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プロローグ6

 この喫茶店の営業終了時間は早い。主な客は前に述べた通りお年寄りや主婦が多いので、夜の遅い時間にやっていても客が入らないのだ。逆に朝は早くから開店している。


 営業終了時間のあと簡単に店の清掃などをして今日の紡のバイトはおしまいだ。賄いのサンドイッチ(結構多い)を老夫婦がくれるので、それを食べてから喫茶店を出る。


 時刻は19時50分。日照時間が長くなってきているがまだ5月、空は暗闇が支配していた。今日の月は2/3くらい光っている。星は生憎周りの街頭が明るくてよく見えない。


 紡はすぐに帰るでもなく、歩いて約10分のところにある公園によった。公園に入ると二つの光がランランと宙に浮かんでいて。公園の暗がりからよってきた。光の正体は猫の目だ。

「こんばんは、ましろ」


 にゃーんと一声。まるで人の言葉を理解しているように紡に答えた。近付くにつれ猫の全体が紡の目の前に擦り寄ってきた。白い毛並み、右目が青、左目が金のオッドアイ。紡が中学生のときに公園に捨てられているところを発見した。

 はじめはかわいそうだと思ったが、居候の身で勝手に拾ってくる訳にもいかず、特に構うことはなかったのだが、一度他の野良猫に襲われていたのを助けた以来紡になつくようになった。


 紡は猫ーーましろとともに、近くに光源があるベンチに行き座る。紡が座るとましろは膝にいき寝転がる。いつもの定位置だ。

 ちなみにましろはいろいろな別の名がある。紡が知っているものだと、たま、しろ、さぶろう、ポチ…など呼ばれているところを見た。ましろは紡がつけた名だ。毛の色が真っ白だからましろ。ひねりのないそのまんまだ。


 紡はましろに今日の出来事を語りかける。ゆったりとした口調で話しながらましろを撫でることも忘れない。さらさらした毛が温かくて気持ちがいい。


 今日はいいことがあったこと。クラスの人と話して楽しかったこと。喫茶店でのアルバイトのこと…撫でながら話し終える。ましろは撫でられている間何度かゴロゴロと声を漏らしていた。


「遊ぼうか」

 紡がそう言って鞄の中からおもちゃの猫じゃらしを取り出す。するとましろは待ってましたと言わんばかりに紡の膝からおりる。


 ベンチから少し離れてから、紡がちょこちょこと猫じゃらしを揺らし始める。ましろはそれにじゃれ付く。そして、段々と猫じゃらしを動かす速度を上げ、動きに上下をつける。上にいった猫じゃらしを追いかけるとき助走しないと届くように飛べないのでましろは動きが大きくなる。


 15分ほど遊んでから鞄から水を飲むための皿を取り出し、公園の水道にて水を汲みましろに差し出す。紡の鞄の中にはましろと過ごすためものを毎日詰めている。


 水を飲むましろを見ながら紡はニッコリと笑顔を溢す。

(可愛い。けどこういうとき触ったら嫌がられるから撫でられないけどね…)

 紡が公園の時計を目を凝らして見るともうすぐ9時になることが分かった。

(もうすぐ帰らないとな)

 ましろが水を飲み終わったようなので、お皿を回収し少し水洗いしてから水を切り、鞄の中に戻す。


「…そろそろ帰るね」

 紡がそういうとましろはクルル…と寂しそうに鳴いた。

 公園を出る紡だが、ましろが横についてくる。ましろは紡が帰るときは必ず近くの信号があるところまでついていくのだ。そして、信号を渡っていく紡を見送ってからまた公園の方に戻る。いつものサイクルだ。


 なので今日も信号のある交差点まで一緒についてきてくれるらしい。紡は物悲しい気持ちを抱きつつ信号が青に変わるのを待つ。


「じゃあね、ましろ」

 隣の猫にそう声をかけた少年は、青に変わった横断歩道を渡ろうとした。右から強いライトが当たる。車が来たのだろう。


 右を見るとトラックが走って来ていた。…だが、様子がおかしい。この道路の規定速度は60km対してそれ以上の速さで走っていて、信号が赤のはずなのに逆にどんどん加速している。


(ぶつかる…!)

 紡は自分に向かってくるトラックを見て直感的にそう思い避けようとしたが突然のことに体は硬直していて上手く動かせなかった。体感的には妙に時間の進みが遅い気がした。


(…轢かれたら、死ぬのかな)

 紡は刹那の間にそんなことを考える。頭が軽く不思議といろいろなことを考えられた。思考する速度が早くなっているのだろう。


 轢かれたら、死ぬのかもしれない。そう考えると笑顔が溢れた。紡は昔両親が死んでしまったとき、自殺をしようと思った。しかし、どうすればあまり迷惑をかけずに死ねるか分からず、とりあえず遺書のようなものを書いてから包丁で自分の首を切ろうとした。だが、そのとき引き取ってくれた祖母がそれを見つけて止めた。


 そのとき祖母に、「自分の命を自ら捨てることは産んでくれた家族への冒涜でもある」とさとされ、自分で自分を傷つけることはしないと約束させられてしまった。約束してしまったなら、約束を破るわけにもいかず今まで生きてきた。


(トラックで轢かれるなら自殺にならないし、いいよね…)

 いや、と考えなおす。 

(それだと運転手の人に迷惑がかかる…)

 考えなおしたところで紡の体は動かない。


 紡は引き伸ばされた時間の中で目を閉じた。ライトで目を閉じても明るく感じた。


 だが、明るさが突然消え目が真暗になる。目を開けるとトラックが急に方向転換していて、紡にはぶつからないようなコースになっていた。

 しかし、今度はその対角線上にましろがいる。ましろは強い光をうけ硬直して動けない。

(…!)

 紡は目を見開いた。このままではましろにぶつかってしまう。


 そう認識した瞬間、動かなかった紡の体が軽く動かせるようになった。いつも以上に体が動く。


(間に合え!!)

 足を前に前に、転びそうなくらいの前項姿勢。トラックの光が再び感じられた。紡は猫を両手に掴み思いっきり前方へ投げる。手荒になってしまったがこれでましろは助かるだろう。


(…よかった)

 トラックに撥ねられた瞬間紡は瞳を閉じ微笑んだ。大切なものを助け、自分も死ねる。運転手には悪いことをしたが、紡の胸は幸福感に満ち満ちていた。


 どくどくと血がなくなるような感覚。ゆっくり視覚が聴覚が痛覚がなくなっていくのを紡は感じた。


 ーーニャー!とどこか遠くで声がした。


 トラックが止まったあと、紡の下から強い光が巻き起こり紡を包み込んで消えていった。その光が消えたらそこにはもうすでに人は居なくて、ただ一匹の白猫が鳴いていた。赤い血溜まりの中、いつまでもいつまでも…………。

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