愛を語ろうか
注意:甘さは皆無(別名:タイトル詐欺)
姿を消した相手が、呼びかけに応じるかは賭けに近い。
ただ気配を掴まれていると理解した上で、その言葉を完全に無視できるかというと、実はそうでもないだろう。
そこにいると分かった上で、泳がさず、気付いていると声を掛けたと言うことは、その相手に用があるということ。
だから、その呼びかけに応えなかった結果、呼びかけた相手がどんな行動に出るかは予想ができない。
気配を把握されている以上、逃亡してもそのまま追尾される可能性はある。
そして、その後は、「オハナシアイ」が音声言語によるものではなく、肉体言語や魔法詠唱によるものになるだろう。
まあ、それはオレの考え方で、相手がどう思うかは分からない。
分からないから、呼びかけは、賭けに近いのだ。
相手の思考が、自分と同じだとは限らないのだから。
「出てくる気がないなら、このまま見せつけるだけだぞ?」
そう言いながら、オレは栞の髪を撫でる。
こんな形で利用したくないが、もともと、彼女は自身を「必要ならば、囮に使え」と平気で護衛に向かって言えるような女である。
それならば、存分に使わせてもらおう。
オレとしても役得だからな。
『その程度で、見せつけるって本気で言っているんだから可愛いよな』
応える声があった。
口ではそう言っても、この程度の見せつけで、きっちり反応してくれたのだから、お互い様だろう。
「いや? 出てこないならもっと触れようかと思ってはいた」
理由が付けばどうとでもなる。
寧ろ、まだ出てくるな。
「随分、開き直ったもんだな、笹さん」
そう言って、隠れていたヤツは姿を現した。
その赤い髪をなびかせながら……。
「よお、昨日ぶりだな、来島」
オレは、相手の名を口にする。
「少しぐらいは驚くかと思ったんだが、やっぱり気付いてた?」
「おお、お前がそのまま素直に消えてくれるとは思っていなかったからな」
個人的には二度と顔を見せずに消えて欲しかった。
彼女はこの男のために、あれだけ涙を流したのだ。
だから、そのまま、姿を見せることなく、完全に消えたままでいて欲しかった。
だが、どこかで、いつもの飄々としたその態度にホッとしている自分もいる。
「そっか、やっぱり予想はされていたか」
「当然だ。そう簡単にお前がくたばるとも思ってねえ」
「ある意味、信用されてるな、俺」
来島は苦笑する。
「栞も、お前がまだ生きていると思っているはずだぞ」
すぐ目の前で死んだことを見たわけではない。
ただ意味ありげなことを言って、消えただけだ。
「おや? いつの間にか笹さんも、『高田』から『栞』呼びになってる」
よく言う。
どうせ、覗き見ていただろうに。
「いやいや、仲が深まったようで。あれ? もしかして、俺、結果として、当て馬になった?」
言っていることはともかく、それが、妙に嬉しそうな点が気になった。
「なんで、嬉しそうなんだよ?」
「そりゃ、嬉しいね。俺は確かに栞のことは抱き潰したいほど好きだけど、笹さんも好きなんだよ」
その言葉の端々から感じられるものに、いちいち腹が立つ。
「男に想われても嬉しくねえな」
「そう? 同性にモテる方が、真の意味で『良い漢』なんだぞ?」
「オレはどうせなら、女にモテたい」
ハーレム願望なんか持っていないが、想われるなら、同性よりは異性の方が良い。
「よく言うよ。栞以外、要らないって真顔で言いそうな男が、不特定多数にモテたいわけがあるとは思えんね」
客観的に聞かされると、病んでいるとしか思えん思想と思考だな。
否定はしないけど。
「お前は、オレと雑談をしに来たのか?」
「笹さんが望むなら、それでも良いよ。栞が寝ている間に、そのすぐ横で俺と愛を深めようか?」
どこまで本気か分からないようなことを言う。
いや、流石に冗談だとは分かっている。
ただ、厄介なことに、この男の言葉に嘘はないのだ。
冗談ではあってもそこに嘘はない。
それはつまり、半分は、この男にとって本気だということでもある。
「遠慮する」
「遠慮なんだ。そこはきっぱりと断ろうよ、笹さん」
来島はそう言って笑った。
「話があるのは事実だろ?」
「まあね。栞が寝ているなら好都合だ」
「起こさなくて良いのか?」
「ああ、これ以上、この女に未練は残したくない」
その言葉で、会わずに去るつもりだと思った。
勝手な男だ。
だが、それだけの意思と理由、何より覚悟があるのだと思えば、下手に口を出すことができん。
特に、国が絡んだ問題ならば、他国の人間が口を出したところで、どう足掻いても、その結論は変わらんのだろう。
「人が好いね、笹さんは。こちらの事情なんか気にせず、『栞に近付くな』って護衛らしく警告すれば良いのに」
「オレにも多少の情はある」
「その情に、足元をすくわれないことを祈るよ。笹さんのそれは、人としては良い所だけど、護衛としては悪手だ」
そんなことは言われなくても分かっている。
彼女を狙うような国の人間を同じ部屋の中に引き入れている時点で、護衛としては失格の行為だ。
だが、それが分かっていても、完全に排除できないのは、オレもこの男のことが嫌いではないってことなのだろう。
あまり認めたくはないし、それをわざわざ口にしてやる気も全くないのだが。
「まあ、いいや。情が移ったのは俺も一緒だからね」
そう言って、来島は俺を見る。
いや、見たのは手首か……。
「組紐、外したのは栞?」
「そうだな。オレには無理だった」
組紐は特殊な法具だ。
法力を全く扱えないオレが対処するのはかなり難しい。
だから法具のほとんどは、その効果を発動する前に対抗策を取らねばならないのだ。
「そっか。俺の法力もまだまだ捨てた物じゃないらしい」
オレはともかく、栞には外されたというのに、来島は何故か嬉しそうだった。
「なんで、お前が法力を使えんだよ?」
オレは気になっていてことを聞いてみた。
「知らないの? 笹さん。法力は生まれつきの才能なんだぜ?」
知っている。
だから、使える人間は使えるし、使えないヤツは一生、使えない。
「……と言うのが、表向きの理由。実際は、どれだけ数奇な運命を持って産み落とされたからしいよ」
「は?」
ちょっと待て?
「だから、今の大神官は最凶なんだよ」
「ど、どういうことだ?」
そして、今、「最強」ではなかったよな?
「笹さん、動揺しすぎ」
来島は苦笑する。
思った以上に、顔に出てしまったようだ。
「『数奇な運命を持って産み落とされた』ってどういうことだ?」
「そのまんま」
オレの問いかけに来島は狐のような瞳を細める。
「言葉の通りの意味だよ。両親揃って愛されて産まれた子供には、法力は宿りにくい。だけど、母親が犯された結果、産まれてしまったとか、そういった疎まれやすい子供は、法力を持ちやすい」
ちょっと待て?
その言葉が本当なら、目の前のこいつや、大神官は……?
「高位神官の『発情期』の結果とかは、ある意味、最恐に罪深いからね」
わざわざいろいろ付け加えたってことは、つまり、大神官はそちら側ってことか。
法力は遺伝しない。
だから、世界でも100人に満たない上神官以上の高位神官と呼ばれる者たちは、王族と違って血を遺す必要はないのだ。
それどころか、「発情期」を耐えきることがステータスになる。
だが、稀に誘惑に負けることはないわけではない。
同じ聖堂に「神女」と呼ばれる女性がいる以上、事故の遭遇率はゼロではないと大神官は言っていた。
だから、大神官は「禊」と言う名の隔離を選ぶ。
万一の事故すら、意図的に起こさせないように。
この男の言葉を全て受け入れる気はないが、仮に本当の話だとしたら、大神官様が知らないとも思えない。
あの方は、どれだけの思いを秘めていらっしゃるのだろうか?
「おや? 疑っている?」
「当然だ。その根拠は?」
「俺の国。法力使える人間が多い」
「は?」
意外な言葉にオレは固まった。
「違うな。俺の国では、法力を使える人間たちを一定以上、産み落とすために法が制定されている」
「……どういうことだ?」
法力を使える人間を、産み落とすための法?
やや、混乱していたオレにさらなる混乱を与えるかのように、ほの暗い笑みを浮かべる。
「具体的には、女の合意がないまま乱暴しても罪に問わない。性奴隷の承認。それと、15歳にもなって異性経験を伴わない女は、その身分に問わず、生誕の日を迎えると同時に生産工場行き。それが俺たちの国だ」
目の前の赤い髪の男は、そう言いながら、どこか暗く濁った紫色の瞳でオレを見たのだった。
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