思い出
翼を無くし、落ちて行く雷。
そんな雷にさらなる脅威が!!
「あー、クソッ!」
細胞の移動が目に見えて遅い。やっぱ戦場から18年も離れてた分、意識に身体がついていかねぇ。
城に大穴を空けた後、空を飛んで逃亡した雷は謎の大剣に左の翼を千切られ、その身を大地へと近づけさせていた。
「···このままじゃあ、翼が出来たとしても間に合わない」
千切れた翼の根元の修復に注意を向けながら、地面との衝突に備える。
自由落下によって落ちる速度はどんどん加速し、普通の人間や魔物ならまず助からないであろう域にまで到達する。
「···?」
不意に身体の動きが不自由になっていく感覚が雷を襲う。
体制を整えようと右の翼を動かそうとするも、まるで動かせない。
剣に毒でも仕込まれてたのかと翼を見ると···
「···石化の呪いっ」
翼どころか身体のほぼ全てが石になっていた。
やられた、たとえ相手が避けても確実に行動不能に出来るようになってたのか。道理で身体の反応が鈍いわけだ。
急いで対抗魔法の組み立て、発動させる。
ただ世界の違いか、効果が薄い。
それでも今動かせるだけの細胞全てを使い石になった部分を包み込み、衝突のダメージを和らげようとする。
このままだと身体はバラバラに砕け散ってしまう。
その間にも地面との距離はどんどん近づく。
「チッ、一か八かだ。『エアバレット』!!」
地面にぶつかる直前、魔法で空気を勢いよく発射させ、落下エネルギーを相殺させる。そして着地の衝撃を極限まで弾力性を高めた細胞で消し、石になった部分に被害が無いように注意を払う。
「···ぷはぁ、風魔法は苦手なんだよなあ」
見えないものを操作するってのがちょっとなぁ。
目先の危機が去り、一安心したところで急に眠くなってくる。
外壁を抜けたからと言って油断は出来ないし、さっきの大剣を放った奴が追ってくるかもしれない。
そんなことは分かっているのだが、この現象には抗えない。
「···細胞を失い···過ぎた···」
残った細胞全てが増殖モードに入り、自我を保てない。
最後まで抗うように、ゆっくりと目を閉じた。
「スライ、世界って言うのは恐ろしく不公平だよな」
魔王は城下町を眺めながら呟く。
···魔王···様?それに、ここは魔王城のテラス?
「そうですか?俺には魔王様以外の者の違いなど無いように見えますが」
こっちは俺か。つまり、これは俺の夢か。そういえば、まだ魔王様が魔王としての日が浅かった頃、こんな会話をしたっけな。
「魔界は、生きるのに適さない土地だ、枯れた大地に覆われ、水は濁り、空気は淀んでいる。それに比べ、人界の大地は緑に覆われ、水は輝き、空気は澄んでいる、まさに不公平だ。」
「では、人間を滅ぼし、その領地を奪いましょうか?我々魔族に比べ明らかに劣っている種族。さして苦労なく滅ぼせます」
あの時の俺は、まだ魔将としての力も無く、魔王様のお心を察する知能も無かった。
「いいや、滅ぼすことも、こちらから攻撃を仕掛ける事もしない。」
「···何故でしょうか」
「暴力は憎しみを生むからだ。憎しみは憎しみを呼び、いつか必ず返ってくる。」
強き者が全ての魔界で、そのトップである魔王様が力を否定した。今考えて見れば、もしあそこに他の魔族が居れば、驚きで泡でも吹いていただろう。
「私達は、意識を変えなければいけない。ただ相手から何かを奪う種族から、知性を持ち、相手と手を握り合える種族へ」
魔王様は雷をじっと見つめ、肩に手を掛ける。
「種族の意識を変えるのは、恐ろしく難しいことだ。時には認めて貰えず、実力行使にでる輩も居るだろう。それでも、着いてくるか」
スライは左手を胸に当て、肩膝を地につき頭を下げた。
「貴方から貰ったこの命、たとえこの身が朽ちようと、貴方の為に使います」
雷は、何かを思い出したかのように、目をさました。
少し過去を振り返ってみましたが、魔王様ってすごい人格者ですよね。
今回も読んでいただきありがとうございました。
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