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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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次などありえない

「どうせなら、九十九の瞳が開いているところを描きたいのだけど……」


 九十九が起きている時に頼めば、また彼は不機嫌な顔になるだろう。


 この状況だけで満足するしかない。


 以前、セクハラしまくったツケがまだ響いているらしく、彼はなかなかモデルを承諾してくれないのだ。


 確かに上半身裸の状態でペタペタと触り捲ったことは、今となっては反省している。

 流石に、未婚女性として、アレはない。


 でも、「発情期」中に、九十九にからされたことを考えれば、アレって十分、お釣りが来るぐらいだと思うのですよ?


 あんなに激しいことはしていない。


 わたしは精々、自分の頬を九十九の身体にくっつけただけだった。


 あの時、ここに眠っている九十九が怯えるわたしに対してどれだけのことをしてくれたことか。


 あの時のことを思い出すだけで、この顔だけではなくこの全身が発火してしまいそうになる。


 いや、うん……。

 ねえ?


 ソウの手から与えられた、口の両端が裂けるような痛みほどのものはなかったが、少なくとも、床ですっころんだ時に生じる摩擦による痛みに近いモノはあったのだ。


 アレは本当に、思わず、叫びたくなるほど痛かった。

 実際、ちょっとだけ我慢できなくて、「痛い」って言っちゃったけど。


 それでも、ソウほどじゃなかったか。

 あの人、本当に強く口を引っ張ってくれたから。


 だけど、九十九から凄く怖い思いをさせられたからとか、叫びかけるほど痛みを与えられたからと言って、それを今更、掘り起こす気など全くない。


 まあ、これまでの人生で全く知らなかった感覚や、それに伴う感情も知ることもできたわけだし。


 でも、そうだね。


 できれば、()()()()()()()()()()()()()()()……、とは思うけど。


「……って?」


 次ってなんだ?

 次なんかあるわけがない。


 あれは「発情期」だから、起こった症状、言わば()現象で。


 その恐れが全くなくなった以上、九十九がわたしに対して、そんな感情を抱くはずがないのだ。


 つまり、「次」などありえない。


「今、わたし、何、考えた?」


 知らず知らずのうちに欲求不満ってやつになっていたのだろうか?


 いや、頼めば、九十九も雄也さんも、わたしが相手でもそんな欲求不満の解消を引き受けてくれる可能性はある。


 尤も、九十九は、かなり嫌がりそうだけど。


 最悪、「絶対命令服従魔法(めいじゅ)」などと言う、相手の意思すら無視した行為も可能だ。


 だけど、それって何か違うよね?

 そこにあるのは恋愛感情ではなく、身体だけの関係ってやつになるからだろう。


 漫画でそんな話を見たことはあるけど、自分がそれをしたいかと言えば、答えは絶対に「NO」だ。


 そう言ったことをするなら、わたしは好きな人に想って想われたい。


 勿論、年頃なのでそういった行為に対して、全く興味がないわけでもないが、ここ数日、起きたアレやコレで、もうちょっとその辺りを慎重に考えるべきだとは思えた。


 確かに肉体的な快楽は、一時的に得られるかもしれないが、それ以上のモノを得られる気はしない。


 そこにあるのは人の感情と、いろいろ面倒な他人の事情だ。

 それを、強制的にぶち壊すのはかなり良くない。


 それに、苦しい思いをしていた九十九が、守ってくれたものだ。

 そう簡単に失って良いモノではないことも理解した。


 まあ、ソウみたいな物好きではない限り、わたしみたいな女に女性としての興味を持つ者なんていないだろう。


 女性としても身長は低い。

 胸はなくはないけど、大きくもなく中途半端。


 魔界の常識が少ないため、性格は変わり者にしか見えない。


 確かに、「聖女の卵」としては、価値があるかもしれないけど、普通の「高田栞」を見てくれる人は少ないとは思っている。


 九十九から伝えられた「魔名(ほんみょう)」は、古の聖女の名と、中心国の国家名が入っていた名前だった。


 それも公言しなければ、今まで通り、露見することはない。


 誰にでも分かるのは魔力の強さだが、かなりの法具や魔法具で隠しているため、それを見抜く人も少ないだろう。


 そして、魔法は、最近、それっぽいのが使えるようになったけど、まだ魔法国家の判定を受けていないために、それを魔法と言っていいか分からないので保留。


 こんな女に誰が惹かれると言うのか?


 まあ、世界中を探せば、ソウみたいな人に出会うこともあるかもしれないけど、わたしがその人で良いかは分からないのだ。


 人間関係って難しいよね?


「ふむ」


 そんな風にいろいろ考え事していても、筆は進むらしい。


 わたしは一度手を止めて、描いた絵を床に並べた。

 特にこの九十九はよく描けた気がする。


 写実画ではないため、髪型などの特徴はあるものの、別人に見えてしまうが、それでも自分にとっては九十九にしか見えない「黒髪の()()」。


「モデルがいるかいないかってこんなに違うものなんだね」


 わたしは溜息を吐く。


 想像だけでは限界があるが、モデルがいるだけで描けるものが増える。


 しかも、ずっと近くにいるのだ。

 そのために、目を閉じても、その表情すら思い浮かんでくるようになっている。


 何年か経てば絵柄も技術も変わって、今の自分の絵なんか羞恥のあまり、埋めたくなることもあるだろう。


 それでも、今の自分にとっては最上のものだった。


 少なくとも、人間界にいた頃には、こんな絵が描けたとは思えない。


「……っと」


 気付くと、日は最も高い位置にある時間。


 そろそろお昼ご飯の準備をした方が良いかもしれない。


 でも、彼を起こしたくはないな。

 台所を確認すると、幸い、彼が朝食で準備した食材がいくつか出たままになっていた。


 彼も少し、気が抜けていたのだろう。


 九十九は根っからの主夫っぽいけど、特に気遣わないで良い食材については、時々、片付けを忘れることがある。


 掃除が苦手と言うのは本当らしい。


「まあ、何でも完璧にされては、女性として自信をなくすから、これぐらいで丁度良いけどね」


 そう言って、手に取る。


 九十九が良く使う見たことある食材と、甘くて頭が蕩けそうな香りを放つ、見たこともない果物。


 さて、どうするべきか。


 魔界で知識のない食材を扱うのはかなりのチャレンジ精神を必要とする。

 いや、どちらかと言えば無謀と称されるものだろう。


 だが、不思議なことに、九十九は初めて扱う食材であっても、失敗が少ない。


 初めての食材を使って、作る料理を先に決めてしまうと、それに近づけようとするためか失敗は増えるが、それでも、普通の人よりはずっと少ない方だと思っている。


 これって、実は、情報国家の王族の血を引いているから……、なのだろうか?


 こう見えても、九十九には情報国家の王族の血が流れているらしい。


 あの日、雄也さんからそう聞いていたけど、雄也さん自身はともかく、九十九からはその血を感じることは少ない。


 ……とは言っても、わたしが知る情報国家の人間は、あの顔が整いすぎている金髪の国王陛下ぐらいだ。


 他にも様々なタイプの人がいても可笑しくはないだろう。


 わたしは再び、食材に向き合う。


 そして、素直に諦めた。


 この甘い匂いがする果物を切ることぐらいはできそうだが、切り方によって、状態変化を起こすタイプの食材もある。


 下手なことをして九十九を怒らせたくはないし、食材を無駄にしたくもない。


 でも、気のせいか、この香り……。

 どこかで嗅いだことがある気がするんだよね。


「彼が目覚めるまで待ちましょうかね」


 そう思って、再び絵を描き始めた。


 そして、その判断は正解だったことを後で知る。


 忘れてはいけない。

 ここは、甘美と多幸に包まれた夢を見るための「ゆめの郷」。


 人の心を唆す、甘い禁断の果実は、知らないだけで、実は、あちこちにあるらしいとわたしが知るのは、九十九が目覚めた後だった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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