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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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感情の揺さぶり

「笹さんから真顔で盛大に惚気られた」


 オレの言葉に、来島が何故か、顔を赤らめた。


 別に、お前に対して言ったわけではないのに、何故、照れる?

 今のはそんなに恥ずかしい台詞だったか?


「惚気たつもりはねえよ。ホントのことだ」


 昔から変わらない事実を口にしただけだ。


 いや、違うな。

 あの頃以上に、オレは彼女がどこにいても見つけ出す自信がある。


「はいはい、ご馳走様、ご馳走様」


 来島は手をひらひらさせて、オレの言葉を流した。


「そこまで言うなら、まあ、大丈夫だと思うけど。この『ゆめの郷(トラオメルベ)』自体が、精神的に不安定な感情にさせるみたいだからな~。精神系魔法が効きやすくはなっているんだよ」

「どういうことだ?」


 精神系の魔法が効きやすくなっている?

 だが、栞は一度、オレの誘眠魔法に抵抗したぞ?


「え? それだけ鋭い感覚してるのに、笹さんは気付かない? この『ゆめの郷(トラオメルベ)』は、感情の揺らぎを増大させる結界があるんだよ」


 ちょっと待て?

 それって、精神に作用する魔法と同じようなものじゃねえのか?


「それは初めて聞いたぞ」

「まあ、普通は言わないだろうからね。嫌じゃない? 自分の知らないところで感情を揺さぶる、つまりは、精神汚染って」


 来島は苦笑する。


「具体的には、他人の温もりが恋しくなったり、他者に攻撃的になったり。痛みに鈍くなったり、快楽が強まったり。愛情が深まったり、欲望が増大したり。正や負の感情に関係なく、自分の持つ感情がいつもより大袈裟になる感じかな」


 言われて思い当たることが多々ある。


 いつもなら制御できているはずの感情が漏れやすくなっていると言うか……。

 それも、オレだけではない。


 先ほど来島が言った「精神汚染」と言う言葉は、酷く分かりやすい表現だった。


「感情の起伏が激しいのはトラブルのもとだけど、色里としては、いろいろと好都合だからね」

「まあ、快楽が普通よりも強まるなら、その状況を知っていながらも、喜んで通う馬鹿も多そうだな」


 なんとなく、琥珀の瞳をした青年を思い出す。


 そう言えば、あの人が、オレにこの場所を推し進めたのだったな。

 そして、兄貴はこの事実を知っていたのだろうか?


「その『精神汚染』には、対抗策はあるのか?」

「その存在を意識するだけで、随分違うよ。でも、ここは建物ごとに、個別の結界もあるから、そこは注意がいるかな」


 思ったより、あっさりと教えてくれた。

 どうやら、このことは、「ゆめの郷」の機密と言うほどでもないらしい。


「……ってことは、あの広場は」


 来島に連れられて行くことになった広場は、感覚が随分違った気がする。


「他と比べれば随分、マシだっただろ? それと、この建物も古いせいか、影響が少ない」


 妙に落ち着く気がしたのはそのせいだったのか。


「でも、笹さんがこの建物を選んだから、てっきり、その存在には気付いていたかと思ったんだけど、違ったんだね」

「オレはそんなに鋭くねえよ。ここにしたのも、栞が、宿泊先を嫌がったからだ」


 確かに、選んだのはオレだったが、そのきっかけは彼女だった。


 男に向かって、「帰りたくない」とか、かなりの殺し文句だよな。


「栞は鈍いのか鋭いのか本当に分からんな。まあ、無意識ながら、防衛意識は高いってことか」


 傍にいる黒髪の女を2人して見つめる。


 相も変わらず、呑気に寝息を立てていた。


 そんな彼女を見て「可愛い」と思う感情も、その感情を揺さぶるような結界とやらによるものだろうか?


 いや、そんなことはない。


 ずっと、思っていたことが、外に出やすくなっただけで何もなかったところから生まれた感情ではないのだ。


「無意識の魔法耐性も高いから厄介なんだよ、この女」


 それに救われている面もあるのだが、彼女の警戒心の少なさはそれによるものの気がしてならない。


 無意識に自分の防御力の高さを過信しているのだ。


 だが、その防御が本当にアホかと言いたくなるぐらい規格外なのだから、何とも言えないものがある。


「ああ、栞に対して不意打ちしようにも、身に纏っている『自動防御』が優秀だからな。これだけ、奇襲しにくい女も少ない」


 ん?

 そこで一つの疑問が湧き起こる。


「なんで、来島は、栞の『自動防御』が優秀だって知っているんだ?」


 自動防御は魔力の強さに関係あるが、その反応までも優秀かどうかまでは分からないはずだ。


 その身体に危険が迫った時、本人の意思とは関係なく発動するものだから、実際、不意打ちをしてみないとその反応速度などを含めたものは決して分からない。


「あ? あ、ああ、本人が言ってたんだ。『何も考えずに自分が抵抗したら、相手を殺してしまう』、って。だから、できるだけ意識的に防御を押さえている……と」


 それは知っている。


 だから、あの時、彼女はオレによって、あんな目に遭わされても、抵抗らしい抵抗を魔法ではしなかった。


 だが……。


「嘘だな」


 今の言葉には嘘が混じっていることは分かる。


「そして、通常、寝ている栞に手を出さない限り、彼女の『自動防御』の優秀さを知ることはない」


 起きている間は、出来る限り「自動防御」を押さえようとしている彼女だ。


 不意打ちで反応するのは、致命的な攻撃を食らうような時で、多少のことは我慢して抑制してしまうだけの精神力を身に着けてしまっている。


 つまり、そこから導き出される結論は一つしかなかった。


「さ、笹さん? 目が据わってるよ?」


 来島が後退りする。


「来島、お前、寝ている栞に手を出そうとして、吹っ飛ばされたな?」


 寝ている時の彼女は完全無防備な顔をして、()()()()()()になっている。


 しかも、王族だ。

 そこに容赦も慈悲もない。


 オレは一度、不意打ちじみたことを考えて、栞から吹っ飛ばされたが、アレは例外だ。


 いや、アレがあったから、余計に彼女は自分を抑制するようになってしまった気もする。


 それだけ「発情期」から湧き起こる感情と言うのは、相手にかなりの警戒心を抱かせるものなのだろう。


「いや、だって、男として、好きな女の無防備な寝姿がそこにあるのに、完全放置ってかなり難しくねえ?」


 その気持ちは本当に! 嫌というほど! よく分かる。

 この女は本当に、無防備で可愛い顔をして眠るのだ。


 彼女に対して、多少の好意を持っていれば、それなりに心が動かされてしまう気持ちはよく分かるので、責めにくい。


 だが……。


「少しでも、そんな邪心を抱いただけで万死に値する」


 オレは護衛だ。


 自分の感情はともかく、仕事に徹する必要がある。


「心、(せま)っ!!」

「なんとでも言え」


 そして、自分の心が狭量だってことぐらい、ずっと昔から承知のことだ。


「……と言うか、笹さんだって、栞に似たような感情を抱いて俺以上に悶々とした日を過ごしてきただろ!?」


 そして、余計なお世話だ。


 それに、栞に対しての感情を自覚したのはほんの数日前だから、そこまで悶々と過ごした覚えもねえ、はず。


「来島、お前、まさか、こんな阿呆な会話をしたくて、わざわざ姿を現したのか?」

「……っかしいな。真面目な話をしに来たはずだったのに……」


 来島は首を傾げる。


 確かに始めは「ゆめ」に気を付けろとかそんな話をしていたはずなのだが、どこで話がねじ曲がったのだろうか?


「ああ、でも、これだけは言っておきたかったんだ」

「なんだ? 栞への告白なら、自分でしろよ」


 そんな面倒なことは頼まれてもごめんだった。


「そっちはもう済んだよ。俺は誰かさんと違って、気持ちを押さえる理由はないから」


 来島は笑う。


 なんだ。

 ちゃんと言っていたのか。


 そのことは、オレにとってすっげ~嫌なことだというのに、妙に安心している自分がいる。


「俺もここに来るまで、すっかり忘れていたんだけどさ。笹さんは栞がかなりの犬嫌いって知っている?」

「オレはその状態を見たことはないが、話には聞いている」


 確か、水尾さんがそんなことを言っていた気がする。


 その原因は多分、ガキの頃っぽかったけど……。


 だが、来島はこう言った。


「それ、()()()()なんだ」

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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