表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1018/2797

あれ以上傷つけたくない

「ところで、お前に聞きたいことがあったんだが……」

「何?」


 相変わらず、食が細い栞に対して、オレはフレンチトーストのようなものを半分、手渡しながら、確認する。


「お前、深織といつ会った?」

「…………」


 オレの問いかけで、彼女の動きが分かりやすく固まった。


「初めて会ったのは、ここに来た直後だろう」


 それは間違いない。

 但し、人間界の時はカウントしないものとする。


 何故なら、人間界でこの甘い匂いを嗅いだ覚えはないからだ。


「だが、そこまで香りを感じる距離じゃなかっただろう? それなら、それ以降、二度目もあったんじゃないか?」

「あったよ」


 思ったよりもあっさりと返答された。


 それだけ、栞にとってはどうでも良いことかもしれない。


「そうか。そこで、何の話をした?」

「ソフトボールの話を少々?」

「…………」


 なるほど、既知であることは互いに気付いていたわけか。


「深織は、お前と同じ守備位置だったらしいからな」


 オレは知らなかったけれど、真央さんがそう言っていた。


 だが、オレが確認したいのはその話じゃない。


「それ以外も聞いただろ?」

「聞いたけど、内容については話せない」


 それはつまり、オレに関わる話なのだろう。

 そして、その内容についても聞いたと言うことか。


 頭が痛くなってきた。


「話さなくて良いよ。ただ、聞きたくはなかっただろう? そう言った話は……」

「…………」


 彼女は口を結んだ。


 それから、少しの間、表情を目まぐるしく変化させ……。


「仕方ないじゃない。聞くしかなかったんだから」


 そう結論を口にした。


 聞きたくはなかったけど、聞くしかなかったと栞は言う。


 それは……。


「拒否権の話は?」


 やはり、それを聞いていない可能性はある。


 主人でも、従者の全てを知る必要はないのだ。


「拒否権?」


 案の定、栞はその大きな瞳を瞬かせた。


「やっぱり、そこは聞かされてなかったか」


 オレは大きく溜息を吐く。


 深織がどんな意図でそれを伏せたかは分からない。


 だが、契約としてはよくない方法だ。

 あまりにも一方的過ぎる。


「ちょっと待って。アレって、強制的に聞かなければいけない話じゃなかったの?」

「オレも話に聞いた限りだけど。無理して聞かなくても良かったらしいぞ」


 少なくとも、真央さんはそう言っていた。


 それを鵜呑みにするわけではなかったから、兄貴にもトルクスタン王子にも確認したし、念のために管理部とやらにも問い合わせているから間違いはないだろう。


「それは、本当?」

「聞いた限りでは……」


 なんとなく、言いようのない迫力を感じた気がして、本当のことでもすぐに返答できなかった。


「なんで教えてくれなかったの?」

「いや、オレもその規定を知ったの、遅かったから」


 真央さんが言わなければ、恐らく、最後まで知ることもなかっただろう。


 それに、あの人がいなければ、栞が深織から聞かされた可能性が高かったことも知らなかったはずだ。


「つまり、あの苦行に耐えた意味、全くなし!?」

「苦行?」

「苦行だよ! 何が悲しくて九十九の話をあの人から聞かされなきゃいけないの!?」

「オレだって、聞いて欲しくなんかなかったよ」


 どんなマゾなら、惚れている女に、自分の初体験の話を聞かせたいと思うのか?


「ちょうどいいや。この機会に聞いておこう」

「あ?」


 なんとなく、栞の目が据わっている気がした。


 これは、とんでもないことをしでかす前兆だ。

 なんとなく、身構えて、心の準備をする。


「なんで、わたしの時と違ったの?」

「どういう意味だ?」


 栞の時と違った?


「わたしの時はじっくり時間をかけてたのに、なんでミオリさんの時は速攻型だったの!?」

「お前は、なんてことを聞いてくるんだ!?」


 オレの心の準備を、跡形も残らず吹っ飛ばすような爆弾を投げつけてきやがったぞ、この女。


 しかも、それを聞いてどうしたいって言うんだ?


「だって、しょうがないじゃない! 気になったんだから」

「そんなの知らん! 『発情期』中のオレに聞け!」


 思わず、そう叫んでいた。


「もう二度と聞けないじゃないか!!」


 二度と聞けないと断言されたってことは、深織とヤったことは間違いないらしい。

 こんな確認の仕方は嫌だが。


 そして、彼女の問いかけに対する答えは、オレの中にもある。


 栞の時は自分の意思があり、深織の時は意識がなかった。

 それだけの違いだ。


 だが、「速攻型」?


「速攻型……って、早かったってことか?」


 そこがかなり引っかかった。


「へ? えっと……、あまり余計なことをせず、強引で無理矢理とかなんとか……」

「ああ、そう言う意味か」


 もっと別の意味ではなくて良かったと安堵する。


 いや、自分では人並みだと思っていたが、比較対象がないからこればかりは分からねえ。


「オレ、覚えてねえんだよ」


 だから、強引、と言うより、目的達成を最短距離で突っ走った可能性が高い。


 深織。

 そんなやつの相手をして、お前の身体は大丈夫だったか?


 そこは少し気になった。


「は?」


 そして、聞き返される。


「その、えっと、ヤったこと」


 適切な言葉がすぐに出てこなかった。


 少し前の来島との会話も手伝って、単純で分かりやすい言葉しか頭に浮かばないのだ。


「まさか、『発情期』って、忘れちゃうの!?」


 その言葉に栞は少し、衝撃を受けたような顔をした。


 いやいやいや?

 深織と栞では意味も状況も違い過ぎる。


 確かに初体験は全く、頭に残っちゃいないが、それより前の栞とのことはその温もりまで明確に記憶している。


 まるで、身体と記憶の深い所であの出来事を大事に守るかのように。


「いや、深織の時は、『発情期』もあったけど、ちょっと暗示にかかった状態になっていて……」


 嘘は言ってない。


 あの時、深織の「言葉(めいれい)」で、オレは間違いなく催眠状態になった。


 だが、そのオレの台詞で、栞は分かりやすくその顔色を変えた。


「暗示って、九十九の意思は?」

「オレがその気になれなかったのが悪いんだけど……」


 実際、そう言う話だ。


 深織の媚薬時点で、しっかり誘惑されていれば、少しぐらいはその状況も記憶にも残っていただろうし、もう少し、行為に付いても考えただろう。


 いや、そこは別に良いんだけど。


「ちょっと待って! それって、無理矢理、その気にさせられたってこと? 信じられない!!」


 栞が分かりやすくその怒りを露わにした。


 基本的に彼女は、自分のことより他人がされたことに対しての怒りが強い。

 そして、何より、オレのために怒ってくれることがたまらなく嬉しかった。


「……と言うか、九十九は怒って良い! 寧ろ、怒るべき!!」


 拳を振りかざして、顔を真っ赤にする可愛いオレの主人。


「いや、怒らないよ」

「なんで? 自分の意思とは無関係なことを強制的にされたんだよ?」

「そのおかげで、オレはまたお前の傍にいられるからな」


 アレ以上、傷つけることもしなくて済んだのだ。


「九十九はおかしい」

「待て、こら?」


 何故そんな結論になった。


「あの重い誓いといい、九十九は、人生全てをわたしに重点、置きすぎだよ」


 重いってはっきりと言いやがった。


 だけど……。


「仕方ねえじゃねえか。お前が、オレの人生の全てなんだから」

「ぐふっ!?」


 なんか、今、自分の好きな女から、RPGのラスボスが死ぬ時のような声が聞こえてきたのは気のせいか?


 だけど、仕方ない。


 あの日、大粒の涙を見た出会いから、オレはこの娘のために生きると思ったのだ。


 そして、人間界で再会した時から、二度と失うものかと思って、ようやくその想いの根幹に気付いたのがごく最近。


 人生18年経ったが、その八割がこの女のためにあるのだ。

 そう認めざるを得ないだろう。


「そ、そう言うのは、九十九の未来の奥さまに言って差し上げて?」


 そして、容赦ない斬れ味で返す。


「そうだな」


 あまりの眼中のなさにオレは笑うしかなかった。


 オレが、この女と結ばれることはない。


 だが、この女が誰かを選ぶまでは、その横に立つことを許して欲しいと願うしかないのだった。

この話で、57章は終わりです。

次話から第58章【手前勝手な話】です。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ