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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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少年は心の準備をする

前話までより、時間が少し遡ります。

 今日の目覚めは不思議なくらい、やたらと良かった。


「マジかよ……」


 手にとった目覚まし時計は、4時半を過ぎたところを差していた。いつもよりもかなり早い時間の起床時間だった。


 起きて行動するにはまだ早いが、何故だか目が冴えて眠れない。

 そんな状態で無理に眠る努力をしてしまったら、逆にそのまま寝過ごしてしまう気もする。


 それはちょっと恥ずかしい。


「あ~、オレも……、緊張しているってのか?」


 ちょっと緊張したぐらいで睡眠が浅くなるなんて、自分にそこまで繊細な部分があるとは思っていなかったから正直、ビックリしている。


 まあ、不吉な未来を夢に視てガバっと飛び起きるよりは幾分マシだと思うが。


 今日はオレの誕生日からちょうど一ヶ月という日である。

 そして、オレにとってはとても大事な日だった。


 しかし、そんな日だと言うのにあまり眠った気はしない。


 はたして、こんな状態で今日一日大丈夫だろうか?


「昨夜も眠ったのは0時過ぎてたってのに、この時間に起きろというのか、オレの身体は……」


 夜も結局すぐには寝付けなくて、ゴロゴロしているうちにそんな時間になっていたんだ。


 起きろと命令しているのは身体ではなく正確には脳なのだろうが、この際、そんなことはどうだって良かった。


 今日は、人間一人の運命が狂う日。

 少なくともオレはそう思っている。


 いろいろと情報をつないだ結果、その結論になったらしい。


 いや、なんか漫画にハマっているヤツがその気になって言いそうな言葉だが、これは事実だから仕方がない。


「オレが、狂わせることになるんだろうけどな」


 そう言いながら、オレは自分の右手を見つめる。


 実際にこの手を使うことになるのかは、その場の雰囲気とか流れとかそういったもの次第になるだろう。


 正直、相手の気持ちを考えずに実力行使という手段は気が進まないのだが、状況によってはその選択も仕方がないと思っている。


 それにオレが手を出すまでもなく、近いうちにその人間の運命は確実に狂う。


 オレが関わらずに放置した場合は、真っ当な人間なら望みもしない方向へと進むことになるだろう。


 勿論、本人はそんなことを望まないだろうし、そんなことも知らないはずだ。

 でも、時として無知はとんでもない事態を引き起こすことにも繋がる。


 全く何も知らない今のままでは、ソイツの行く先は間違いなく悲劇しか生み出さないはずなんだ。


「まぁ、そうなっても自業自得っちゃぁ、自業自得なんだけどな」


 少しだけ、どうにでもなれという思いを込めてそう呟いてみたが、それぐらいで気が晴れるほど単純な話ではなかった。


 ソイツは自分の置かれている立場を知らない。


 いや、()()()()()()()()()()()()のだ。


 そして……、このオレのことも。


 だからこそ、オレは……、ソイツに会って、伝えなければいけない。

 その結果、オレがソイツに恨まれてしまうことになっても。


 過去に少しでも、関わった人間が悲劇を起こすことが分かっていて、何も手を打たないなんてことはあまりしたくない。


 できる限りのことはして防ぎたいと思うのが普通だと思うのはオレだけか?


「だから、覚えてないほうが悪い」


 そう言いながら、オレはため息をつく。


 ソイツは不自然なほど大事なことを何も覚えていなかった。

 昔のことも何一つ。


 そのことに対してはいろいろと複雑だが、それがソイツにとって身を護るために必要なことだったのだろうと、なんとか思い込むことにしたのが数年前。


 そこに至るまでにもさらに同じくらいの年数がかかっているが、この際、それは横に置いておく。


 オレだってガキだったんだ。

 いろいろと説明されたところで、「はい、分かりました」と単純に納得できるはずがない。


 気持ちを整理するってのはそれなりに時間がかかるんだよ!

 仕方がないんだ!


 だから、オレは悪くねえ!!


 こちらとしても、野放しにすることが許されるギリギリまで待ったつもりだった。


 それでも、ソイツは、全く思い出す様子もなかった以上、行動に出るしかないのは仕方がないことだと思う。


 放っておけば、ソイツの齎す害は、当人自身ではなく周りに向かう。


 そして、その段階になってしまったら、被害が出るのを食い止めようにも無理だろう。


 元々の力量の違いに加え、必要以上に増大した状況でなんとかできるようならオレもここまで悩む必要はないんだ。


 すぐにそうなることはないと思うが、明日にでもその状況が起こらないと言い切ることは誰にもできない。


 だからこそ、期日ギリギリの今日、動くしかなかった。


 本当に誰も悪くない話。


 そんな風にここまでいろいろと考えていたら、完全に眠ることができなくなった。

 そう判断したオレは、のそのそとベッドから這い出て、着替えることにする。


「しかし……」


 ソイツに会った時、これらの事実をどうやって伝えれば良いのか?


 面識があるから言葉をかけること自体は難しくない。

 だけど、そこから話をどう切り出すのか。どんなふうに説明すれば良いのか。


 昔の記憶がない普通の人間に本当のことを話したところで、簡単に信じてくれるとは思えない。


 下手すれば頭がおかしなヤツ扱いだ。


 ある程度の人間関係を作っていたという自信はあったが、だからといって何を話しても信じてくれるかどうかは全然違う話だ。


 ソイツに不審がられずに事情を説明する。

 実は、それがここ数日のオレの悩みというか頭痛の種だったりする。


「普通に考えれば、オレの仕事じゃねえはずなんだけど」


 オレは対話で相手を説得し、納得させるという行為はあまり得意じゃなかった。

 それが得意なのは別の人間だ。


 その別の人間から、「適材適所」だと言われたが、正直、適している気がしねえ。絶対にミスマッチだ!


 どの辺りが適していると判断したのか、この話を持ち出した立案者出てきやがれ!


 そこまで考えて……、出てきたところで自分に勝ち目はないと知っている。

 どうせ、また上手く言いくるめられて終わり、だ。


 相手は付き合いが長いせいか、弱点を的確に突いてくる。

 隙を見せているつもりはないのに、いつの間にか誘導されて穴に突き落とされているんだ。


 どんな情報収集能力を持っていたら、あんな展開になるんだろう。


 そして、付き合いが長いのに、なんでオレからの攻撃は通じないのだろうか? 腹が立つほど良い笑顔でさらりと流されて終わるとか、いろいろと酷い話だと思う。


 オレは、大きく深ぁい息を吐く。

 悩んだって今すぐ勝てるはずがないんだ。


 それに、今、考えるべきは今日、これからのことだ!


 今度は大きく息を吸ってから吐く。

 そして、深呼吸の後、軽いストレッチを始めて、考えることを一時、中断した。

 ゆっくりと手足を伸ばして、身体も頭もしっかりと目が覚めるように動かしていく。


 それらが終わる頃には、少しだけ、額に汗が滲んでいた。


「説得する材料もあるけど……、これを使うのはできるだけ後の方……だよな」


 頭をすっきりさせて、物理的な証拠となるものに目を向ける。


 言葉だけで簡単に信じさせることはできないが、アレを見せれば少しは状況が変わるとは思う。


 しかし、問題はそれを出すタイミングだ。


 この手段は失敗すれば二度と使えないし、同時にここまで築き上げた信用はなくなるだろう。


 こんな状況を、「諸刃の剣」って言うんだっけか?


 オレ自身の好みで言えば諸刃……、両刃の剣は嫌いじゃない。

 グラディウス、クレイモア、バスタードソード辺りが両刃だった気がする。


 いや、片刃も勿論好きだ。

 特に日本刀は見た目も能力も最高峰だと思っている。


 切ることに特化した剣というのはときめくよな?


 ……うん。

 分かってるんだ。


 これは現実逃避。


 ちょっとぐらい汗を流したぐらいで悩みがキレイに晴れていたら、いつも汗かいてるスポーツ選手なんてほとんど悩み無しってやつだよ。


 いろいろ考えたって仕方がないのは分かっているけど、何も考えずにいられるほどオレは脳天気な存在になれなかった。


 今日一日こんな調子なのだろうか。考えるだけで気が重くなってくる。


「なんか……、うっかり事件にでも巻き込まれたら話も手っ取り早く済むだろうから楽で良いんだけどな~」


 不謹慎にもオレはそんな独り言を呟きつつ、朝食の準備をするために部屋から出た。

 これだけ時間があれば、それなりに凝ったものが作れるだろう。


 オレが何気なく悪意なく呟いた誰に聞かれるでもないはずの独り言。


 まさか、そんな愚痴に近い言葉が本当に現実になるとは、この時のオレは、思いもしなかったのだけど。

前話で予告をしたとおり、今回から更新時間を変更いたしました。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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