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馬車の中にはマリーとその隣にアビゲイル、そしてその前にミレーヌとミランダが乗っている。
いつも通りの皆の様子に、まさか自分にだけ内緒で近衛騎士団宿舎へと馬車が向かっているなど、思いもしないアビゲイル。
そして思い出したようにマリーが皆に告げる。
「すみませんが、カフェに行く前に一箇所寄り道させて頂きますね」
「私は構いませんわ」
「私も」
こんなやり取りも、元々アビゲイル以外の三人で行った作戦会議で決められた流れに沿っているものなのだが、そんなこととはつゆ知らず。
アビゲイルも同じように答えていた。
「私も構いませんわ」
そして。
目的地が近付いたようで、馬車のスピードが落とされて行く。
完全に馬車の動きが止まった。
「着きましたわ。皆さん、一度降りて頂けますか?」
まずドア側のマリーとミレーヌが降りる。
そしてミランダはアビゲイルに先に降りるよう促す。
無事アビゲイルを近衛騎士団宿舎まで連れて来ることに成功したのだ。
アビゲイルを先に降ろしたのは、途中で気付かれて馬車から降りないなんてことにならないようにである。
「え……? ここは……」
何度も足を運んだ、見覚えのある近衛騎士団宿舎。
アビゲイルは呆然とするしかなかった。
「どうして……?」
四阿でマリーに誘われたが、ちゃんとお断りしたはずで。
じゃあ何故ここに連れて来られたのか。
それよりも、もしここに来たことがサミュエル様に知られたら……。
思わず身震いする体を抱き締める。
ミランダがアビゲイルの前に立ち、肩に手を置いた。
「アビゲイル様。そうやってずっと、ご自分の気持ちから逃げ続けるのですか? 逃げ続けて団長様が他の誰かのものになっても、後悔せずにいられますか?」
真剣な顔でゆっくりと、一言一言噛みしめるように諭してゆく。
サミュエル様が他の誰かのものになる……?
想像しようとして、それを頭が拒絶する。
思わず口から出た言葉は。
「い、嫌。嫌です!」
「でしたら、逃げないで下さい! 怖いでしょうけれど、私たちがついておりますから」
ミランダ様の言葉に、ツーッと頰を伝わる涙。
サミュエル様に会いたくて、でも拒絶されたらと思うと怖くて怖くて。
確かに私は逃げていた。
怖がって逃げながらも、サミュエル様に大切な誰かが出来ることにも怯えていた。
逃げていても、先に進めるわけではない。
彼に大切な人が出来たらきっと、私は後悔する。
動けなかった自分に失望する。
何のために、婚約破棄したのか。
あの努力と、今ここにいるマリー様、ミランダ様、ミレーヌ様の協力が無駄になってしまう。
ゲームの世界に転生したことに気付いた時は絶望したけれど、大切な友達や家族に恵まれて、私は今、確かに幸せなのだ。
……ダメで元々。
嫌われたなら、皆に慰めてもらって、その時にどうするか考えればいいのだ。
……よし!
涙を拭って、両手の拳を握る。
「当たって砕けろ、ですわね。皆様、骨は拾って下さいませね」
「「「いえいえ、何故砕けるの前提なんですか!?」」」
 




