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「アビー、大丈夫かい?」
心配そうにノア王太子殿下が抱きしめていた腕を解いて、アビゲイルの顔を覗き込む。
実際に抱きしめられていたのはほんの数秒程度だったのだが。
顔を真っ赤にして、緊張で全く動けない私に、
「可愛いアビー!」
と言って頭を優しく撫でる。
ミランダ様達はただ呆然と目の前のこの状況を眺めている。
私はこの恥ずかしい状況を作り上げたノア王太子殿下を睨みつけるが、マリー様曰く、本人無自覚の『若干涙目+上目遣い=逆効果』という法則(?)によって、またノア王太子殿下にキツく抱きしめられてしまったのだった。
その後、何とかノア王太子殿下から解放された頃には、私のHPはガリガリと削られてレッドゾーンに突入していたため、午後の授業は受けずに寮へと戻った。
因みに先生には、ミランダ様に「体調不良のため寮で休ませて頂きます」と伝えてもらっている。
次の日も、また次の日も、週末を挟んで今日も懲りずに、毎日ノア王太子殿下は四阿へとやって来る。
そうなるとミランダ様たちも、その状況にも慣れるというもの。
「ノア様も頑張りますわね……」
マリー様が半ば呆れるような目でそう言うと、ご機嫌な様子で私の隣に当たり前のように腰掛けるノア王太子殿下。
「アビーが『はい』と言ってくれるまで通うつもりだからね」
本来であれば隣国の王太子殿下であり先輩でもあるノア王太子殿下に対して『ノア様』などという呼び方は許されないのだが、本人たっての希望によりそう呼ばせてもらうことに。
「何度仰られましても、この婚約は国王様と父との間でなされた決めごとですから、私の意思は関係ないのですわ」
何度そう説明しても、懲りないノア様はやって来る。
毎日顔を合わせる度に何度も「アビー、私と結婚してくれ」と言われるので、残念なことに彼のソレは最早「おはよう」「こんにちは」と同義語的なものになり掛けていたりする。
「プロポーズの言葉も毎日何度も聞いていると、ありがたみが失せますわね」
ノア様が去られた後、マリー様がポツリと呟いた言葉に、ミランダ様とミレーヌ様がとっても残念そうな顔で同意していた。
「アビゲイル様はノア様のプロポーズをお受けする気は全くございませんの?」
ミランダ様の質問に、即答で「ありません」と返した私。
だってね、仮にもし今の婚約を解消してノア様と結婚することにでもなれば、私は王太子妃になるわけで。
未来の王妃様ですよ、王妃様。
何ソレ、面倒クサイ。




