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導きの女神と転生の話3

"ああ、分かった。…お前と時間を話して潰している間に体のだるさも抜いていたから、お前を転送させられるくらいには回復できたな"

 フェルシエラは口角を上げ笑いながらそういった。


「…あまり無理はしないでください」

 紡がそういうとフェルシエラはニッコリ笑う。

"それはこっちのセリフだ。異世界に行ったらわざと死ぬような真似はするなよ。もし、すぐに死んだらお前のこと殺してやるからな!"

 死んだ状態でどういうふうに殺されてしまうのか興味を持った紡であった。


 ただ単に転生させる魔法より、フェルシエラが提案した方法の方が実は魔力を使ってしまう。

 転生させる魔法は赤ん坊の器に魂を入れ込むだけ。一つのプロセスで発動出来るのだが、フェルシエラが提案した方法はまず時間属性魔法<消し去られる軌跡>を紡にかけて紡の体を赤子のころに戻したあと、空間属性魔法<対象物転移>で紡をどこかに飛ばすので、二つのプロセスが必要になる。

 また、<消し去られる軌跡>は時間属性魔法の中でも魔力消費量が高く、万全の状態のフェルシエラでも対象が人など生物の場合だと15年くらい巻き戻すのが限界である。


"なあ、お前の名前ってまだ私に言って無いよな"

 フェルシエラは教えてくれと問いかける。

「あっ、すいません言ってませんでしたね。斉藤紡と言います」

 紡は心が読めるのなら名前も知っていると思っていた。

"心が読めるのは今考えていることだけだ。もしも名乗る前に私が名前を知っていたら、そいつはナルシストだな"

 フェルシエラはそう言ってからからと笑った。


 フェルシエラは先程まで立てなかったのが嘘だったかのように、すっくと立ち上がる。

"それじゃ、今からお前を転送させる準備をするから少し待っていてくれ"

 そういうと、フェルシエラは目を瞑り精神統一しながら紡の知らない言語で詠唱を始めた。


『 "魂よ 我が意思に従って 我に魔力を授けよ" <魔力量増加の法> 』

 フェルシエラがそういうとたちまち辺りに強い力の流れが起こり、紡もそれを感じ取る。

 今彼女の行使した魔法は無属性魔法<魔力量増加の法>という技で、これは自分の魂で生成される魔力を先に使用するというもので、行使したあとしばらく魔力が回復しなくなる。その代わり効果は一時的とはいえ通常時の3倍近くの魔力を行使できる。いわば諸刃の剣だ。


 今回フェルシエラがこの魔法を使ったのは、紡をこの世界に呼んだときにほとんど魔力を使い果たしてしまったからだ。最初にフェルシエラが紡の前に現れたときになかなか立てなかった原因は魔力を使いすぎることによる魔力切れで、普通の魔術師なら立てなくなるまで魔力を使ってしまったなら一日は気怠さで魔法を行使することすら出来ない。フェルシエラはなんだかんだ言ってもやはり神と云わしめる力を持っている。


 フェルシエラはふぅ…と一息吐き、目蓋をスッと開く。紡はその視線を受け思わず息を飲む。

"それじゃあ始めるぞ。…これから契約の儀式を行う。お前ーーツムギは私の名前が聞こえたら自分の名を名乗り上げてくれ"


『 "我が名はフェルシエラ-ルーナ 「僕の名前はサイトウツムギ…です」 今ここに契約を交わす" 』

"それじゃ、両手を出してくれ"

 紡はそういわれると前に手を出す。差し出された手のひらにフェルシエラは指を絡ませて握る。少年の心臓が高なる。それは彼が手を絡ませることが気恥ずかしくてなったのか、魔法の影響により高なったのか知るものはいない。


"今からの問答全てに肯定してくれ"

 頭に響く声が今までより鮮明に紡は感じられた。今、一つの魔法を交わしているからか紡にはフェルシエラと一つになったかのような不思議な感覚がした。紡はフェルシエラの話を理解し頷いた。


"お前は赤ん坊の姿に戻されること受け入れるか"


「はい」


"お前は知らない世界に飛ばされることを受け入れるか"


「はい」


"お前は生き抜くことを誓えるか"


「…はい」


"お前は…幸せになると誓えるか"


「…………はい」


"ならば私は誓う!ツムギの体を赤ん坊に戻すことを!ツムギを世界に転送させることを!"

『  "今、承諾は得られた。ここに契約を締結する" 』


 そう締めくくられて契約は成される。フェルシエラのこの魔法に決まった名前はない。そもそも契約の魔法とは言っていたが異世界の魔法の定義的にこれは魔法ではない。魔法は魔力を使うのに対しこれは魂と魂を結びつけるだけで、魔力は使われないのだ。

 しかし、魂を操ることは相当な高等技術で使えるものがほぼ居ない。大抵は魔力を用いて無属性魔法の<契約>を使う。フェルシエラは区別することを面倒だと思ったので「魔法」と普段からよんでいる。


 契約を終えて紡は胸の中に異物があるような感覚に陥る。しかし、それは嫌な感じではなく、どちらかというとポカポカ温かくて心地よい。その温かさはフェルシエラの魂のかけらだ。彼女の中にもまた紡の魂のかけらが入り込んで浸透していく。


"これで契約は終わりだ。ちなみにツムギは肯定したことを、私はツムギの時を戻して転送させることをしなければ10年後に命をこの魔法によって奪われることになるからな"

「…………………………え!?」

 フェルシエラは今までで一番いい笑顔で恐ろしいことをいう。

"…えへへ、だから私を殺さないために10年は絶対に生きて幸せを感じなければいけない。私を救うためにツムギは幸せにならないとな。…長生きさせてくれよ"

 握る両の手のひらをニギニギさせながらフェルシエラはそういった。こころなしか契約を交わしたあとの方が紡との距離感が近い。


 契約は終わったので紡は手を放そうとしたが、フェルシエラはそれを拒んだ。このまま時間属性魔法<消し去られる軌跡>を発動させるつもりだ。

 この魔法の注意点としてフェルシエラはツムギにしばらく話せないと当たり前のことを話す。


『 "歩み続ける時 止まることのない世界 命ある者は日々営み続ける 滅びへと向かって しからば我は抗おう この世の理を打ち破って"  <消し去られる軌跡> 』

 膨大な力の流れが紡に流れ込んでいく。すると紡は膨らむのではなく風船の空気を抜いていくように小さくなっていく。

 少しの間、時間が経つとそこには制服を着ていた紡は居なくなり、代わりに小さい赤ん坊が静かな目をフェルシエラに向けていた。


"よし!まず一つ!"

 フェルシエラは握っていた手を放して、紡を抱きしめる。

(…これが赤ちゃんの体…。動きにくいな。…それよりなんで抱きつかれているんだろう?)

"それはな出来るだけ近くに居た方が魔法を使うときの負担が高くなるからだ"

 フェルシエラが抱き付く力を緩めず、口の力だけ緩めてニヨニヨ笑いながら言った。


"次、転送させるぞ………あ……"

(?…どうしたんですか?)

 間抜けな声を紡の頭に響かせたフェルシエラに疑問をぶつける。

"……どこに転送させるのか決めるの忘れてた…"

(え…!…ま、まぁそんなこともありますよね)

 紡は拙いフォローをする。


 無属性魔法<魔力量増加の法>の制限時間もあるため、余談は許されない。フェルシエラは無属性魔法<魔力球>を無詠唱で作り上げ、光属性魔法の<瞬間発色>で球体に色を付ける。こちらも無詠唱だ。

 この二つの魔力の消費量は足して1000倍してもさっきの時間属性魔法<消し去られる軌跡>には遠く及ばない。習得難易度も簡単な魔法の代表例だ。


 作り上げられる球体は色合い的には地球儀と大差ないが、陸の形は全然違っていて、異世界の地図なのだろうと紡は思った。フェルシエラはその球体を空中で高速回転させた。

"ここにきーめた!"

 すると、球体に指を指す。フェルシエラが指を指した瞬間、回転していた球体がピタッと止まる。大陸の中でも一番大きな陸地を誇る場所に紡の転送先が決まった瞬間だった。


(…けっこうテキトーだなぁ)

 紡が心の中で思う。

"テキトーに決めているように見えかもしれないが、、私は導きの女神!運は神になってから上がったから安心しろ"

 フェルシエラは親指を立てて誇らしげに語りかけた。


『 "点と点 繋がることのない道よ 我が声に答え 今 道を開け" <対象物転移> 』

 フェルシエラが詠唱を終えると彼女の目の前に光が現れた。

"サイトウツムギに我が加護を授けよう!"

 彼女は紡に力を送った。


 光が紡を包み込む。これが希望へ誘う光なのか、絶望に引きずり込む光なのか目が眩んで紡には見えなかった。


 異世界への道はいま切り開かれた。紡は知らない。この世界のことを。紡は知らない。この世界の人を…






「行っちゃったな…」

 フェルシエラは誰も居なくなった白い空間で呟いた。少し時間が経つと魔力がどくどくと抜けていき、ついには全てなくなってしまう。フェルシエラは体の力が抜けてへたり込んでいたが、気怠さを感じさせない幸せ100%の笑顔だった。


「…えへへ♪」

 導きの女神は誰もいなくなった空間で楽しげに笑う。胸元にあるデザインの好きじゃないネックレスに手を当てながら居なくなった紡を思い「やっと会えた…!」と嬉しさに身を悶えさせ、ゴロゴロ、ゴロゴロと転がる。フェルシエラはようやく会えたのだ。自分のライバルに。…勝手に死んでしまった愛しくも憎らしい彼女に。


 もしかして彼女なのかと、フェルシエラは紡がこの空間に来たときから思っていたが、そんなことないかと諦めていた。自分のことはどうでもいいと考えているところや、他の奴のことを考えるところが似ていたからだ。

 実はフェルシエラが紡を異世界転移させなかった理由は、そんな紡の思想を危うく思ったからだ。他の理由もあったにはあったが魔力を大量に消費する理由にはなれないものばかりだった。


 そんなフェルシエラが彼女かな?と強い疑念を抱いたのは嘘を見破られたとき。昔彼女に嘘をつくときに胸に手を当てる癖があると指摘されたことがある。フェルシエラはあの話だと嘘だとバレないだろうと高を括っていたが、見破られてしまった。確たる証拠はないがフェルシエラには疑念を抱く理由には十分だった。


 フェルシエラの疑念が確信に変わったのは、契約を交わしたときだ。あのとき紡の魂の中に自分の魂を潜り込ませた。紡が何かに気付いた気配がしたから表面だけしか触れ合えなかったが、その魂が死んだ彼女と同じだったのだ。


「…ツムギ…つむぎ……紡…ツムギ…」

 フェルシエラが声に出し、様々な発音で紡の名前を呟いた。紡はきっと自分のことを覚えていないだろうとフェルシエラには、悲しいけどそれでよかった。

「…今度はしっかり、幸せにならないと駄目だからな」


 フェルシエラは遠い昔に消えた彼女を思い浮かべながら呟いた。

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