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【序章】夢から醒めたように

初投稿です。

よろしくお願いいたします。

 その日は本当に突然訪れた。


 何の予告も前触れもなく。

 変わらず続くと信じていた日常を壊すかの如く。


 ―――― 全ては夢から醒めたかのように。


****


 その日、彼はいつものように過ごしていた。

 師から手渡された課題を前にして小さな唸り声をあげている。


 少年と言うにはまだ幼く、幼児と形容しても問題がないような年齢の彼は、目の前の机にいくつもある石を一つ、その小さな手にとっては睨み、白い箱と黒い箱に丁寧に分け入れていく。


 それらの石は黒ずんだり、光をなくしたりしているものばかりだが、価値がないものばかりではない。


 それに酷く壊れやすいものもあるのだ。

 取扱いは慎重に行わなければならない。


 前にうっかり壊してしまった時の、師の怒りは凄まじいものだった。


 あんなに恐ろしいオモイは二度としたくない。

 物理的にも精神的にも。


 今、彼は、そんな石を鑑定する作業を黙々とこなしていた。


 分別の基準は分かっているのだが、ここ数日はこればかりが続いている。

 そして、一日に行う数も、この年齢の子供がする仕事にしては決して、少なくはなかった。


 それでも、今日の分の課題である百を超えていた石が残り十数個となり、ようやく終わりが見えてきたところで、彼は一言こぼした。


「早く、遊びに行きたいな……」


 この作業は別に嫌がらせの類ではなく、全く意味がないわけでもない。

 彼の将来に繋がるために必要とされる大事な課題の一つだ。


 彼もそれが分かっているから逸る気持ちがありながらも、手を抜くことはせず、一つ一つを真剣に見極めていく。


 これが終われば、いつものように遊びに行けると、それだけを信じて彼は手を止めず、石を睨みつける。


 そして、机に転がっている石が残り三個となったところで、部屋の扉が乱暴に開け放たれた。

 開けた相手は彼の師であり、親代わりでもある女性。


 普段は勿論、幼児の部屋に対しても入室の合図ぐらいはしてくれるが、乱れた長い髪やその表情からそんな余裕もないことは彼にも分かった。


「どうしたの?ミ……」

「来なさい!」


 師の名前を呼ぶ間もなく、強引に腕を引かれて部屋から連れ出される。


「待って! まだ『魔石』の選定が……」


 後三個残っている。

 そう続けようとしたが……、彼は思わず言葉を飲み込んだ。


 それだけ師が切羽詰っているとでもいうような顔をしていたのだ。

 それは、今までに彼が見たこともない表情だった。


「『魔石』の選定は大事だけど、()()()()()()()()()()()()でしょう?」


 そう呟く師の言葉は、いつものように余裕がある口調ではなかった。

 少なくとも、こんな顔も見たことがなければ、こんな声を耳にしたこともない。


 何よりも、その言葉の意味を察して、彼は胸騒ぎを覚えながらも恐る恐る尋ねる。


「何か……、あったの?」

「これから、あるの」

「何が?」

「あの子たち親子とのお別れ」

「え?」


 その言葉の意味が分からなくて、思わず、彼は自分の師を見つめた。


 彼の視線を受け止めた師は、力なく微笑む。


「前々から、彼女たちには言っていたことよ。その時が来たら私が責任持ってここから逃がす……、と。その時が来てしまった。ただ、それだけの話ね」

「言ってる意味が分からないよ」

「そうね。今は分からなくても良いわ」


 そう言って、師は足を止めた。


 石造りでできた飾り気のない部屋だった。

 ここに、彼は一度も来たことはない。


 だが、大事な知識として、この部屋の存在は聞かされていた。

 どんな時に使うためのものかも。


 そして、その奥には、兄の姿と一組の母娘(おやこ)の姿が見えた。


「連れてきたわ」

「なんで……?」


 師の言葉に、娘の方が呟きのような疑問を投げかける。


「別れぐらいしっかりさせなさい。これまで貴女を守ってきたのはこの子たちでしょ?」

「でも……」

「勘の良い兄に気付かれてしまったのだから、観念なさい。流石に弟だけ仲間外れにするのはあんまりだわ」


 そう言って、彼の師は肩を竦めた。


「俺は納得してない」


 そう言ったのは、兄だった。

 その表情には明らかな怒りが込められている。


「黙って俺たちを置いて去るなんて絶対許さない。拾った責任は最後までとってくれ」


 その言葉で、娘の方は困ったような顔で母親を見る。


「悪いけど、詳しく説明している間もないの。この娘の様子を見た限り、本当に時間がないみたいだから」


 そう言いながら、母親の方は娘の頭に手を置いて困ったように笑った。


「それに、これ以上、貴方たち兄弟を私たち親子の事情に巻き込みたくない。それも分かって欲しい」

「今まで散々、巻き込んでおいて今さら何を!」

「落ち着きなさい、兄」


 今にも娘の母親に掴みかかろうとしそうだった兄を、師が肩に手を置いて止める。


「今までとは事情が違う。それは察しなさい。それにこの『転移門(ゲート)』は使用許可がいるのは教えたよね?」

「そんなこと忘れた!」

「いや、貴方はそこまで愚かじゃないでしょう?」


 そんな兄と師のやり取りを横目に、彼は娘を見つめていた。


 彼女は困ったような泣きそうな顔で兄たちの言い合いを見ている。


 同じような顔で、彼が彼女を見ていることに、少しも気付かないで。


「この頑固さ。あ~あ、誰に似ちゃったのかしら?」

「師でしょう? そっくりだと思いますが?」


 これ見よがしに敬語を使う辺り、この兄の性格を表している。


 そこで師に火が点いたのか、的確に兄を言葉で仕留めるような言い回しにシフトしていく。


 そして、その口撃に懸命に対処しようとする兄。しかし、悲しいかな経験が違いすぎるとしか言いようがない。


 具体的には3倍以上の年齢の差があるのだ。


 そんな兄が、まだ師を超えることはできないのは幼い彼でもよく分かった。


「か、母さま……」


 震えるような声で、娘は母親の袖を右手で掴んでいる。


 その表情は蒼白で……、何故か自分の左手首をしきりに気にしていた。


 そんな娘の顔とその左手首を交互に見た母親は覚悟を決めて言い放った。


「仕方がない。気がすすまないけど、『命令』しなさい。残念だけど、それが一番早いから」

「嫌です!」


 母親の言葉に間髪入れず返す娘。


 いつも母親の言葉にだけは素直に従っていた姿しか見ていなかった彼ら兄弟には、その姿が信じられず、目を見張り、その動きを止めてしまう。


「彼らは巻き込めない。そして、この様子では引いてくれる気もない。じゃあ、どうしましょうか?」


 滅多に見ない娘の反応に対し、母親は笑みを隠さずに言う。

 それは挑発的でもあり、蠱惑的な微笑みだった。


 娘は、そんな母親の態度に目を丸くして……、俯き、そして、また自分の左手首を見た。


 先ほどから娘自身も、その母親も、兄をある程度言い負かして拳をぐっと握りしめている師も、彼女の左手首を不自然なまでに気にしている。


 それは昨日までの三人になかった行動だった。

 そこに原因があるのは誰でも分かることだろう。


 そして、そのことは兄も気づいているはずなのに何故か触れない。


 だから、彼は『魔石』を鑑定する時のように、意識を集中して娘の左手首を視た。


 それだけだったのに……、ぞわりと……、総毛立った気がする。


 視ているだけで吐き気と頭痛が起きたような不快感が身体に広がり、思わずその左手首から目を逸してしまった。


 そんな彼の行動に彼女は気付いてしまったのか……。


 顔を上げて彼を見据えて口にする。


 その瞳は、既に先ほどまでの弱さは少しもなく、決意を込めた強い圧迫感を伴うものになっていた。


 それを見てしまった彼ら兄弟は反射的に身構える。


 何故なら、今までこの瞳を向けた娘に、この兄弟は一度も勝てたことはなかったからだ。


「『命令』です! 二人とも、わたし達親子の気配がなくなるまで、絶対にこの場から動かないでください!」


 彼女が持つ強い瞳以上に、激しい言葉の圧力で彼らの動きは生命活動以外の動きを止めさせられた。


 生まれて初めての強制的な身体の支配に、彼の意識は遠のいていく。


 薄れていく意識の中で、ふわりと身体を包み込むような気配と「ごめんなさい」の言葉を聞いた。


 それも、()回。


 だが、今となってはどうでも良かった。

 心の準備もほとんどなく強制的に別れを告げられたことに、何も変わりはないのだから。


 結果として、彼ら兄弟は、この日を境に同じ年代の子どもたちとは異なるほど急激に変化していくことになる。


 そして、そんな出来事から約10年の時を経て、ひっそりと物語は動き出す。


 それは、運命の女神の導きのように。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

この話は【序章】につき、次話より雰囲気が一気に変わりますのでご注意ください。

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