5
「やあ、仔猫ちゃん。また会ったね」
四阿から教室へ戻る途中、バッタリとあの女誑しな先輩と遭遇してしまった。
いい加減仔猫ちゃん呼びは寒くてイラッとする。
「私の名前は『仔猫ちゃん』なんて名前ではありませんの。失礼致します」
軽く会釈をして彼の横を通り抜けて行こうとしたら、手首を掴まれた。
「待って。じゃあ、君の名前を教えてくれる?」
……仔猫ちゃんナシでちゃんと話が出来るじゃない。
初めからそうやって話せばいいのに。
「まず先にこの手を離して頂けますか?」
ちょっとキツイ言い方になってしまったのは、今までの彼がやってきたことを考えると、仕方がないよね?
攻略キャラには極力お近付きになりたくないし、最初に勝手なこと(お姫様抱っこ)をして人の話を聞かないし。
仔猫ちゃんなんて鳥肌モノな台詞を多用するし。
失礼なことするわウザいわで、良い印象まるでナシだし、もう無視してよくない?
名乗らなくてもいいよね?
なんて考えてるのが分かったのか、彼は私の腕を離すと真面目な顔になり、丁寧に頭を下げた。
「失礼しました。僕はレオン・スタンレー。スタンレー伯爵家の長男です。君の名前は?」
え? 誰、この人。
さっきまでと全然違うんだけど……。
ていうか、やればちゃんと出来るんじゃない。
最初からそうしていればいいのに。
「……アビゲイル・クラークです」
とりあえず、きちんと挨拶されたなら返さないわけにはいかないしね。
……そうだ、思い出した。
レオン・スタンレーは、スタンレー伯爵の浮気相手との子供だ。
正妻との間になかなか子どもが出来なくて、跡継ぎだとレオンを浮気相手から無理矢理奪い取るようにして引き取った翌年、正妻の妊娠発覚。
今更要らないなどと返すわけにもいかず、愛情を注がれることなく辛い幼少期を経て今に至る。
幸いにも弟は両親とは違い、とても出来た人間でレオンを慕っている。
レオンはそんな弟に跡を継がせるために、跡継ぎに相応しくない女誑しなチャラ男を演じるようになったのだ。
本来はとても優秀で、真面目な努力家という設定だったように思う。
……攻略キャラに、というよりサミュエル様以外全く興味がなかったので、正直あまり覚えていないのだけれど。
どちらにせよ、私にはどうでもいいことだ。
私にちょっかい出す暇があるのなら、シャルロットの所に行ってシナリオ通りに慰めてもらってくればいい。
「もうよろしいですか? 時間がありませんので失礼致します」
目を合わさぬようにその場を後にする。
ついて来られても迷惑だし←犬猫扱い
◇◇◇
「それにしても吃驚致しました。アビゲイル様があそこまで強く言われるのを、私初めて目にしました」
ミランダ様の言葉に、ミレーヌ様とマリー様が首を縦に振って同意する。
ちょっとやり過ぎたかな?
いや、多分大丈夫なはず?
「あの方がどう生きようとご自分で選択された人生ですから、私には全く関係ありませんけれど、自分の都合に他人を巻き込むようなやり方に、少し腹が立ちましたの」




