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あれからしばらくして、彼女とライアン殿下の婚約が破棄されたことを知った。
ライアン殿下の王籍剥奪という大変なスキャンダルと共に。
その噂を知らない者はいないというほどに、王都ではどこにいてもその話題で持ちきりであった。
噂は微妙に内容に食い違いがあれ、どの噂も元殿下が非のない彼女を蔑ろにし、公衆の面前で婚約破棄を言い渡したというものだった。
婚約破棄だけでも貴族の令嬢としてはこれ以上ない仕打ちだというのに、何故態々公衆の面前でそれを突き付ける必要があったというのだ。
彼女には何ら非がないというのに。
彼女が傷付き小さな肩を震わせて泣いているのではないかと思うと、私の胸もズキリと痛んだ。
何も出来ない自分に苛立ちながらも、私もそんな彼女を傷付けた側の人間であるということを思いだし、頭を垂れる。
何かをしていないと彼女のことばかりが思い出され、何も手につかなくなるので、余計なことを考えないように一心不乱に仕事をした。
副団長から『少しは休んで下さい!』と、今までと真逆の言葉を言われるほどに。
夜眠る時も夢に出てくるので、酒を飲んで眠るようになった。
いい歳をして、情けない限りである。
しかし、そうか。彼女が婚約破棄となったということは、今彼女は誰のものでもないということだ。
美しく聡明で、けれども恥ずかしがりやでお菓子作りが上手で。
子ども扱いは嫌だと言いながらも、頭を撫でられると嬉しそうな顔をする彼女。
親子ほども歳の離れた彼女を、初めは自分が結婚して子どもがいればこのくらいだろうと、確かに子ども扱いしていた。
こんなむさ苦しいオジサン相手に、来る度に嬉しそうに近付いて声を掛けて来る姿に、懐いてくれたことが嬉しくて可愛くて仕方がなかった。
だから、あのような噂をたてられたことが腹立たしく、許せなかったのだ。
だが一番許せないのは、彼女を傷付けた私自身だ。
二番隊隊長や副隊長や元王子も皆許せないが、もっと気のきいたことを言えなかった自分が最も許せなかった。
もう二度と会えないと思っていた。
いや、会ってくれないだろうと思っていた。
あんな風に傷付けてしまったのだから。
だからまさか、彼女から会いに来てくれるなど。
そしてまさか、告白されるなど思ってもみなかったのだ。
冗談かと思った。
からかわれているのではと、思った。
なんと言っても私はもうすぐ四十に手が届く年齢だ。
彼女の親と同じくらいの。
だが彼女の真っ直ぐな瞳が、事実だと告げていた。




