2
「ドナドナド~ナ~ド~ナ~♪」
思わずドナドナを口ずさんでしまったわ。
今私は、今日より入学するファリス学園へと向かうべく、馬車に揺られている。
馬車の向かい側の席には、侍女のミアが「頭は大丈夫か? コイツ」というような目で私を見ながら座っている。
だから、そんな目で私を見るのはやめて!
何となくドナドナな心境になってしまったのだもの。
……あれからも少しずつだけど、アビゲイルの記憶は戻ってきている。
裏を返せば完全には戻っていないということだ。
今の私の人格は完全に柚月である。
自分の中に他人の記憶があるような、変な気分だ。
けれど分からないのは、今柚月がアビゲイルとして存在しているということは、柚月は死んでしまったのよね?
その辺の記憶が私には丸っきりないのだ。
十七歳から先の柚月の記憶はプッツリと途絶えている。
「そのうち思い出すのかしら……」
窓の外の風景を眺めながら独り言つ。
「お嬢様、何か仰いましたか?」
「いいえ、何でもないわ」
そして無言の馬車の中。
それにしても。
スプリングもない馬車って、めちゃくちゃ揺れるしお尻が痛くて死にそう。
なのに優雅に座ってなきゃいけないとか、お嬢様っていう存在に尊敬である(私もお嬢様だけど)。
早く学園に到着してくれないと、私の尾てい骨が死ぬっ!
顔に出さないように必死にお尻の痛みと戦っていると、漸く学園が見えて来た。
嬉しくて思わず涙が薄っすらと滲んだのは、仕方がないよね。
◇◇◇
「ゲームのまんまだわ」
門を潜ると眼前には見覚えのある特徴的な真っ白い噴水と、その奥には贅を尽くしたと思われる白亜の宮殿ならぬ校舎が。
初めてゲームで目にした時は、「これ学校の校舎じゃないよ!」と盛大なツッコミを入れたものだけど、まさか自分がこれから三年間、学園でお世話になるなんて。
本当、人生何が起こるかわからない。
ーーここ、フィリス学園は全寮制の学園である。
ゲームでの各種イベントの八~九割がこの学園内で起こり、残りは王宮でのパーティーなどだ。
つまり、これから(一学年上である)ライアン殿下が卒業するまでの二年間は気を抜かず、各種イベントを確実に回避しなければならないワケで。
そのためにも寮の部屋に入ったら直ぐ、攻略キャラ毎に起こるイベントを書き出してみようと思う。