届けられる声
今年最後の投稿となります。
「お前は良かったのか?」
そう確認するために、オレはどれだけの勇気を振り絞っただろうか?
自分の声が震えなかったことにホッとした。
なんとも情けない話だ。
「何が?」
だが、そんなオレに対して、栞はきょとんとした顔をする。
「その、来島と話さなくても……」
「別に良いよ」
オレの言葉に遮るように、栞は強く言い切った。
そして……。
「もう、大丈夫だから」
その顔にも言葉にも迷いも嘘も見られない。
「だけど……」
「昨日、あれだけ泣いた。それですっきりした。それで、おしまい!」
意外なほどすっきりとした声で返答される。
「お前はそれで良かったのか?」
「うん。多分、ソウも、同じように言うと思うよ」
その言葉に少しだけ苛立つ自分がいる。
知らない間に築かれた信頼関係。
オレはここまで、彼女に信じられているとは思えない。
いや、信頼はそれなりにあると思っている。
あんなことがあっても、彼女はオレを傍に置いてくれた。
だけど、彼女はどこまでオレに曝け出してくれているのだろうか? とは思う。
少なくとも、オレがいなくなったぐらいで、あそこまで我を忘れたような泣き方はしてくれないだろう。
「お前が良いなら、オレは気にしないけど」
それでも、再び会う道を選ばなかったことは素直に喜ぼう。
あの赤い髪の男には悪いけど。
「いや、九十九ぐらいは気にしてあげたら?」
だが、栞は奇妙なことを言う。
「なんでだよ?」
「いや、だって、『好き』とか、『愛してる』とか言われてたじゃないか」
「…………」
ちょっと待て? この女。
あの時の、あの言葉を、そんな素直に解釈をしたのか?
流石に、これではあの男があまりにも救われない。
「来島~、やっぱり全く伝わってねえぞ~」
なんとなく、同情したくなった。
「アレはお前宛だ」
「ほ?」
案の定、栞は目を丸くした。
「寝たふりしているお前に直接言うことができなかっただろ? だから、ヤツは、オレに伝言って形で伝えたんだよ」
「いや、ちゃんと九十九宛だと思うよ?」
「お前な~、まだ言うか」
少し考えて、出たその結論は可笑しいだろう?
「いやいや、九十九はソウからぎゅってされたでしょう?」
「あれはそう言う意味の抱擁じゃねえ!」
男同士の抱擁をそんな風に捻じ曲げた解釈をするなよ。
学生生活だって、スポーツとかだって、普通に抱き合っていたぞ?
だが、オレの険悪な雰囲気を察したのか、これ以上、彼女は余計なことを言うのを止めた。
「それで、お前はこれから、どうしたい?」
「ん~」
栞は少し考えて……。
「あの宿にはやっぱり帰りたくない」
そんな結論を口にした。
来島と会話して、この「ゆめの郷」の隠された結界の機能について知った。
だから、オレとしても、その方が良いと思うが……。
「それは理解してる。そうなると、このままここで過ごすか?」
「うん」
「…………」
こいつ、何も分かってねえ。
その結論は、オレに我慢を強いると言うことに。
この宿は、他の場所と違って、そこまで結界が強くない。
だから、先ほどのように侵入者を簡単に許してしまうのだ。
つまり、この女を一人にしておけない。
だが、同時に、それは、オレの同室を意味する。
役得ではあるのだが、続くのは割と辛い。
男として……。
「何?」
「いや、なんでもない」
オレは首を振る。
「それなら、オレはもう少し寝て良いか?」
「ああ、うん」
ちょっと本格的に頭を整理して、体力を回復させよう。
中途半端だと、ろくなことを考えない。
「紙と筆記具をくれる? 絵でも描いてるから」
「外に出るなよ?」
分かっているとは思うけど、念を押す。
「あまり、好奇心で出たい場所じゃないな」
流石にいろいろ遭ったために、栞もそんなことを口にする。
「出る時は呼べ。起きるから」
「うん、ありがとう」
その微笑みを信じよう。
寝る前に良いものを見た。
このまま何も考えずに眠れば、良い夢を見ることができそうな気がする。
****
『良い御身分だな』
白い霧の中で、いきなり背後からそんな声を掛けられた。
振り返ると、見飽きた、いや、見慣れた黒髪の男の姿が目に入る。
「兄貴か」
ここは、明らかに夢の中だ。
そして、兄貴は夢の中に入ることができる。
その距離は半径10キロ圏内。
この「ゆめの郷」にいる人間の夢の中なら、大半は入り込めるだろう。
但し、夢に入るのは条件があるらしい。
その条件について、細かくは教えてもらっていないのだけど。
「報告はしているだろう?」
念のため、通信珠で報告は定期的に入れている。
そこで許可されている以上、咎められる筋合いもない。
『阿呆。魔法国家の王女殿下たちの怒りを考えろ』
「あ~」
確かに、栞には許された。
だが、彼女たちは許していないだろう。
何より、水尾さんのメシ……、提供してねえ。
「主人である高田が帰りたくないって言うんだ。どうしろと?」
『せめて、一度は顔を出しておけ』
「承知しました、おに~さま」
だが、そんなことぐらいで、兄貴がわざわざ夢を使って話しかけてきたとは思えない。
この魔法は、かなりの魔法力を使うのだ。
これぐらいの連絡事項なら、通信珠でも十分だろう。
だが、通信珠は機械国家の作品だ。
使うと、どこかで傍受される可能性がないとは言いきれない。
つまり、どうやら、聞かれたくない話があるらしい。
『まず一つ。この『トラオメルベ』の結界についてだが、トルクスタンは知っていた。効能は気分の高揚しやすくなり、感受性が強くなるそうだ』
「それだけか?」
来島は他にも気になることを言っていた気がする。
『他には、肉体的な感覚が鋭敏になり、少しの刺激でも多幸感を得るため、人によっては、依存性が強くなるとも言っていた。まあ、依存を含めた常習性については、体内魔気が強い貴族なら防げる程度らしいが……』
「どこからどう聞いても、ただの麻薬じゃねえか」
『この世界に薬物依存の知識はないからな』
兄貴は溜息を吐く。
薬物を一切、使っていないのに「薬物依存」という言葉は不思議な気がしたが、言い得て妙でもあった。
「兄貴は知っていたのか?」
『俺は結界の知識は専門的ではない。確かに、違和感はあったが、まさか張られた結界にそのような効能があるとは気付かん。ある程度は体内魔気の自動防御が弾いているなら、尚更だ』
どうやら、兄貴も気付いていなかったらしい。
オレだけじゃなかったことに、少しだけほっとする。
「トルクスタン王子は知っていて、何故、ここを指定したんだ?」
理由によっては、少しばかり問い詰める必要が出てくる。
『ここは、「ゆめの郷」の中ではまだマシらしい。分かりやすく極度の催淫効果と激しい興奮作用しかない快楽のみに特化した「ゆめの郷」もあるらしいぞ』
「うへぇ」
聞くだけでげんなりする効果だ。
『土地ぐるみで商売しているような場所だからな。まあ、ある程度は仕方ない。それにここを利用するところまで追い詰められた結果だ』
『まあ、女性連れだからな。まさか、こんなに長居することになるとも思っていなかったそうだ』
「つまりは、オレのせいか?」
『そうなるな』
「じゃあ、とっとと出るか?」
栞のためにはその方が良い気がした。
『いや、栞ちゃんに少し気になる点がある。魔力の揺らぎは落ち着いたが、精神的なものだ』
精神的なもの……。
それはなんとなく、オレも感じていた。
妙に不安がっている部分があると言うか……。
でも……。
「ここから出れば、解決するんじゃねえか?」
つまりはそう言うことだろ?
『阿呆。ここの結界は、元あるものを増大させる効果があるだけだ。だから、その感情は、何もない所から生まれたものではないだろう。つまり、その原因を取り除いておきたい』
「取り除く?」
兄貴は、それが分かっているのか?
『ああ、だから、今。お前に接触した』
「あ?」
どういうことだ?
『分からないか? つまり――――』
兄貴はそう言って、オレにあることを伝えたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
よいお年をお迎えください。




