを、わたしが許しても良いものでしょうか?
「だけど、不満もあります」
「不満?」
わたしには不意に不忌な話を聞かされて、不穏も不快もあって、不可抗力とはいえ、不覚にも不満でいっぱいなのですが!?
「九十九は、私の姿では満足しませんでした」
別にわたしの姿で満足したわけではないとも思う。
彼は「命令」に従っただけなのだ。
「それでも、私の名前を呼んでくれたと思っていたのです。私の気持ちが通じたと」
そう言えば、そんなことを以前、言っていたね。
今回の衝撃が強すぎて、ソレ、完全に忘れていましたわ。
あの部屋で会った時は、こんな人じゃなかったと記憶していたけど、それはどうやら気のせいだったらしい。
「だけど、違った」
それを問い返す気力もない。
わたしは、ただ嵐が過ぎるのを待つだけにしよう。
「彼はずっと『貴女の名前』を呼んでいたんだ!」
それは血を吐くような叫び。
そして、同時に巻き起こる旋風。
「………………はい?」
だけど、そんな突拍子もない言葉と状況に、わたしはようやく短いながらも言葉を発したのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




