届けられた想い
いろいろぐるぐるしていた。
でも、我慢。
そこにある様々な感情が伝わってきたけど、そこに割り込むことはできなかった。
わたしが、目覚めれば、恐らく、彼はすぐにそこから立ち去っただろう。
だから、言いたいことがあっても、聞きたいことがあっても、ずっと身体を固めて、耐えたのだ。
彼らの邪魔をしたくはなかったから。
だけど、そんなことは始めからわたしの護衛にはお見通しだったようで……。
「お前も、ちゃんと聞いてたよな、栞」
来島の気配が消えた後、あまり時間をおかずに、そう声をかけられた。
うぬぅ。
やはり気付かれていたか。
体内魔気には気を使ったつもりだけど、自分の寝ている状態って正直なところ、よく知らないのだ。
ずっとわたしを見ているこの人なら、違和感に気付くことだろう。
有能過ぎる護衛は、こんな時、本当に困るね。
「聞いていたよ」
そう答えながら、ムクリと起き上がる。
誤魔化したところで、しっかりバレているのだ。
それに逃げ場もないだろう。
「おはよう」
「……おはよう」
起き抜けに、好みの美形の微笑み。
普段ならご褒美かもしれないけど、状況的に喜べない。
その笑みに、雄也さんと似た種類のものを感じる。
「よく眠れたか?」
「眠らなきゃいけないのは九十九の方だと思うけど……」
もともと、そんな話だった気がする。
「オレは良いんだよ」
「いや、良くないって、護衛が万全な体勢じゃなくてどうするの?」
「後で、寝るよ」
おや、素直?
「それより、お前はどこから起きていた?」
「どこからって?」
「オレたちの話を盗み聞いていただろ?」
「人聞きが悪い。あなたたち二人が勝手にわたしの枕元に立って、話をしていたでしょう?」
だから、聞く気はなかったけど、聞くことになってしまったのだ。
「なんか、使い方が、違わ……ねえか?」
「でも、黙って話を聞いていたことは認めます。ごめんなさい」
わたしは素直に頭を下げる。
「それは、良いけど……」
何故か、戸惑う九十九。
「話が聞こえたのは、『盲いた占術師』の話、辺りかな?」
「そうか」
どことなくホッとされた気がする。
その前に何かわたしに聞かれたくない話でもしていたのだろうか?
そんなわたしの表情を読んだのか……。
「お前に聞かせたくない話もあったんだよ」
「聞かせたくない話?」
「おお、耳が穢れる系の話だ」
九十九は言葉を濁したが、それは多分、ミラージュの話だ。
来島は、九十九にも話をしたのだろう。
全ては話していないと思うけど、女のわたしには聞かせなかった部分まで。
「そっか。九十九は大丈夫?」
「あ?」
「耳、穢れてない?」
自分の耳を指しながら、わたしは九十九の耳を見た。
「ああ、大丈夫だ」
嫌な話を聞いて、不快な気持ちになるのは、男女、関係ないだろう。
確かに、女のわたしより、男の九十九の方が少しばかり耐性はあるかもしれないけど、気分が悪くなるという点に変わりはないのだ。
特に彼は真面目だ。
わたし以上に許せないものが多い気がする。
「それより、お前は良かったのか?」
「何が?」
「その、来島と話さなくても……」
「別に良いよ」
困ったように確認する九十九に対し、わたしはきっぱりと言い切る。
彼は、わたしに言いたいことは全て伝えてくれたと言った。
それならば、わたしも彼に対して、これ以上、何かを言う気もない。
「もう、大丈夫だから」
「だけど……」
「昨日、あれだけ泣いた。それですっきりした。それで、おしまい!」
それが、いろいろ考えて出た結論だった。
「お前はそれで良かったのか?」
「うん。多分、ソウも、同じように言うと思うよ」
彼は、これ以上、関わるなと言った。
それは、国が絡む複雑な話で、彼は、わたしを巻き込むまいとしてくれたのだ。
そんな気持ちを、恐らくは命が懸かったような言葉を、軽々しく無視して、自分の勝手を貫けるほど、わたしは強い人間ではない。
その結果、やはり後悔はあると思っている。
どうして、あの時、彼を説得しなかったのか、と。
わたしが手を伸ばして引き留めれば、彼だって心を動かしたかも、って。
だけど、それは、彼が一番望まない形になる。
変な国で、納得できないような法律も多いけど、彼にとって「ミラージュ」は、やはり、簡単に手を切ることができない大事な場所だと思うから。
「お前が良いなら、オレは気にしないけど」
「いや、九十九ぐらいは気にしてあげたら?」
「なんでだよ?」
「いや、だって……、『好き』とか、『愛してる』とか言われてたじゃないか」
「…………」
あれ?
なんだろう。
九十九の目が凄く冷たい。
「来島~、やっぱり全く伝わってねえぞ~」
さらに何故か、窓に向かってそんなことを言う。
「アレはお前宛だ」
「ほ?」
「寝たふりしているお前に直接言うことができなかっただろ? だから、ヤツは、オレに伝言って形で伝えたんだよ」
つまりはソウにも寝たふりがバレていたってこと?
そんなに寝ている時のわたしとは違い過ぎたの?
でも……。
「いや、ちゃんと九十九宛だと思うよ?」
「お前な~、まだ言うか」
「いやいや、九十九はソウからぎゅってされたでしょう?」
「あれはそう言う意味の抱擁じゃねえ!」
友情にしても、愛情にしても、親愛の情という意味では同じだと思うけど、彼は区別したいらしい。
わたしからすれば、友情も愛情も少しの違いしかないと思うのだけど……。
思わず、「九十九だって、わたしを抱き締めるじゃないか」と、口にしかかったけれど、それはできなかった。
九十九の目が怖い。
これ以上、余計なことを言ったら、また、怒られそうな気がする。
「それで、お前はこれから、どうしたい?」
「ん~」
聞かれても、あまり考えてなかった。
「あの宿にはやっぱり帰りたくない」
「それは理解してる。そうなると、このままここで過ごすか?」
「うん」
「…………」
何故か九十九はじっと見る。
それも、何か言いたげな瞳で。
「何?」
言いたいことは言ってくれないと分からない。
わたしは心を読める長耳族ではないのだ。
「いや、なんでもない」
九十九は首を振る。
「それなら、オレはもう少し寝て良いか?」
「ああ、うん」
やはり眠かったのか。
「紙と筆記具をくれる? 絵でも描いてるから」
「外に出るなよ?」
「あまり、好奇心で出たい場所じゃないな」
「出る時は呼べ。起きるから」
「うん、ありがとう」
そう言って、彼はベッドに近付いて、そのまま倒れた。
そして、時間をおかずに規則的な寝息が聞こえてきた。
本当に疲れていたらしい。
よく考えれば、何もしなくても寝る九十九って貴重かもしれない。
水尾先輩の策略はともかく、わたし自身は一服盛ったことがあるし、昨日は魔法を使って眠らせたから。
こんなに素直で無防備な九十九ってちょっと新鮮だった。
なんとなく、こっそりと近付いて、その顔を覗き込む。
いつもなら飛び起きるような距離でも、彼はぐっすり寝入っているのか目を開ける様子もなかった。
大分、手足が伸びて、声も低くなって大人になったと思っていたけど、小学校の時、居眠りしていた頃から寝顔は変わらない気がする。
ちょっとあどけなくて可愛い。
そして、同時に自分の中の何かが刺激される。
絵を描くことが好きな人間の目の前で、理想的なモデルが眠っています。
どうしますか?
当然、描くでしょう?
思いっきり!
心行くまで!
存分に!!
モデルの了承?
勿論、事後承諾になります。
眠っているから、仕方ないね。
九十九は、基本的にわたしに甘いので大丈夫。
多少、怒っても最後は許してくれる。
ああ、筆が進む。
本当に彼はなんて理想的なモデルなのだろう。
この閉じられた瞳が開いてもそこには綺麗な黒い瞳がある。
顔が好みってだけで十分だと思っていたけど、彼は身体も綺麗なのだ。
声も良い。
最近、さらに低くなって深みも増した。
それに温かいし、力強い。
だけど、それらを知っているのが、わたしだけじゃないことが少しだけ、残念な気がしたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




