【第58章― 手前勝手な話 ―】あまりにも変わりすぎて
この話から58章です。
よろしくお願いいたします。
「水尾さんたちにも顔を見せとけ。今のままじゃ、オレが拉致ったようにも見える」
そんな九十九の言葉に、わたしは思わず噴き出しそうになった。
多分、そんな誤解は誰もしていないと思うけどね。
「大丈夫だよ。わたしの我が儘ってことは伝えてくれているのでしょう?」
「オレの口からな。だから、お前も伝えておけ。心配も、してくれてると思うぞ」
それは確かに……。
それに、連絡や報告を九十九だけに任せっきりっていうのも人としてどうかと思う。
わたしはここに来て、全然、余裕がなかった。
多分、いっぱい心配して貰ったし、迷惑もかけただろう。
「何より、栞の魔法が見たいそうだ」
その言葉で、わたしは完全に吹き出してしまった。
彼女たちのその目的は、あまりにも分かりやすい理由である。
「水尾先輩らしいや」
「真央さんもだとさ」
「ああ、そんな感じだね」
魔法に対する飽くなき好奇心は、あの魔法国家出身者の共通のものなのかもしれない。
それにしても、気のせいか。
歩いている時の九十九との距離が少しだけ、ほんの少しだけ変わった気がするのだ。
具体的には、ソフトボールの3号球1個分近くなっている。
大きいような小さいようなそんな微妙な距離だけど、手を少しだけ伸ばせば、指が触れてしまいそうなほどの距離で妙に緊張する。
いや、わたしが意識しすぎているだけなのかもしれないのだけど。
これまで、九十九との距離なんて、そんな気にしたこともなかった。
なんで、今頃になって、気になるんだろう?
既に3年も、彼はわたしの近くにいるというのに……。
「でも、魔法ってどこで使えば良い? 契約の間とか、宿泊先にはないよね?」
この世界の一般家屋にすらあると言われている契約の間ではあるが、流石に宿泊施設にまでは存在しないらしい。
「あの広場なら大丈夫じゃねえか?」
「ああ、なるほど」
確かにあの場所なら、大丈夫そうだ。
「まあ、それも、お前が平気なら……って話だけど……」
「大丈夫だよ」
一瞬、考えて、彼が何を気にしたのかを察する。
九十九は変な所で気を使いすぎると思う。
わたしの方は、もう、そこまで気にしていないのに。
「わたしは大丈夫だから、九十九は気にしないで」
気持ちの整理はとうに付いている。
眠ったふりをしている時に聞けたあの声は、ゲームで言う「ボーナスステージ」のようなものだと。
「そうか」
九十九がそう言った時、わたしの右手と彼の左手が触れた。
「「あ……」」
反射的に2人同時に手を引く。
「わ、悪い」
さらに、何故か謝られた。
「なんで、謝るの?」
わたしたちの手が触れたりするのは別に珍しくない。
確かに緊張してはいたけれど、よくよく考えたら、わたしは結構、九十九から手を握られている気もするし、それ以上のこともされてる。
「い、いや、なんとなく、嫌かな……と?」
しどろもどろになる九十九。
その辺りも気にしすぎだと思う。
先ほどまで、わたしがうっかり催淫効果によって「発情」したら、鎮めてやるとか言っていた人と同一人物とは思えない。
「いちいち、九十九は気にしすぎ!」
そう言って、わたしは自分から彼の手を掴んだ。
「おい!?」
「あなたから触れられるのが嫌なら、わたしはこんなことはしない。おっけ~?」
「お、おお」
わたしの行動に九十九は戸惑いながらも返事する。
妙に意識しちゃうから、どこかおかしな感覚になるのだ。
まあ、こんな状態も一時的なものだと思おうけど。
だが、困った。
自分から、握った手前、どのタイミングでこの手を離せば良いのか分からなくなってしまった。
だから、なんとなく、手を繋いで歩いている。
それでも、掴んだ九十九の手を、自分から離すタイミングを逃してしまったことはよく分かった。
いや、この「ゆめの郷」で、手を繋いでいる男女なんて珍しくないし、腕や肩を組んだり、もっとベタベタしたりしているカップルだっていっぱいいる。
だから、そんなに不自然なことではないのかもしれないけど、わたしは「ゆめ」ではないし、彼も「ゆな」ではない。
ごく普通の、なんだろう?
主人と従者って言うなら、こんな風に手を繋いで歩くのはおかしいよね?
でも、だからと言って、今更、手を離すのも何か違う?
「どうした?」
「いや、別に?」
しまった!
今、手を外すタイミングだった?
だが、反射的に返事をしてしまったので、もう遅い。
「そ、そう言えば、移動魔法を使わないんだね?」
それなら、この状態も不自然ではなくなるのに。
「ああ、今日は使うなって、兄貴が言っていたからな」
「今日は?」
何故に限定?
「ああ、今日だけ」
まあ、雄也さんのことだから、何か理由はあるのだろうけど。
「それにしても、手……」
九十九が繋がれた手を見る。
「あ!? は、外す!?」
「いや、もう少しこのままで良いか?」
そう言って、九十九が柔らかく笑った。
「ふおっ!?」
その意外な反応に、わたしは奇声を発し、目は丸くなったと思う。
「必要以上に手を握ることってないからな。少し、安心する」
「あ、安心?」
「ああ、安心する」
えっと?
この九十九は、一体、どこの誰でしょうか?
「あなた、本物?」
思わず、そんなことを口にしていた。
「いや、どういう意味だ?」
「九十九はそんなこと言うキャラクターではないから?」
「ひでえっ!!」
この反応は間違いなく九十九だし、漂ってくる居心地の良い魔気からも本人だと分かっているのだけど。
「いや、だって、そんな風に『手を握ると安心する』なんて、言ったことないよね?」
しかも、優しい顔をしながらですよ?
どう考えても、偽者、もしくはどこかで雄也さんと交代していても驚かない。
「こんな風に手を握るだけの行為を、あまりしたことがないからな」
「そうだっけ?」
「なんで、オレが意味なく他人の手を握らないといけないんだよ? もともとお前ぐらいだ。いきなり握ってくるのも」
言われてみると、そうかもしれない。
わたしが考えすぎだったようだ。
「でも、安心するの?」
「栞の体温は温かいからな。ホッとする」
また奇声を上げる所だった。
いや、流石に昨日からずっと口にされている「栞」って呼び方には慣れた気がするけど、なんとなく、九十九の様子がおかしい気がするのだ。
こう優しさ、いや、甘さがだだ漏れているような?
何があった?
そのきっかけとなる心当たりは、ああ、アレだ。
あの重い誓い。
そのせいで、あれからずっと、九十九のわたしに対する過保護っぷりに拍車がかかったような気がする。
でも、本当にそれだけ?
「どうした?」
考え事をしていた所に、九十九がわたしの顔を覗き込んできた。
「ふおぅっ!?」
「いや、どんな叫びだよ?」
「ビックリしたんだよ」
「見りゃ、分かるよ」
いやいや、絶対分かっていない。
凄く気を抜いている時に、好みの顔が目の前に現れるとか、本当に心臓が止まるかと思った。
それに、公衆の面前で、絶叫ともいえる悲鳴を上げなかっただけまだマシだと思うのですよ?
「驚かせるつもりはなかったけど、驚いたなら悪かったよ」
九十九がそう言って謝る姿すら違和感がある。
「九十九が素直過ぎて、気持ちが悪い」
「さっきから、酷いこと言いすぎてねえか?」
そうかもしれない。
でも、あの誓いをしてくれた後の九十九の態度に慣れないのだ。
いくら何でも、変わりすぎじゃないですか?
「九十九が、変わりすぎだからだよ」
「そうか? オレはいつも通りにしているつもりだけど……」
九十九が考え込んだ。
でも、いつも通り?
本当にいつも通りなのか?
わたしが意識しすぎなだけ?
「うん、無理だ」
九十九が不意に顔を上げる。
「な、何が?」
「どうあっても、これまでと同じには戻れん。オレの意識が変わったからな」
九十九の意識が変わった?
あれ?
変わったのは……。
「だから、悪いが、今まで通りは無理だ」
九十九はそう言いきった。
そうまで言われて、わたしも元に戻せとは言いにくい。
変わったからって、それが悪い変化というわけでもないのだから。
「頑張って、慣れるよ」
「そうしてくれ」
九十九は、またも優しく笑ったのだった。
ニヤニヤ回にしたかった。
でも、どうしてこうなった?
ここまでお読みいただきありがとうございました。




