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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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禁断の果実

謹賀新年。

今年もよろしくお願いいたします。


今年最初の投稿です。

 目が覚めた時、オレは自分の迂闊さを呪いたくなった。


「昼食ぐらいは準備したかったのだけど……」


 そう言って、栞は済まなそうな顔をする。


 厨房に特に変化はなく、いくつかの根菜と、妙に甘い香りを放つ果物が転がったままだった。


「いや、手を出さなくて正解だ」


 オレはその中から、甘い香りを放つ果物を手に取る。


 いろいろあったとは言え、いくら何でも、コレを出しっぱなしにしていたのは反省すべき点である。


 厨房に栞が立ち入ることは考えていなかったせいもあるだろう。


 基本的に、彼女はオレに任せてくれるから。


「その果物、何? 初めて見る気がするけど……」


 オレの手にある果物を指しながら、彼女は尋ねる。


 珍しい果物だ。

 確かに気になるのは仕方ない。


「ここの特産だからな」


 一度、凍らせた後、自然解凍させた上、芯までしっかり熱を入れれば、甘くて美味しいだけの果物だ。


 凍らせる時に特別な制限はないが、解凍する時だけは、魔法で融かしてはいけないらしい。


 確かに時間はかかるが、処理はそこまで面倒ではないし、それなりの価値がある味になるそうだ。


 だが、この果物は「ゆめの郷」の特産である。

 処理を間違えれば、とんでもない効果を発揮するのだ。


 自然解凍させるために、うっかり出しっぱなしにしていたことがいけなかった。

 いや、せめて、目に付かない場所に置いておくべきだった。


「特産? ここで作っているってこと?」

「いや、ここでしか売れないってことだ」

「何故に?」


 さらに聞くとか。


「催淫性を引き起こす果物なんだよ」


 だが、聞かれた以上、答えてやる。


 注意する意味でもこの特性は知っておいた方が良いだろう。


「催()性?」

「眠るなよ」


 そっちならどんなに良かったことか。


「催()性。まあ、強制的に『発情期』のような状態を起こさせるもの……だな」


 しかもこれは、男女に関係ないらしい。

 試したことはないから分からんし、試す気などなかった。


 単純に食材として興味があって、いくつか購入しただけだった。


「また『発情期』になりたいの?」

「阿呆。なんでそんな苦行を負わなきゃいけないんだよ。これは食材として美味いって聞いたから買ったんだ」

「食材?」

「魔法を使わずに自然解凍させないといけないんだよ。良かったよ、お前がうっかり切らなくて」


 尤も、その催淫効果はそこまで高くないらしい。

 それでも、未経験者ほどその感覚に慣れていないために抗いにくいとは聞いている。


 起きたら、いきなり、息を荒げ、顔を紅潮させた栞がいた可能性があるのだ。


 流石に、自覚した今。

 そんな状態の彼女に手を出さずに我慢できる自信はない。


 本当に危ない所だった。

 惜しい所だったかもしれんが。


「魔界の食材にそんな無謀は出来ないよ」

「それは良い心がけだ」


 是非、今後もそうしていただきたい。


「でも、美味しいの?」

「おお。処理さえ、誤らなければかなり美味いらしい」

「…………」


 栞の目はこの果物に釘付けだった。


 効果を説明したせいか?

 いや、そっち方面に対しての好奇心はそこまで強くなかったはずだ。


「なんとなくだけど、この香りに覚えがある」

「は?」


 だけど、栞の口から出てきた言葉は意外なもので……。


「『ミオリ』さんの香りに似ている気がする」


 そんなとんでもないことを口にしたのだった。


****


「あ、おはよ~」


 九十九が目を覚ましたようなので、声をかける。


 彼は、「おはよう」と一言だけわたしに言って、そのまま、まっすぐ台所に向かった。

 流石は、主夫だと思う。


「昼食ぐらいは準備したかったのだけど……」

「いや、手を出さなくて正解だ」


 九十九はそう言って、甘い匂いを放つ果物を手に取った。


「その果物、何? 初めて見る気がするけど……」


 食事の準備をするのに、お邪魔だと思うけど、どうしてもこれだけは確認しておきたかった。


「ここの特産だからな」

「特産? ここで作っているってこと?」


 確かに、同じ大陸内にあるカルセオラリアやそれ以外の場所でも見た覚えはない。


「いや、ここでしか売れないってことだ」

「何故に?」

「催淫性を引き起こす果物なんだよ」

「催眠性?」

「眠るなよ」


 いや、そう聞こえたから仕方ないじゃないか。


「催淫性。まあ、強制的に『発情期』のような状態を起こさせるもの……だな」


 強制的に「発情期」を引き起こす?

 ああ、「催淫」ってことか。

 つまりは、媚薬みたいなものだろう。


 この「ゆめの郷」らしくて、思わず、警戒したくなる。


「また『発情期』になりたいの?」

「阿呆。なんでそんな苦行を負わなきゃいけないんだよ。これは食材として美味いって聞いたから買ったんだ」


 あっさりと否定する。


 そして、料理青年はどこまで行っても料理青年だった。

 そのことにホッとするが……。


「食材?」


 そこに疑問がなかったわけでもない。


「魔法を使わずに自然解凍させないといけないんだよ。良かったよ、お前がうっかり切らなくて」


 九十九は溜息を吐いた。


「魔界の食材にそんな無謀は出来ないよ」

「それは良い心がけだ」


 でも、そんな厄介なものをここに出しっぱなしにしておく方が悪い。

 せめて、何か言っておいてほしい。


 わたしがうっかり切っていたら、もしかして、えっちぃ状態になっていたのだろうか?


 そんな自分の想像が、今なら、できなくもないか。

 九十九やソウに流された時のような感覚なのだろう。


「でも、美味しいの?」

「おお。処理さえ、誤らなければかなり美味いらしい」


 なるほど……。

 どこまでも彼は料理人だった。


 多少の危険を孕んでも、食材に対する好奇心が抑えられないのだろう。


 わたしなら、処理を誤っただけで面倒なことになる食材はご遠慮願いたい。

 でも、それだけなら、本当に良かった。


「…………」


 わたしはじっと、その果物を見つめる。


 なんとなく、嫌な気配。


 いや、嫌な思い出と重なる。


「なんとなくだけど……、この香りに覚えがある」


 気のせいかと思ったし、気のせいだと思い込みたかった。


 でも、駄目だ。


 九十九に、()()()()()()()()()()()()()


「は?」


 九十九が目を丸くしたのが分かる。


「『ミオリ』さんの香りに似ている気がする」


 初めて、彼女に会った時。


 こんな香りを身に纏っていた。

 そして、わたしの部屋に現れた時も。


「深織の……?」


 そう言いながら、その香りを改めて嗅ごうとするから……。


「催淫性があるものの香りって大丈夫なの?」


 少し、棘が入った言葉となった。


「オレは、ある程度、毒を含めて薬効耐性があるんだよ。兄貴に慣らされたからな。体調が万全で、『発情期』のように精神が乱れてなければ、これぐらいのものは大半、効かん」

「そ、そうなのか」


 なるほど。

 彼は大丈夫だから、食材として購入したのか。


 しかし、雄也さんに慣らされたって、一体……。


「でも、お前はあまり近付くなよ? これで、お前がうっかり『発情』したら、目も当てられん」

「ふへ?」


 わたしが、「発情」?


「催淫性に男女は選ばんってことだ」

「ひえええええっ!?」


 そ、それは困る。

 なんて果物なんだ、それ。


「お前が『発情』したら、オレが鎮めるしかないだろ?」

「ふ……?」


 今、何と、言いました?


「『発情』って個人差もあるけど、治まるのに時間がかかるんだよ。その上、その間、かなりつらい。言葉は悪いが、ヤれば、落ち着くはずだ」


 未経験者相手に、なんてことを言うんだ。


 ああ、でも、それは分かりやすい。

 あの時の九十九の状態を思い出せば、よく分かるじゃないか。


 「発情」中が()()()()()()()()……なんて。


 つまり、これは彼の経験談。

 この上ない説得力だ。


「お前が、他にしたい男がいれば、そいつに譲るけどな」

「いや、そこは譲らないでよ」

「は?」


 九十九の言葉にわたしは、反射的に返答した。


「わたしの心も身体も護るんでしょ? だったら、簡単に譲らないでよ!」

「お前さ、自分で何を言ってるか、分かってる?」


 九十九から冷静に指摘されて、自分の言葉を反芻する。


「ふわああああああああああっ!?」


 な、なんてことを言ったんだ?


 今の話だと、九十九なら良い、いや、九十九()良いってことじゃないか!!


「い、いや、でも、そんなの九十九が嫌だよね?」


 恐る恐る確認する。


「別に」

「はいっ!?」


 九十九から出た言葉はわたしにとっては、意外過ぎる言葉で、一瞬、頭が真っ白になりかけた。


「嫌な相手に『発情期』で反応するほど、オレも無節操じゃねえよ」


 そう言った彼は、どんな顔をしていただろうか?

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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