手強い相手
「よく寝た~」
ベッドから身体を起こしたわたしは、大きく伸びをする。
枕が変わったから眠れないかと思ったけど、かなり気分は爽快だった。
やはり、あの落ち着かない鏡だらけの部屋よりは、ずっと良い。
お風呂も落ち着く大きさだったしね。
「それは良かったな」
それに対して、かなり不機嫌そうな声が別の場所から聞こえた。
「あれ? 九十九は眠れなかったの?」
確か、わたしより先に寝たはずなのに……。
「おお、敵がかなり手強くてな。正直、ろくに寝てねえ」
「敵!?」
その言葉にぎょっとする。
「お前が寝ている間に、いろいろあったんだよ」
わたしが、寝ている間に、彼は何かと戦っていたようだ。
そんなの全然、気付かなかった。
わたしは本当に護衛がいなければ、駄目なようだ。
「起こしてくれれば良かったのに……」
「オレがどれだけ叫んでも起きなかったヤツが何を抜かすか」
「ありゃ、それはごめん」
どうやら、起こされはしたらしい。
それなのに、わたしは海より深い眠りだったようだ。
夢を見ることもなく、ぐっすりと眠れたことがその証拠だろう。
わたしが目を覚ました時、九十九は既に朝食の準備をしていた。
だけど、酷く疲れていたことは分かる。
せっかく、眠って貰ったのに、知らない間に奇襲を受けていたなんて……。
「まさか、ライトが現れた?」
朝食を口にしながらわたしは確認する。
彼が「敵」と明確に口にするとしたら、その辺りだろうと思って……。
「あの紅い髪なんかよりもっと手強かった」
不機嫌なまま、九十九は答えた。
その尖った口調から、相当、大変だったことが分かる。
「へ!? だ、大丈夫? 怪我は?」
「あちこちに傷を負ったが、大丈夫だ。問題は山積みだがな」
そう言って、九十九は胸を押さえる。
「ああ、そっか。九十九は治癒魔法が使えるから……。でも、治せるからって、無茶はしないでね?」
いくら、魔法で治せるからって傷ついても良い理由にはならない。
九十九はわたしの護衛だが、そのために彼が傷つくことなんて望まないのだ。
「ある意味、精神攻撃だったから死ぬことはねえよ」
「精神って、その方が治りは悪そうだよ?」
まだ肉体的な苦痛の方が耐えられる気がする。
「…そうだな。気を付けるし、気を付けてくれ」
「うん。わたしも気を付ける」
そう言って、「ごちそうさま」と手を合わせた。
なんとなく思っていたけど、ミラージュの人たちって、精神に作用する魔法が好きだと思う。
ライトはわたしに誘眠魔法や麻痺魔法を使ったことがあるが、ソウも導眠魔法をわたしに使ってきた。
つまり、本人の意思に反する魔法を好んでいる気がする。
そう言えば、人間界の卒業式では多数の人間が眠らされた。
周囲は人間ばかりだったとしても、あれって、今思えば、とんでもない規模の魔法ではないだろうか?
でも、そうなると、ライトを越えるほどの敵ってどんな人だったんだろう?
仮にも王子殿下である彼を越えるって、結構、大変だと思うのだけど……。
まさか、ソウじゃないよね?
彼は同じ血が入っているとは言っていたけど、魔力の方はそこまでだったし。
でも、そこでわたしは自分の変化にも気付く。
「九十九、わたしにも魔法を使った?」
なんとなく、わたしにも九十九の気配がしたのだ。
それは微弱だけど、割と全身だったので、防御魔法とかをしてくれたのかな?
「魔法?」
「なんか、九十九の魔気の気配がするから……、違った?」
「ああ。……同じ布団で寝たから、互いの体内魔気は移るだろう」
九十九は溜息を交えながら言う。
「はい!?」
なんか、今、とんでもないことを聞いた気がする。
「言っておくが、今回はオレが、被害者だからな?」
「な、な!?」
しかも、被害者って、いくらなんでも、酷い言い草ではないだろうか。
「魔法で無理矢理寝かされた上、気付いたら、お前も傍で寝ていた。身に覚えは?」
「……ああ、ある」
つらつらと並べられた言葉。
なるほど、確かに被害者……、って……?
「手強い敵って、わたし!?」
九十九の話を総合すると、そうなってしまう気がした。
「おお、王族の血が入った、オレの逆らえない存在だからな」
「ううっ」
主人を襲う護衛というのも問題だが、護衛から敵認定される主人と言うのもどうなのだろうか?
「えっと、同じ布団……って……?」
ベッドが一つしかない時点で、先ほど、わたしが寝ていた場所のことだろう。
「言っとくけど、オレは、本当に何もしてねえぞ」
「九十九が何かするとは思ってないよ」
実際、感じられるのは移り香程度の魔気だ。
以前、されたことを思えば、かなり接触は少ないと思われる。
だけど、九十九は何故か溜息を吐く。
「お前は、もっと年頃の女だと自覚しろ」
「一応、自覚はあるのだけど……」
あるから困るのだ。
わたしが女じゃなければ、もっと気軽に九十九と寄り添えただろう。
なんか、これだと、表現おかしいな。
わたしが男なら、何も考えずに九十九と接することができただろう。
年頃の男女だから、それ相応の問題もあるのだ。
だけど、今更、彼を手放したいとは思えない。
少なくとも、それぐらいの意識は持っている。
便利とか役に立つとかそんな話ではなく、もっと単純な話。
彼の傍は居心地が良いのだ。
安心して、眠くなるのがその証拠だろう。
そして、これは、恋愛感情と言うより、もっと別の感情から来ている気がする。
普通、恋愛ってもっとドキドキして、緊張して、ソワソワと落ち着かないよね?
でも、九十九の傍は本当に落ち付くのだ。
「でも、確かにわたしが悪かったかも……」
「分かれば良い」
「今度はぐっすりと眠らせる!」
「待て! なんで、そんな結論になった!?」
「え? 中途半端な眠りになったってことでしょう? だから、今度はしっかり眠らせるよ」
わたしは九十九の傍でも眠れるけど、護衛の彼は、他人の気配がすると安心できないかもしれない。
そう言えば、彼は、すぐに気配を察して目が覚める人だったね。
「待て! 嫌な予感しかしない!!」
「大丈夫、大丈夫!」
「お前の大丈夫ほど、当てにならないモンはねえ!!」
その言葉にカチンときた。
よろしい、遠慮はいらないようだ。
『眠れ!』
「なめるな!!」
九十九から、静電気が弾けたような音がした。
どうやら、抵抗されたらしい。
ぬう……。
やはり万全の態勢の九十九にも精神に作用する魔法は効き目が薄いってことか。
それならば……。
「栞……」
不意に名前を呼ばれ、手も思考も止めてしまった。
自分で「呼べ」と言っておきながら、やはり、彼からの名前呼びは慣れない。
まさか、あの時はこうもずっと呼ばれるようになるとも思っていなかったのだ。
「へ?」
九十九が凄く優しい目をして、さらに、ぎゅっとわたしを抱き寄せた。
「ふわっ!?」
突然のことでわたしは叫ぶ。
そして……。
「誘眠魔法」
耳元で、そんな言葉を囁かれる。
声ほど甘くはないその単語の意味を理解するより先に、わたしの瞼が落ちてしまう方が早かった。
精神に作用する魔法は、不意を突いた方が、その効果は高い。
そして、互いに魔法に対する抵抗が高いのなら、精神を動揺、混乱をさせるしかないのだ。
夜は、わたしがソレを九十九にした。
彼に張り付いて動揺させた上で、魔法を使ったのだ。
だが、今回はそれを先にやられた形になる。
優しく抱き締められた上、耳元で甘く低い声で囁かれて、わたしが動揺しないはずがない。
何より、彼の声はもともと好きなのだ。
これだけで、魔法なんか使われなくても、ある程度、意識が飛ばされる気がした。
沈みゆく意識の中で……、わたしは……。
「これで、二勝二敗だ」
そんなよく分からない台詞を聞いた気がしたのだった。
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