やられたことはやり返す
「よく寝た~」
もぞもぞとした動きでベッドから身体を起こした栞は、大きく伸びをした。
人の気も知らないで、呑気なものである。
「それは良かったな」
思わず声が尖ってしまった。
だが、それは仕方のないことだろう。
「あれ? 九十九は眠れなかったの?」
不思議そうな顔をする栞。
「おお、敵がかなり手強くてな。正直、ろくに寝てねえ」
「敵!?」
分かりやすく彼女はその顔色を変えた。
「お前が寝ている間に、いろいろあったんだよ」
「起こしてくれれば良かったのに……」
いろいろの主な原因はそんなことを言う。
「オレがどれだけ叫んでも起きなかったヤツが何を抜かすか」
「ありゃ、それはごめん」
少し考えて……。
「まさか、ライトが現れた?」
なんとなく、聞きたくない単語を聞いた気がするが……。
「あの紅い髪なんかよりもっと手強かった」
オレは事実を口にする。
この世界がどんなに広くても、彼女を越える手強い人種など存在しない。
あの兄貴だって、その手綱をとることができないのだから。
「へ!? だ、大丈夫? 怪我は?」
「あちこちに傷を負ったが、大丈夫だ」
主に、心が重傷だった。
この一晩でどれだけの天国と地獄を味わったことか。
だからこそはっきりと言える。
「問題は山積みだがな」
「ああ、そっか。九十九は治癒魔法が使えるから……。でも、治せるからって、無茶はしないでね?」
そんな人の気も知らないで、彼女はそんなことを言う。
だが、それもいつものことだ。
今更、気にしても仕方ない。
「ある意味、精神攻撃だったから死ぬことはねえよ」
「精神って、その方が治りは悪そうだよ?」
「そうだな。気を付けるし、気を付けてくれ」
頼むから。
「うん。わたしも気を付ける」
そう言いながら、彼女は「ごちそうさま」と手を合わせた。
本当はもう少し、食べて欲しいのに、それ以上は求めない。
水尾さんたちを見ていると、女だから食べられないというわけではないだろう。
だが、昔からそうなのだ。
「九十九、わたしにも魔法を使った?」
ふと、栞はそんなことを聞いてきた。
「魔法?」
少なくとも使った覚えはないのだが……?
「なんか、九十九の魔気の気配がするから。違った?」
そのことならば、心当たりはあった。
「ああ。……同じ布団で寝たから、互いの体内魔気は移るだろう」
これぐらいのことは言っておいた方が良い気がする。
そもそも、今回は、本当にオレは悪くねえ。
「はい!?」
彼女はその大きな瞳をもっと大きくした。
良かった。
少なくとも、本当に慎みがないわけではないようだ。
「言っておくが、今回はオレが、被害者だからな?」
そこは念を押しておく。
「な、な!?」
「魔法で無理矢理寝かされた上、気付いたら、お前も傍で寝ていた。身に覚えは?」
改めて口にすれば、オレは結構な目に遭った気がする。
これは主人じゃなければ、いや、相手が栞じゃなければオレ自身を許せないぐらいの話だ。
「……ああ、ある」
彼女が一瞬、遠い目をして……。
「手強い敵って、わたし!?」
そのことにようやく気付いてくれた。
「おお、王族の血が入った、オレの逆らえない存在だからな」
大体、彼女に対しては逆らえない要因が多すぎる。
王族だから。
主人だから。
護るべき相手だから。
……などの理由は、正直、今となっては完全に後付けの理由だ。
ただ一言「惚れた相手だから」。
それだけで、オレはこれから先も、彼女に逆らえる気はしなかった。
「ううっ」
そんなオレの気持ちも知らずに、彼女は唸っている。
いや、一生、伝える気はないのだから、そのまま知らずにいて欲しいのだけどな。
「えっと、同じ布団……って……?」
上目遣いで確認される。
正直、この表情だけで、心臓が鷲掴みにされてしまう気がした。
「言っとくけど、オレは、本当に何もしてねえぞ」
だから、必要以上に口調が尖る。
中学生か!?
「九十九が何かするとは思ってないよ」
それは全面的な信頼。
護衛としては喜ばしいことだ。
あんなことをした後でも、彼女はオレを信じてくれる。
だが、男としては納得しがたいものがあるのは事実だ。
あんなことをされたのに、オレを信用するなと言いたい。
「お前は、もっと年頃の女だと自覚しろ」
気持ちを告げられない以上、オレが言えるのはこの程度だった。
オレを信頼しすぎるな。
オレは……、お前が思っているほど、安全な男ではない!
「一応、自覚はあるのだけど……」
どの辺が?
あんなことがあった後も、そこまで彼女の変化は見られない。
そのことにホッとする部分はあるが、心配にもなってしまう。
「でも、確かにわたしが悪かったかも……」
「分かれば良い」
どこまで理解してくれたかは分からないが、迂闊な行動だったことは認めてくれたようだ。
だが、彼女はどこまでも「高田栞」だった。
常に、オレの予測の斜め上を行く。
「今度はぐっすりと眠らせる!」
拳を握ってそう宣言しやがった。
「待て! なんで、そんな結論になった!?」
いくらなんでもその結論はおかしい。
「え? 中途半端な眠りになったってことでしょう? だから、今度はしっかり眠らせるよ」
何故、そんな思考に至ったのか?
それは、彼女が「高田栞」だからだ。
それ以外の言葉が見つからなかった。
「待て! 嫌な予感しかしない!!」
「大丈夫、大丈夫!」
こんな時に限って、そんないい笑顔をするな!
「お前の大丈夫ほど、当てにならないモンはねえ!!」
その言葉で、彼女は分かりやすくその表情と雰囲気を変える。
それはオレの好きな顔だが、それをこんな形で、こちらに向けて欲しいわけではない。
戦闘態勢……。
そんな言葉が頭に浮かび、オレは警戒を最大限に引き上げる。
『眠れ!』
それは、分かりやすい言葉。
そこにオレを害する意思は感じられない。
やっていることは凶悪だがな。
だからこそ、こちらも防ぎやすい。
「なめるな!!」
気合を入れて、防御する。
どうやら、油断していなければ、彼女の魔法を無効化することは、オレにもなんとかできるらしい。
今後、この魔法を磨かれてしまえば、分からないのだけど。
言い換えれば、彼女はまだ実戦慣れをしていない。
つまり、付け入る隙はある。
それならば、やられたことはやり返してやろう。
「栞……」
「へ?」
彼女はまだこの呼び名に慣れていない。
目を大きく見開いてオレを見た。
こんなオレの言葉一つで動揺してくれる彼女は本当に愛らしい。
だから、オレは素直に栞を抱き締める。
「ふわっ!?」
その身体が硬直し、熱を持つ。
彼女の紅くなった耳に口を寄せる。
触れてしまいそうなほどの距離。
これなら、恐らくは……。
「誘眠魔法」
その言葉で、彼女の身体から一気に力が抜け、重量を増す。
誘眠魔法は精神系の魔法だ。
それなりに心を揺さぶれば……、相手が王族であっても、しっかりとした効果がある。
ただ、これがシルヴァーレン大陸内ならば、結果は分からない。
オレの魔力も上がるが、その大陸の王族である彼女はもっと魔法耐性が上がることだろう。
ここが、別の大陸だからこそ、今は効果を発揮するのかもしれない。
そこにオレの勝機がある。
だから、今のところは……。
「これで、二勝二敗だ。引き分けだな」
こう言わせていただこう。
このスカルウォーク大陸に来てから、彼女にオレは二回眠らされ、逆にオレも彼女を二回眠らせた。
一度目は互いに薬を使ったが、今回は互いに魔法だ。
同じことをやって、やり返して……。
やられっぱなしでいない辺り、どれだけ根に持つ主従なんだろうな。
まあ、今は、そんなことは些細な話だ。
オレは彼女を抱え上げ、ベッドに寝かせる。
この結果に不満があったのか、その唇が少しだけ突き出ているように見えて、本当に可愛い。
この黒髪を撫でたい。
柔らかい頬を突きたい。
何よりも、誰に邪魔されることなく、このままこうして2人だけでいたい。
それは叶わぬ望みと知っているからこそ、願う。
だが、気持ちは切り替えよう。
オレは、彼女の護衛だ。
だからこそ、近付く虫は排除する。
「何の用だ?」
オレは近くの無粋な気配にそう呼び掛けるのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




