祝い事
救世歴3987年10月10日。
地球にまだ居るとしたら、今日は誕生日だろう。
カレンダーの日にちが、毎月30日ぴったりの世界でツムギは、そんなことを考えていた。
この世界は、地球と同じように1月から12月まであるが、曜日は火、水、地、風、光、闇……の6つと、魔法の属性がそれぞれを示す。
また、一ヶ月の日にちが30日ぴったりなので、例えば、『第一火曜日』といえば、1日のことになり、『第五地曜日』といえば、27日のことになる。日にちを言わなくても、それで通じるのだ。
魔法を覚えようという試みから、4ヶ月半。午前中の家事が一通り終わったので、秋に染まりつつあるリーン村を見ながら、ツムギはこの4ヶ月の出来事を思い返す。
8月17日。レイドの誕生日だった。誕生日を祝って貰ったことや、日頃の感謝の意を込めたかったツムギだが、何をプレゼントすればいいのか分からず「何をプレゼントしたらいいですか?」とエリスに質問したところ「アルドーに貰えるものなら何でも喜ぶわ」と帰ってきたので悩んだ。
ツムギは悩んだ末に一つ思いついた。ツムギは『家にある紙を使っていいか』エリスに聞いて、『いくらでも』と許可がおりると、家にある紙を正方形になるように強く折って、折り目を付けたところを慎重に切る。即席の折り紙を作った。
その作った折り紙で、鶴や、燕、など鳥形のものを準備し、レイドの誕生日に無属性魔法<念動>を使って部屋の中で操った。
流石にくしゃくしゃに丸めた雑に扱っても大丈夫な紙より、くしゃくしゃになるといけない折り紙の操作は難しい。
だが、ツムギは練習をして、何度かくしゃくしゃになったらまた折りを繰り返し、本番には指で動かすより滑らかに、羽を羽ばたかせ、実際に飛んでいるように見せることが出来た。
レイドの誕生日には折り紙で出来た鳥の姿が部屋に9羽、縦横無尽に飛び回った。ツムギの魔力量の関係上、これが限度だった。空中を漂わせるだけならもっと動かせるが、羽を羽ばたかせたり、細かい動きの調整すると、途端魔力を喰ってしまう。
「……す、凄いな、もう無詠唱も出来るのか!」
<念動>を詠唱しなかったから驚いたのだろう。
レイドに披露すると、どこかぎこちない笑顔をしてツムギの頭を撫でた。
「ァ、アルドーは本当に魔法が上手いな。 "魔力の壁よ" <魔力壁> ……ほ、ほら、お父さんより上手い」
ーーどうしてレイドさんは、急に<魔力壁>を使ったのだろう……?
そんな疑問をツムギは浮かべた。その横で、エリスは『凄いわ……レイド。あんなに規格外の魔力操作センスを見せつけられた後で、動揺しながらも<魔力壁>を成功させるなんて……逆に凄いわ』と濃薄の激しく変化するオレンジがかった茶色の<魔力壁>を見ながら思ったとか。
ちなみに、エリスは練習のとき無詠唱で<念動>をしているツムギを見てたので、当日は度肝を抜かれなかった。また、ツムギの折り紙の鳥を<念動>で操作させようとしたが、3羽飛ばすだけで精一杯だった。本物の鳥みたいに羽ばたかせるなんて、1羽も無理で一回、グシャッとやってしまった。その後、ツムギにエリスは謝った。
出来なかったのはエリスが本調子でなかったのも、要因かも知れないが。
そんなこんなでレイドの誕生日は終わった。
最近は特に変わったことはない。一週間に一度くらいの頻度で散歩に出ていて村の人たちに睨まれることも、ツムギの生活習慣になり初めてきている。
当初はレイドとエリスの二人のどちらかと、一緒にいくという話だった。しかし、エリスと一緒には行けなくなってしまった。
なんと、エリスが妊娠したのだ。
妊娠しているか調べるための、無属性中級補助系統魔法<魔力界眼>の魔法が込められている魔道具で確認したので間違いない。
このモノクル型の魔道具に込められた魔法は、普通は見えない『魔法に変換する前の魔力』を見るようにするものだ。中級魔法というだけあってモノクルの大きさに似合わないくらい魔力を喰う。
なぜ、魔力を見られるようになると妊娠しているのが分かるのか? それは、妊娠していると、お腹の中にいる赤ん坊の魔力が、母体の魔力に混じり放出されるのだ。
そこを、この魔道具で見ると魔力の色が違うと判別できるわけだ。
母体の魔力にそっくりな赤ん坊が産まれたら判別できないんじゃ? そう考える人も昔はいたようだが、魔力の質は魔力に触れている時間の長い親の方が高いので、判別はしにくいが魔力の色の濃い薄いで分かる。
エリスから漏れ出ている魔力はエリス本来の、淡い黄緑のものと、透明に近く、オレンジに近い黄色の魔力が見え隠れしていた。
また、魔力の操作は常に別の魔力が魔力源ごと体内にあるため、魔力操作に影響が出てしまうようだ。エリスが本調子でなかった原因もこれだ。
妊娠が発覚したとき、レイドは驚き、喜び、まるで割れ物を扱うように甲斐甲斐しくエリスに接したのが、エリスに「いつも通りにして」と、言われて「あ、ああ」と頷いていたが、やはりどこか甲斐甲斐しい。
初めて、自分達の間に子供が出来て嬉しいのだろう。
それと同時に、『流産したらどうしよう』という焦りもありそうだ。
(……僕がここにいられるのは、後半年くらいかな)
ーーこのまま順調にいけば、二人は本当の父親と母親になる。仮初の親子ごっこはもう終わる。子供が産まれれば、二人にとって自分は不要な存在になる。
自分の中で成長して根を伸ばす『離れたくない』というわがままな気持ちを自覚しながら、白々しい『これでよかった』という安堵の笑みを装備する。
「アルドー、今日もありがとう。こっちで絵本を読みましょう?」
いつかの魔法の習った日当たりのいい場所ではなく、食事をとるテーブルに絵本を持っていったエリスは椅子に座ると手招きした。
外に一緒に出られない代わりに、こうしてエリスはツムギに絵本を読んでいるのだ。
これのお陰でツムギは、段々とこの世界の文字が分かるようになってきた。
「はい」
前より幾分か喋りやすくなった口で返事をして、ツムギはエリスの隣に座った。