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彼女がローガンの妹マリー嬢と一緒に訓練場へ通うようになってから数ヶ月。
その間に彼女の色々な情報が私の耳にも入ってきた。
彼女は最近素行に問題有りとされるライアン殿下の婚約者であるということ。
クラーク侯爵に溺愛されかなり甘やかされていたため、昔はかなり我が儘な令嬢だったらしいこと。
今はその影もないほどに落ち着いて、完璧な令嬢として学園でも貴族・平民問わず慕われているらしいこと。
まぁ、この情報元はマリー嬢経由のローガンだろう。
親子ほどに年の離れた彼女はとても可愛らしく、きっと私が結婚して子どもがいたならば、こんな風に……はならないか。
ここまで素晴らしい令嬢には育たなかったとしても。
私はきっと、可愛らしい娘を溺愛していただろう。
などと思うほどに、彼女の姿を見つけては頭を撫でていた気がする。
しばらくして、そんな彼女と私のことを面白おかしく話をする、第二部隊隊長と副隊長の姿があった。
この二人は以前から何かと私に突っ掛かってくるのだが、相手にするのも面倒なので適当にあしらっていたのだ。
自分より低い身分の私が、自分たちよりも上の立場にいることが面白くないというのが理由らしいが、くだらん。
勝手に言わせておけと、今までの私ならば放っておいただろう。
私のことを言われるだけならば、特に何を思うこともなかった。
だが、彼女のこととなると話は別だ。
彼らは私と彼女が不義を働いていて、彼女は私の部屋へと連れ込まれているなどとありもしない嘘を並べ立て、わざと人に聞かせるように大声で話しているのだ。
正直彼らは実力もないのに実家のごり押しで隊長と副隊長の地位を手にし、他の隊員を見下して威張りくさっているために、人望というものが全くない。
彼らは知らないだろうが、隊員達からは『近衛騎士団のお荷物』とまで言われているのだ。
近いうちに副団長と相談の上、断捨離を行う必要がありそうだな。
とはいえ、今すぐというわけにもいかない。
今は何かと忙しく、優先順位として低いソレはどうしても後回しになってしまう。
彼らの話を鵜呑みにするような者はいないとは思うが、万が一ということもある。
出来るだけ彼女との接点をなくすことが、今私に出来ることだろう。
あの笑顔が見られぬのは、とても残念ではあるが。
それから私は彼女を避けるようになったのだ。
◇◇◇
執務室で書類と格闘していれば、副団長から、
「アビゲイル・クラーク様からの差し入れです。先に皆で分けさせて頂きました。こちらが団長の分です」
と紙に包まれたお菓子を手渡される。
彼女の差し入れは、いつも心のこもった手作りのお菓子で、とても優しい味がした。
しばらく彼女との接点を持たなければ、彼らも飽きてこの話をすることもなくなるだろうと考えていたのだが。
私は彼らの執念を甘く見すぎていたのだ。
内容は更に酷いものとなり、それは口には出すことも憚られるようなものだった。
早急に対策を考えねばと思っていたところで、彼女とバッタリ出会ってしまったのだ。
いつもであれば、彼女の気配を察して避けているところであるが、考えごとに没頭していて気配を探ることを怠ってしまった。
私の姿を見つけ、とても嬉しそうな顔をする彼女が可愛らしく、頭をわしゃわしゃと撫でたいところではあるが。
あの二人に彼女といるところを見られたら、何を言われるか分からない。
きっと彼女を傷付けてしまう。
私はとても慌てた。彼女に早くこの場を離れてもらわなければ。
そして、思わず口から出た言葉が、
「私からいつでも来ていいと言っておきながら申し訳ないが、貴女が来るようになってから騎士たちの士気が下がっているのだ。身内に騎士のいるマリー殿はいいとして、部外者である貴女には、今後の出入りはご遠慮願おう」
というものだった。




