7
「それは……少しでもサミュエル様が、私を想っていて下さると思っても、良いと?」
私の腕の中で見上げるようにしている彼女の大きな瞳に、うっすらと膜が張られていく。
「違うのでしたら、早く訂正して頂きませんと。私っ、都合良く、勘違いを、して……」
「勘違いなどではない。君の方こそ、逃げるのなら今だよ。私はもう、君を放してあげられそうにないから」
「逃げません! 絶対に。ずっと、貴方のことだけを、想ってきたのです。私を、貴方のお嫁さんに、して下さい」
瞬きするのと同時に、耐えきれなくなった大粒の涙が彼女の頬を伝う。
一度流れてしまえば、それはもう次々とあとを追うように。
「……また泣かせてしまったね」
「今度は意味が違いますわ」
そう言って泣きながら笑う彼女が愛しくて、涙を唇で拭う。
……全然拭えていないが。
瞼に、頬に、そして彼女の唇へと近付いた瞬間。
「コホン、コホン」
という、わざとらしい咳が聞こえてきて、動きが止まる。
そういえば、ここは訓練場の入口だったな……。
ゆっくりと顔をそちらに向ければ、そこには眉間にシワを寄せる副団長と騎士たちがズラリとこちらを見ていた。
いつから見られていたんだ? だらだらと背中を嫌な汗が伝う。
「割と最初からですね」
まだ何も言っていないのに、何故副団長は分かるんだ?
「あなたの考えてることなど全てお見通しですよ。単純な脳筋なんですから」
彼女は恥ずかしがって顔を上げられないようで、私の胸に顔を埋めている。
ああ、もう本当に放してあげられそうにない。
「……とりあえず、あなたは顔をちゃんと戻して。いつまでもこんなところにいないで、彼女を連れて執務室に行きますよ」
顔を戻せと言われたが、私はどんな顔をしているというのだ?
首を傾げれば。
「だらしなく緩みきった顔ですね」
だから、何でお前は私の考えていることが分かるんだ!
「ほら、さっさと行きますよ。そちらに隠れている彼女たちも」
副団長が声を掛けた方向を見れば、柱の陰からマリー嬢を含む三人の令嬢が出てきた。
副団長はスタスタと執務室に向かって歩き出す。
私も彼女の肩を抱くようにして、一緒に副団長のあとを追う。
その後ろを三人の令嬢がついてくる。
その間誰も言葉を発することはなかった。




