プロローグ4
一人熱弁していた紡が周りの圧倒されたような空気感に当てられて、頭が冷えてきた。
(……うわーーーー!!!)
紡はパニック状態に陥り自分の長い語りにパンを袋に一旦戻しテーブルの上に置いたあと顔を両手で覆った。
(やってしまった)
思い出し、顔を赤くする。紡は昔から自分の好きな者のことを聞かれたら熱中してしまう癖があった。それは聞かれた者を巻き込んで自分の好きな者のことを話す癖だ。葵がこの被害を受けたのは2度目だ。
紡は小学生のときも比較的おとなしく騒ぎ立てない性格だったが、祖母のことを聞かれたときは違い、どれくらい祖母が素晴らしい人物であるかを淡々と30分葵は聞かされたことがある。そのときに比べればだいぶ短くなっていたが、その勢いは目を見張るものがある。
「…あの……ごめんなさい…。…いっぱい話しちゃって…」
(恥ずかしいな)
紡は覆い隠していた手をどけて頭を下げる。
「いえ!大丈夫ですよ!意外と短かったので!」
葵が昔の出来事を思い浮かべながら手を振った。紡は前にも葵に話し込んだのを思い出し改めて頭を下げる。
「…斉藤君って意外と饒舌に話せるのね…」
薫は苦笑いをしながら論点をずらした。
「…君の話は長すぎじゃないか?もっと要点を纏めてから話した方がいい。それに人と話すときは、その人を見て話す。葵と話しているのを見ていたが顔を背けてばかりで見ていて不快だ。しかし今は出来ていたんだ。これからは人の顔を見て話せよ」
雅人は謝罪した紡にこれ幸いとばかりにダメ出しする。
「…うん。ごめんね。それにありがとう。僕の駄目なところを教えてくれて」
(顔を見て話していると、一緒に楽しい思いをしてしまう。嬉しい思いをしてしまう。…その人が大切な人になってしまう。それが嫌だから顔を背けていたけど、不快な思いはして欲しくないな)
紡は笑顔で感謝した。雅人が感謝の言葉に顔を少し顰める中、紡は接客以外でも人の顔を見て話そうと思った。
▽
残っていたパンも食べ尽くし、手を合わせた紡は「ごちそうさま」と呟いた。他の4人も葵以外は食べ終わっており、葵ももうすぐ食べ終わるだろう。
紡はこの中で食べる速度は遅い。最低30回はしっかり噛むようにしているからだ。しかも一口が小鳥が啄むくらい少ないので実質食べる速度はこの中で一番遅かった。葵より速く食べ終わったのは、葵が紡と話そうと意識をまわしていたからだ。
(口の中が乾いてる…)
「喉が乾いたから水持ってくるね。欲しい人いる?」
紡は口の水分を全て持っていくスポンジのようなコッペパンを食べたので喉が乾いたのだ。食堂内には冷水機があるのでそこで水を汲む。
「あ、それではもらえますか」
「うん。分かった。持ってくるね」
葵以外は要らないようだ。紡はそれを確認し水を持ってくるために席を立った。
「今日はいっぱい紡君と話せてます♪」
紡が席を立ったあと葵が弾んだ声でいう。
「なんだか熱弁していたあとから急に話しやすくなったわね。それまでは話していても答えはするけど、話しかけないでオーラみたいなのが出てたけど……葵は斉藤君と同じ小学校だったのよね?そのときはやっぱり今みたいな感じだったの?」
薫が疑問顔で聞く。
「はい。そうですね。兼ね今みたいな様子でした。例えば、昼休みのときにドッチボールで遊びたかったけれど仲間に入れずに見ていたクラスメイトが入れば、自然とその子に近付いて一緒に遊んだり、ゴミを見つければすぐにゴミ箱に捨てたり、清掃の時間他の人が遊んでいる横で掃除をちゃんとやっていたり…クラスメイトの男の子達に意地悪されている子を助けたり…。いつも笑顔でかっこよかったんです」
クラスメイトの男子に意地悪されていた子を助けた、といったくだりで顔を赤くして愛しそうに微笑んだ葵を見て、薫はそれが葵だったのだろうと察した。
「へぇ、でも清掃の時間にしてない奴がいたら普通注意しないと駄目だろう」
「雅人…。今の話でそんなこと言っていると葵に嫌われるわよ…」
雅人が紡の印象を悪くしようと重箱の隅をつつくように批判する。薫が警告するように葵に嫌われると言うが実際もう嫌われていたりする。葵は雅人の発言にイラッとしたが今は紡と長く話を出来て機嫌がいいためスルーすることにした。
「なんか葵の話を聞いていると斉藤君って意外とモテてたのかしら?」
小学生の内ならモテそうな人柄だと薫は思った。
「はい。ものすごいモテてました…」
ふいに葵の声のトーンが下がった。
「………男の子とか女の子とか分け隔てなく…」
「えっ!?」
葵の発言に驚愕の表情を浮かべたのは薫。雅人もどういうことなのか葵の次の言葉を待つ。陽大も葵の方を見て睨みつけるような目で次の言葉を待った。
「紡君。私が知っているだけでも30人以上に告白されていました。……でも、その半数は男の子からの告白だったんです。紡君はいつも絆創膏を常備していて、遊んで怪我をしちゃった男の子によく手当てしたりしていたんです。他にも人のいいところを会話の中でサラッと言って、「誰々君のこんなところ好きだな」なんて発言してしまい、紡君が自分に気があるのではと勘違いした男の子が結構いたんです」
薫は自分の思っていた以上に紡が告白を受けていて驚いた。雅人は自分の告白された数より多くて人知れず落ち込んだが、異性にしか告白を受けておらず、異性の告白数に限れば俺の勝ちだ、と精神を安定させた。陽大は自分の小学校時代に会話した回数より多い告白数にすごいなと感心した。
「それに告白をした子に断るときも真摯な態度で断って、紡君に告白しときながら断られてお前なんて好きじゃないっていった人にも笑いかけながら、僕は友達として好きだよ。と言っていたんです。だから断られると思っても告白した人が絶えなかったんです」
薫はその話を聞いていて、なぜ葵はそんなに詳細に告白された様子を知っているのだろうと疑問を抱いた。
「あと、紡君は顔もかっこいいんですよ!他の人には可愛いと言われていましたけど」
「ねえ、葵はどうして告白の様子を細かく知っているの?」
薫は思い切って聞いてみた。すると葵は顔を綻ばせる。
「…ずっと…見てましたから」
薫は密かに葵がストーカーまがいなことをしていたのかもと疑念を抱いた。
▽
紡は水をコップ二つに入れたあと、席に戻る。
葵に水を差し出した。
「ありがとうございます♪」
「ううん。どういたしまして」
紡は口角を上げそう答えた。感謝されて嬉しい。それと遅れて恐怖を感じる。
紡は再び席につく。そのあと葵達と雑談していたら、チャイムがなった。紡はふと食堂内にある時計を見る。
(今日は時間が過ぎるのが早かったな)
紡は心の中でため息をついた。
黒瀬陽大は、食事会を終えてこう思った。
(結局…話せなかった…。斉藤いい人らしいから話してみたかったが、俺たち一年。チャンスは2年以上残っている…。よし。いつかは話そう)
四季雅人は、食事会を終えてこう思った。
(葵はもしやヤツのことが好きなのだろうか?…いいや、違う!ヤツより俺の方が優れている人間だ。だから、もし今葵がヤツを好きだと錯覚していたとしても俺が目を覚まさせてやる。待ってろよ葵)
春山薫は、食事会を終えてこう思った。
(一時はどうなるかと思ったけれど、最後の方は特に問題なく終わってよかったわ)
日向葵は、食事会を終えてこう思った。
(今日の紡君も素敵です!久しぶりにたくさん話せて楽しかったです。…明日も誘えば一緒にお昼を食べてくれるでしょうか…?いつか私の作った物もいつか食べさせたいです…)
みんなそれぞれのことを考えていた。紡が今日居なくなるとは知らずに。