魔界について
祝、100話!
でも、説明回です。
「魔界のこと?行ってから説明するつもりだったけど……、今、知りたいなら別に構わないよ」
雄也先輩はそう言って、テーブルを片付け始めた。
「……と言うか、行く直前まで全く気にしなかったというのも我が娘ながら大物よね」
そのすぐ側で、お茶の準備をしながら母は深い溜息を吐く。
「なんとなく言い出せなくて……」
2人ともなんか忙しそうだったし。
「だが、魔界の雰囲気は言葉にしがたいな。空気の感じ方は人それぞれだ。俺と栞ちゃんが同じ感性とは思えないし」
確かに目に見えないものを言葉にするのは難しいとは思う。
「知りたいのは雰囲気……、空気とはちょっと違って……」
そんな曖昧なものじゃなくて……、魔界の生活とか……。
う~ん、なんて説明すればいいんだろう?
わたし自身がうまく説明できないものを、どうやって伝えるべきか。
「知りたいのは人間界との違い……なんです。魔法を使うってだけで大分違うとは思うんですけど、どれくらい魔法が日常生活を占めているのかとか、魔法を使えないことで不便を感じたり、人間界とは異なる部分がどれくらいあるのかとか」
「ふむ……、生活習慣……、風俗みたいなものの違いを知りたいと言うことかな?」
「ふ、風俗?」
雄也先輩の言葉に九十九が目を丸くする。
「たわけ。お前の考えているようなことじゃない。土地や国に伝わるしきたりや慣わし、簡単に言うと風習だな」
「なら風習でいいじゃねえか。わざわざ、そんな誤解を招くような言葉を使わなくても」
「誤解しているのはお前だけだろう。そもそも風習とは風俗習慣のことだ。つまり風俗と言う言葉に対してなんら誤解するようなことはない」
一般的な反応だとぶつぶつ言う九十九。
ただ、この場合、雄也先輩の言葉の流れから誤解するのはおかしいとわたしは思うのだけど、どうなんだろう?
「しかし、魔界の風習を語るには一晩では足りないな。あの壮大な歴史は短時間では語りつくせない」
あれ?
話が少しばかり妙な方向に……?
「なんで魔界の壮大な歴史を一から聞く必要があるんだよ」
「その国の理解すると言うことはまず、歴史から学ぶ方が確実だ」
「新たな発見や学者の見解で変わっちまう歴史から何が得られるってんだよ」
「え……っと、そこまで深く掘り下げた話ではなくて、日常生活程度で良いのですが……」
歴史は好きだが、今すぐ必要なわけではない。
……というか、今のわたしは歴史を学ぶ以前の段階だと思う。
「つまり生きていくための知識が必要だと言うことだね」
「なんで、そう無駄に重くするんだよ」
「じゃあ、基本的な衣食住の話が中心で良いのかな?」
突っ込む九十九を完全無視!
これが兄弟……って関係なのだろうか?
「服とかは素材から違ったわね。まあ、存在している動植物が異なるんだから当たり前の話なんだけど」
母が思い出すように言う。
動植物……。
同じじゃないとは思っていたけど、やはり違うのか。
夢では翼が生えた馬みたいなのがいたから、あんな感じの存在があちこちにいるのかもしれない。
「素材もファンタジー色が強いってこと? サテンみたいにスペスペキラキラしてるような?」
「そこで、シルクとかの高級生地に思い至らないのが悲しいわね」
「庶民なもので、シルクなんて触ったことすらないんですが? 母上?」
「ファンタジーかどうかは見る人によって分かれるとは思うけど、我が国では原則男性がズボン、女性はスカートだね」
「す、スカート……」
ちょっと苦手なのに……。
スースーするし、落ち着かないし、座り方も気を遣わないといけないし。
「まあ、一目で日本の服じゃないと分かる程度の違いはあるわね。でも、着方に困った覚えはないわ。城住まいの王族、貴族、近衛兵や女中の服はともかく」
「女中の服って難しいの?」
「俗に言うメイド服って案外面倒なのよ。特にあの国は無駄にゴテゴテと装飾品が付いている衣装が多いから」
「いや、メイド服に装飾品って……なんなの?」
メイド服って、作業着の一種なんじゃなかったっけ?
装飾品が付いてたら、邪魔そうな気がするのだけど……。
「服の見本とかがあれば……」
装飾品が付いているのはできる限り勘弁願いたい。
「そんなもんあるわけが……」
「こんなのが一般的だね」
「あるのかよ! ……ってか、あるなら始めから出しとけよ」
九十九がいろいろと忙しい。
そして、雄也先輩がどこからか取り出したのは、白いブラウス付きの裾の広がった薄いオレンジ色のワンピースだった。
「新品ね。入手経路は聞かない方が良いのかしら?」
「普通に店で売っていたものですよ」
笑顔の母に笑顔で応える雄也先輩。
……しかし、それは雄也先輩が店頭で購入したと言う解釈で良いのだろうか?
それとも、魔界ではこの世界で言う通信販売に似た何かがあるとか?
「う~ん。袖が膨らんだブラウスの上に袖なしのジャンパースカート? サテンとは違って光沢はないけど、綿とも違う感じ。アクリルやナイロン、毛でもなさそう」
……これ、胸があった方が似合いそうな襟元の形ではないか?
ジャンパースカート……、ワンピースの襟元がVネックよりもっと深い。
イメージ的にはヨーロッパの民族衣装……かな?
スイスとかドイツとかがこんな感じだった気がするけど……、民族衣装にはあまり詳しくないから分からない。
でも、生地が違うのはわたしでも分かる。
なんだろう、この触り心地。
「これは、ストーベルから取れた繊維だよ」
まず、それは植物なでしょうか?
動物なのでしょうか?
「ここで帯止めするの」
そう言って母が教えてくれる。
「しかし……、ここまでゆとりない服なら、太ったヤツは着れなくなりそうだな」
九十九がその裾をつまみながらそんな酷いことを言った。
「多少伸びる素材だからその辺は大丈夫よ。具体的には臨月までオッケーだったわ」
母が明るく言う。
しかし、臨月……、妊娠して産む直前までおっけ~って……、もしかして、経験談?
「すげえな、魔界の素材」
「おお、確かに伸びる」
ゴムのように、うにょ~っと伸びる。
それでいて、伸びっぱなしでもない。
そしてゴムほどの抵抗はなかった。
無理なく自然にってフレーズを付けたい感じ。
「いや、伸ばすなよ」
「うん、これなら普通に着れそう。良かった~」
胸を撫で下ろす。
「着物や巫女服、チマ・チョゴリやサリーみたいなのだったらどうしようかと」
「一部、明らかに変なのがあったぞ。せめてそこは袴にしとけよ」
九十九は本当に突っ込みが細かい。
「一部の国や集落ならそう言った民族衣装に近い統一服はあるけど、中心国は……。ああ、法力国家は基本、祭服だね」
「祭服……。宗教的な服ってことですか?」
ファンタジーのお約束かな?
「神官が多い国だから自然にそうなるね」
「袈裟とかターバンではないってことですね」
「神位……、神職としての位が高くなれば、帽子着用ができるようになるらしいね。まあ、ほとんどは見習だから帽子着用は許されていないけど、あれは、見てみる価値はあるかな。面白いから」
「服ならともかく、それ以外で面白い要素があるのかよ」
九十九も確認している辺り、見たことはないようだ。
「アリッサム……、魔法国家は暑いためか薄手の生地が多いかな」
「……って、オレの発言は完全無視かよ!」
無視らしい。
雄也先輩は気にせず続ける。
「セントポーリアは常春……温暖な気候ではあるんだけど、魔法国家は火の大陸と言われるだけあって他の国よりも明らかに暑いと思うよ」
「わたしの向かうところは年中春なのか」
暑さ寒さで困ると言うことはなさそうだ。
「服についてはこんなところで良いかな?」
「はい、実物も見ましたし」
しかし、スカート……、スカートかあ……。
しかも、これはスタイルが良くないと似合わないかもしれない。
ちょっと気合を入れる必要がある。
「次は住まい……。住居だね。そちらについても、城下に手配済みだよ。手狭ではあるけど、4人で暮らす分には問題ない」
「手狭なのかよ」
「仮住居だからね。最低限の設備があれば十分だろう。それに大きければその分、人目に付いてしまう」
仮住居?
「あら、城下に借りたのね」
「はい、当面はそこでいろいろと準備も必要かと。街から外れすぎてもかえって目立ちますから」
「でも、城下になんて、よく借りれたわね」
「流石にこちらはコネを使わせていただきましたよ」
あ、なんか雄也先輩の背後に黒いものが見えた気がする。
「お、お風呂とか、トイレとかは?」
「バスとトイレは各個室に完備されているよ。使い方はまあ、現物を見てからかな」
各個室にお風呂やトイレってどこのホテルですか?
「良かったぁ……。魔界にもトイレやお風呂がしっかりあって……」
「風呂も便所もないと困るだろう。風呂は身体の洗浄のために大事だし、魔力の安定のためにも必要なものだ。そして、便所にいたっては食うモン食ったら出さないわけにはいかない」
「言葉を選べ。無粋なヤツだな」
本当だよ。
この前、わたしも言ったのに。
お手洗いって言わなくても良いから、せめて、トイレって言って欲しい。
お風呂やトイレの使い方を教えてくれるってことは、やっぱり人間界とは違うってことなんだろうな。
でも、場所が場所だけに二人から習うのは抵抗がある。
いや、雄也先輩なら教えてくれそうだけど。
でも、こっそり母から学ぼう。
わたしの精神の安定のためにも!
わたしは、そう誓うのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。