最上級の信頼と対象外
「お前が『発情』したら、オレが鎮めるしかないだろ?」
「ふ……?」
オレの言葉に、栞の目が点になった。
「『発情』って個人差もあるけど、治まるのに時間がかかるんだよ。その上、その間、かなりつらい。言葉は悪いが、ヤれば、落ち着くはずだ」
言葉を選ぼうとしたが、適切な言葉が見つからなかった。
実際、「催淫性」のあるものの目的は「ヤる」ことだ。
まあ、発情期のようにたった一回で鎮まるかはモノによるだろう。
そんな役目。
他の野郎にさせる気はない。
だが……。
「お前が、他にしたい男がいれば、そいつに譲るけどな」
なんとなく、赤い髪の男の顔が思い浮かんだ。
女慣れしていないどころか、貴重な一度目を全く覚えてもいないオレよりは、回数をこなしているであろうヤツの方を彼女も望むかもしれん。
最後までしなくても、鎮めることができる可能性もあるが、それに近しいことをした時点で、大半の男は途中で止まらんだろう。
オレのように、制限がない限り。
「いや、そこは譲らないでよ」
「は?」
一瞬、何を言われたのか分からず聞き返す。
「わたしの心も身体も護るんでしょ? だったら、簡単に譲らないでよ!」
いや、確かにそうは言ったけど……。
「お前さ、自分で何を言ってるか、分かってる?」
これはかなりの殺し文句だ。
オレは致命傷を負ったかもしれん。
しかし、当人にその自覚がなければ、意味もない。
「ふわああああああああああっ!?」
そして、やはり顔を真っ赤にして絶叫し、オレから距離をとる。
ちょっとだけ傷つくな、この扱い。
オレは猛獣か?
いや、似たようなものか。
「い、いや、でも、そんなの九十九が嫌だよね?」
小動物が物陰から様子を窺う図に見える。
「別に」
「はいっ!?」
オレの言葉が意外だったのか、栞は短く叫んだ。
そんな様も小動物のようだ。
「嫌な相手に『発情期』で反応するほど、オレも無節操じゃねえよ」
そこまで節操なしだと思われていることは心外だった。
彼女に想いを告げる気など勿論ないが、決して、対象外ではないということぐらいは伝えておかないと、恐らく、今後、オレの心臓がもたない。
自覚する前ならともかく、自覚した後だ。
無防備すぎる彼女を前に、理性を総動員させて、本能の我慢大会が何度も脳内で開催されても困る。
「少なくとも、一応、女として見てるからな」
だが、どうしても予防線は張ってしまう。
「一応」、どころか、これ以上ないぐらいに意識しているというのに……。
「え? でも、アレって、『発情期』だったから、ってことでしょう? 普段の九十九じゃ……」
それはどういう意味だ?
オレはヘタレだから、手を出せないとでも?
確かにヘタレは認めるしかないが、大義名分さえ手に入れば、遠慮する気はあまりねえぞ?
「だから、自覚しろって言ってるんだよ。お前は女でオレは男だって」
「九十九は、わたし相手でも、その気になる?」
なる!
上目づかいで、そんな今更なことを確認されたので、思わず、全力で即答しかかったが、自重する。
「お前、一度、オレから押し倒されているのに分からんのか? 既に組み敷かれて、圧し掛かられて、さらには身体を弄られているのに、オレにもそんな感情があると理解できないのか?」
「~~~~~っ!?」
既に経験があるからか、容易に想像できたのだろう。
いや、これは思い出したというべきか?
栞は一瞬で顔が真っ赤に染まった。
「だから、気を付けてくれって頼んでるんだ。オレだって、お前に邪な感情を抱きたいわけじゃねえ。それでも、お前が女の自覚に欠けるような行動をしていたら、危険がないとは言いきれねえんだよ」
「き、危険……?」
「お前、オレが健康な身体を持っている年頃の男だって自覚もねえな。人並みに興味、関心はあるし、肉体的な欲求もある」
「肉体的な欲求って……」
栞は少し考えて……。
「九十九のえっち~~~~~~っ!!」
顔を紅く染めたまま、とんでもないことを叫ばれた。
ここ、防音の結界はなかったはずだが……。
ああ、でも、近隣の建物に人気はなかったな。
「いや、お前、男にそんな感情や欲求がなければ、人類はここまで発展してはいないからな?」
一回ヤれば終わりの「発情期」だけで、ここまで発展していたら、人類、繁殖力高すぎだろう。
「そ、それでも、九十九だけは違うって思ってた!!」
どんな理論だ?
「無茶言うなよ。お前はオレに人間を止めろと?」
何よりそんな形の特別扱いは嫌だ。
それも、惚れた相手から。
「お前が阿呆なことをやらなきゃ問題ないんだよ」
オレは溜息を吐く。
無意味に警戒させたいわけじゃない。
自覚して欲しかっただけだ。
「阿呆なこと?」
紅くなった両頬を押さえたまま、栞は問い返す。
個人的にはそんな顔している時だと言ってやりたいが、これぐらいで反応していると思われるのも心外だ。
いや、栞はどんな顔をしても可愛いし、抱き締めたくなる生き物だから、オレは悪くない。
「薄着でうろうろするとか」
「流石にそんなことはしないよ」
確かにそこまで無防備じゃないな。
寧ろ、露出はしない方だ。
そこも好ましい。
「スカートのまま、崖からダイブして、スカートを広げるとか」
「うおぅ」
実際に過去にあったことを指摘すると、顔を紅く染める。
いや、真面目な話、崖からスカートでダイブして、その気になる男は逆にいないとは思うが……。
「何より、男の布団に潜り込むな。しかも盛大に寝惚けやがって」
「いや、あれは仕方なくない?」
「過程じゃなくて結果の話だ。男の布団に入り込むのは本当に止めてくれ。オレの心臓に悪い」
いや、オレ以外の男には絶対するな!
「多分、九十九ぐらいしかしないよ。雄也さん相手でも無理かな」
少し、考えて、オレの心を読んだように栞はそんなことを言った。
「は?」
「九十九の傍は安心するから、つい、眠くなっちゃうんだよね」
「嬉しくねえ」
護衛としては最上級の信頼で、男としては対象外ってことだ。
「ごめん、ごめん。ちょっと気を付ける。そっか。九十九の心臓に影響を与えちゃうなら気を付けなきゃ」
そう言いながら、何故か彼女は口元を緩ませた。
「出会った頃は『幼児体型』とか、『凹凸がない』とか散々、言われたのに」
3年も前のことを根に持ってやがった。
確かに言った覚えはあるけど……。
「いや、この場合、凹凸あまり関係ないからな」
「そうなの? でも、男の人って胸が大きい方が良いんじゃないの?」
「人による。オレはそこまで拘らん」
寧ろ、そこまで大きくない方が好みだと、最近知った。
「そ、そんなきっぱりと言われたって」
また顔が紅くなる。
「それに、あの頃はともかく、今のお前は十分、凹凸あると思うぞ」
あの頃も大きいわけではなかったが、ないわけではなかった。
それに最近、直接、触って確かめたから間違いない。
実に手ごろな大きさだと思う。
「なっ!?」
さらに紅くなった。
何故か自分の身体を隠すように両腕で抱え込む。
おいおい、それは逆効果だ。
かえって扇情的に見えるポーズだぞ。
「つ……、九十九のえっち」
顔を真っ赤にして、上目遣いで、咎めるような声。
本人は精いっぱいの抗議かもしれないが、オレにとってはただの可愛さアピールにしか見えない。
若宮から、カメラを預かれば良かった。
なんとなく、「高田の可愛い姿を収める」とでも言えば、あの女なら喜んで貸してくれそうな気がする。
「そうそう。男はえっちな生き物なんだよ。だから、自覚してくれ」
「ぐぬぅ」
唸り声をあげる小動物。
「きょ、恭哉……、いや大神官さまも?」
よりによって、その人の名を上げるか?
だが……。
「『発情期』が定期的に来ているのだから、当然だろ?」
「いやあああああああああっ!!」
耳を塞ぎながら、女性らしい叫び。
おいこら、この女。
オレの時より、ショックを受けてねえか?
「大神官猊下も男だからな?」
「分かってる。分かってるけど、あの人はそんな穢れた存在でいて欲しくなかった」
「穢れたって……」
酷い言われようである。
そして、なんとなくだが、あまり表情が変わらないはずの大神官が苦笑する姿が見えた気がした。
若宮はこんな思考ではないと思うが、この女の親友だからな。
その辺りは分からんな。
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