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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ ゆめの郷編 ~

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帰るに如かず

 オレの聞き間違いでなければ、彼女はかなり不用意なことを言ったことになる。

 いや、いろいろあったから、オレも少し、疲れているのかもしれない。


「九十九、こっちに来てくれないの?」


 さらに聞こえたこの言葉も、疲れから来る幻聴だと思いたい。


 寝台に! 自分から! 男を誘うなど!

 真っ当な神経をした年頃の女なら、あり得ねえ!!


 だが、オレの困惑などお構いなしに彼女は続ける。


「こっちで、お願いを聞いて欲しいのだけど」


 小首を傾げて手招きとか!


「お前は、阿呆かあああああああっ!!」


 流石にそれらを全て流しきることができずに、相手は主人だと言うのに、力の限り叫んでしまったオレに罪はない。


 いや、本当の所、彼女の意図は分かっている。

 単純にオレの身体や心を気遣ってくれているだけだと。


 だから、オレをベッドに寝かせようというのは分かっているのだが、そのためとは言え、なんて誘いをかけやがるんだ!!


 オレが、彼女の心遣いに気付かず、誤解して、襲い掛かったらどうする気なんだ? この女。


「阿呆でも何でも良いから、来てくれないかな?」


 残念ながら、その声には色も艶もない。


 ただ、「とっととしろ」という雰囲気しかなかった。

 こうなれば、オレも実力行使するしかない。


 観念して、オレは彼女に近付く。


「えへへ。やっと来てくれた」


 少しだけ頬を染めて笑う栞。


 あ~、くそ!

 なんで、こんなにこの女は可愛いのか!?


 だが、ここで血迷ってはいけない。

 オレは心を鬼にして……。


誘眠魔法(Sleep)


 短く詠唱する。


 だが、彼女はニコリと笑った。


「まあ、()()()()()()


 そんな声と共に、小さな静電気のような音が聞こえて……。


「ていっ!」


 何故か、彼女がオレに向かって勢いよく張り付いてきた。


 慌てて、バランスを崩しかけ、なんとかその場に踏みとどまる。


「は?」


 な、なんだ、これ?

 栞が、オレの胸元に自分から……?


 オレが彼女のその行動について、意味を理解するよりも先に……。


「『()()()()()()()』、九十九」


 そんな言葉とともに、妖艶な微笑みを浮かべた栞が目に映る。


 それはまるで、水尾さんが魔法を使う時のような顔だった。


 だが、それ以上、考えることはなく、オレの意識は闇に沈む。


『やっぱり、わたしが考えることは九十九も考えるか~』


 そんなごく普通の声を最後に、オレの思考は途切れてしまったのだった。


****


「ベッド、どうしようか?」


 自分から言うのはどうかと思ったけど、このままじゃ、自然にわたしが使うことになりそうだったので、先に確認することにした。


「お前が使え。オレはこっちの部屋にある長椅子を使う」


 やはり、九十九はそのつもりだったようで、即座にそう答える。


 さあ、頑張って説得しようか。


「いや、身体の大きさを考えれば、逆でしょう?」


 大きさ的には、わたしが使った方が良い。


 九十九の身長はちょっと成人男性の平均よりもやや大きいのだ。

 そして、わたしは成人女性の平均より遥かに小さい。


 ぐぬう。


「お前がベッドを使うのが当然だろ?」


 なんで、男の人って、こんな時、女性に譲りたがるのだろうね?


 でも、負けるもんか!


「でも、護衛が万全の態勢じゃないと困るよ? 睡眠、大事」

「主人の安眠も大事だ。オレにちゃんと仕事させろ」

「うぬぅ」


 女性ではなく、主人に対して……だったのか。


 そして、「仕事させろ」と言われてしまっては、わたしが意地を張るのはおかしくなってしまう。


「仕方ないな~」


 そう言いながら、わたしはベッドの方へ足を向ける。

 背中で、九十九が安堵した気配が伝わってくる。


 だが、甘い。


「九十九、こっちに来てくれる?」


 ベッドの傍に来て、振り返ると、彼が分かりやすく驚愕の表情になった。

 

 ―――― 鳴かぬなら、鳴かせてみせようホトトギス


 だが、動く様子はない。

 警戒されているのかな?


「九十九、こっちに来てくれないの?」


 ―――― 鳴かぬなら、鳴くまで待とうホトトギス


「こっちで、お願いを聞いて欲しいのだけど……」


 手招きすれば考えが変わってくれるかな?


「お前は、阿呆かあああああああっ!!」


 流石に九十九が叫んだ。


 うん。

 ()()()()()


 流石に、女性としてこれはどうかとも思う。


 だが、これは、彼のためだ。

 だから、ここで退()く気など一切ない!


「阿呆でも何でも良いから、来てくれないかな?」


 わたしがそう言うと、彼は俯いて、こちらに来てくれた。


 観念したわけではないだろう。

 その態度も表情も、不満がありありと分かる。


 だけど、こちらに来てくれたなら、もう()()()()()()だと思うよ?


「えへへ。やっと来てくれた」


 それが少し嬉しかった。


誘眠魔法(Sleep)


 だが、わたしの行動より、少しだけ彼の方が早かった。


「まあ、そう来るよね」

 

 でも、わたしは警戒していたのだ。

 彼なら、こんな時、魔法を使った強制手段に出るだろうって。


 そして、精神に作用する魔法は、実力が同じぐらいならば、()()()()()()()()()()


 それならば、隙を突かない限り、わたしの「魔気の護り(まほうたいせい)」を貫くことなんて難しいのだ。


 あの時と同じように、微かだったが、薄いガラスが割れたような音が、すぐ目の前で聞こえた。


 よし!

 防御は成功!


 後は、()()()()()()()()だけ!


 そして、彼がこれまでに動揺したのは……。


「ていっ!」


 わたしが、不意に予想外な行動した時だった。


 思い切って、九十九の胸に飛び込むと、彼が慌てたように身体を支えてくれる。


「は?」


 小さな驚きの声。


 やっぱり、わたしが飛びつくのは九十九にとって予想外の行動だったようだ。

 わたしが急に抱き付いたりすると、彼は動揺する。


 これなら、()()()


「『()()()()()()()』、九十九」


 わたしは九十九に向かって、そう言った。


 イメージするのは、あの時の「命呪」だ。

 最終的に彼は、わたしの言葉で、意識を飛ばしたのだから。


 ―――― 鳴かぬなら、(たお)してしまえホトトギス


 そのまま、九十九の身体は、ベッドに沈み込む。


 これだけ、柔らかい寝具の上だ。

 倒れても怪我することはないだろう。


「やっぱり、わたしが考えることは九十九も考えるか~」


 彼もわたしを眠らせようとしたようだ。


 そして、その行動に出るのも早かった。

 この辺りは、場慣れだろう。


 だが、結果として明暗を分けたのは、魔法耐性か。


 わたしは、自分の体内魔気によって、魔法が効きにくかっただけで、これについて対策を取られていたら、ここで意識を飛ばしていたのはわたしの方だっただろう。


 それにしても、男の人って、どうして、無理矢理寝かせるために、魔法を使おうとするのだろう?


 ソウも九十九と同じことをした。


 いや、あの経験があったから、寝台に近付かせて、眠らせるなんて考えたのだけど。


 床の上で眠らせたら意味はない。

 寝ている男の人の重さとかはもう知っているのだから。


「九十九は、もっとゆっくりしても良いのに」


 この建物に来てからの彼は、分かりやすく体内魔気が乱れていた。


 調子が良いのか悪いのかよく分からないぐらい、上がり下がりが激しかったのだ。


 それは、疲れとか、ストレスとかそう言った精神的なものなのだろう。


 そして、その原因は恐らくわたしだ。

 ここ数日のわたしの態度が、彼を不安にさせてしまったのだと思う。


「ごめんね」


 わたしは、彼の無防備な寝顔を見ながら、その黒い髪を撫でる。

 これは、主人の役得だね。


 でも、この魔法ってどれぐらいの時間、効果があるのかな?

 そこまで考えて魔法を使っていないからよく分からない。

 

「ふわぁ~」


 あくびが出た。

 わたしの身体も限界が近いらしい。


 九十九から離れようとして……。


「あれ?」


 ぽてっと、力が抜けて倒れた。


「魔法力、切れかな?」


 そこまで魔法力を使った覚えはないが、慣れない魔法を使っている自覚はある。


「九十九、ごめんね~」


 もう無理だ。

 力が抜けた瞬間、一気に睡魔が襲ってきた。


「横で、眠らせてね」


 幸い、このベッドは2人で寝てもまだ余裕がある。


 嫁入り前の女性の行動としてはどうかと思うけど、仕方ないね。


「おやすみなさい」


 そう言って、わたしも意識を飛ばしたのだった。

「不如帰」と書いて、「ホトトギス」と読みます。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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